#4青い世界
テオから『女神の涙』を受け取った次の日の朝。
怪我がすっかり完治した俺は、久々に日課の素振りをすることにした。
だが、目を向けてから気づく。いつも立てかけてあった場所に、それが無い。
(……捕まった時に取られて、そのままだったか)
俺はハルモンを守るために側にいるはずなのに、武器の存在すら頭になかった。
(……全く、呆れるな)
ひとまず素振りをするのは諦めて、他の訓練をすることにした。鈍った体のままでは、護衛の務めを果たせん。
訓練を済ませた後、目を覚ましたハルモンと一緒に食堂で朝食を摂る。
寝ぼけ眼のハルモン。朝日に照らされた金髪は梳かすことすらされずに雑に束ねられ、毛先もパサパサと乱れている。ゆるいシャツの襟元も少し開いていた。
「ライ君、今日は朝に日課してきたの?」
ぼんやりしていると思ったら、急に話しかけられる。俺は口の中のものを飲み込んだ。
「……剣が無くてな。素振りはできないから、他の訓練をした」
「そっか。痛みはなかった?」
「ああ。全く問題ない」
「そう」
それだけ言うと、ハルモンは再びスープを口に運び始めた。
食べ終えた後、ハルモンが「ちょっと先に戻ってて」と言い、自室を通り過ぎて二階の廊下の先に歩いて行く。
言われた通りハルモンの部屋に戻って待っていると、少し時間を置いてハルモンが戻ってきた。
その手には、皮袋が握られていた。
「剣、ないと困るでしょ」
袋を渡される。
「これで買ってきなよ」
「……」
「好きなの選べばいいよ」
袋を受け取ると、ずっしりと重い。そのまま、その袋をしばらく見ていた。
……礼を言うべきだろう。
それなのに、なんだか胸が詰まって言葉が出てこない。
「……あ、街行くときこれも買ってきてくれる?」
ひょいとメモ紙を渡される。そこには、見慣れない単語がいくつか並んでいる。……薬の材料だろうか。
「ついででいいから」
そう言うと、ハルモンは髪紐を引いて解く。髪を手櫛で軽く梳かして再び髪紐でまとめ直し、机に向かう。
鼻に眼鏡をかけると、机の上に置いてあった『女神の涙』を手に取り、何も言わずにじっと見つめていた。
「……行ってくる」
ハルモンの背中に声をかけて、部屋を出た。
返事はなかった。
***
部屋の扉が閉まる音がして、足音が遠ざかる。僕は手に『女神の涙』を持ったまま、机の引き出しを開けて《連結子》を取り出した。
(……あの時は成功しなかった。でも、これが僕にも使えるなら)
《連結子》の目盛りをずらして、空白の部分に置く。それから、治癒魔法を使う時のように魔力を込めてみた。
ふと気がつけば、青い光の中に包まれ、足元には海が広がっていた。
見渡す限りの凪いだ海。まるで鏡のように、空の色を静かに映している。
その海の上に、三人の若い女性がいた。皆目隠しをして、僕から少し離れた場所に、一定の間隔を置いて並べられた椅子に座っている。全員が、金や白銀の髪を持っている。彼女たちは繋ぎ手であると、僕にはすぐに理解した。
椅子のある場所からは水の波紋が広がっている。僕の足元からも四つ目の波紋が広がって、僕たちの中心で混ざった。
「……誰?」
僕の正面の椅子に座る、美しい銀の髪を長く伸ばした、細身の子が言う。
「私たちに似てる?」
僕から見て右側に座る、少し小柄で柔らかくカールした金髪の子。
「でも繋ぎ手ではない」
僕から見て左側に座る、淡く癖のない金髪を持つ、背が高くて落ち着いた雰囲気の子。
三人に目隠しごしに注目され、僕は少し慌てた。
「えっと……あ、すみません。急にお邪魔して」
僕がそう言うと、真ん中の子が何かに気づいたように「あっ」と声を上げる。
「……あなた、あの時の人間ね。大聖堂で響きが届いた」
「……ああ! あなたがあの時の。やっぱり、気づいてもらえてたんですね」
僕の言葉に、右側の子が足をぷらつかせながらきょろきょろした。
「えっ? なになに? どこかで会ったことがある人間?」
真ん中の子が右の子の方を向く。
「王都の大聖堂での勤めの時に響きを送ってきた。何を言っているのかはわからなかったけど。……ここへはどうやって来たの?」
そう言って、彼女がこちらを向いた。目隠し越しの瞳が、僕の目と合った。
「僕はハルモンといいます。魔導士なんですけど、母が繋ぎ手をやってました。ここへは、『女神の涙』を使って来ました」
「『女神の涙』?」
「ええと。貴女たちの体からとれるやつです」
「あー、あれか。あれ『女神の涙』って呼ばれてるんだ! ……なんで涙?」
右側に座る子が首を傾げる。
「なぜ……なぜでしょうね。名前の由来は気にしたことなかったな」
たしか、採集した位置はお腹のあたりだった記憶があるけど。少し考えていると、左側の子が「そういうもの」とぽつりと言った。
「え?」
「泣くことはない」
その言葉の意味を測りかねていると、右側の子が胸の前で手を合わせながら、嬉しそうな様子で真ん中の子に話しかける。
「でもすごいよねー! そんなことできるなんて初めて知った!」
真ん中の子は頷く。
「そうだね。たぶん、やったのはあなたが初めてだよ」
その言葉に、僕は思わず少し笑ってしまった。
「だと思います。……それで、実は皆さんにお願いしたいことがあるんです」
「お願い?」
真ん中の子が首を傾げる。
「はい。……僕は、この世界から魔物を消すつもりです。そのために、この世界そのものに接続し、世界と対話をしてみようと思っています」
右側の子が可笑しそうに笑った。
「またまたすごい発想! でも、ちょっと無理なんじゃない?」
「ええ……それはもう、おっしゃる通りで。僕は繋ぎ手ではないから、力が足りません。なので、皆さんのお力をお借りできないかな、と」
「へー! 面白そうだね!」
「……構わない」
両側に座る子たちの言葉の後、真ん中に座る子は少し考えるように視線を下げる。
「……本当にいいの? 人の身でそれをやれば破滅するよ? あなた、それ分かってる?」
彼女の言葉が、静かな世界に重く響く。……たしかに、彼女の言う通りなのかもしれない。――それでも。
「……でも僕は、このまま見ているだけは嫌なんです。出来るかもしれないという可能性に気づいてしまったから」
僕の言葉を黙って聞いた後、真ん中の子はふっと微笑んだ。
「……見え過ぎる、というのも残酷だね。でも、いいよ。その時が来たら手伝ってあげる」
「よかった……! ありがとう!」
僕は三人に軽く頭を下げる。彼女たちの力を束ねることができれば、たぶん僕の力の不足はある程度補えるだろう。
真ん中の子が、ふと思い出したように口を開く。
「……あと、もしも他に知りたいことがあるなら、また聞きに来てもいいよ。一度ここに来られたから、たぶん次は簡単に来られるはず」
「うん! 来て来て! わたし、外のお話も聞いてみたいな〜」
二人の言葉に、僕はパッと顔を上げる。
「あ、本当ですか? それなら次とは言わず、いま聞きたいことが!」
「なぁに?」
しかし、返事は来ない。
彼女たちは顔を見合わせる。
しばらくして、真ん中に座る娘が口を開く。
「……落ちたみたいだね」
右側に座る少女は、足をぷらぷらとさせながら胸の前で手を合わせる。
「いや〜びっくり! すごい人間だったね。面白かった」
左側に座る娘は、先ほどまで人間がいた場所を見つめながら呟く。
「理解しすぎ。あれは確実に早死にする」
真ん中に座る娘が、その言葉にくすりと微笑む。
「絶対また来るよ、あの人間」
「……来るね」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『守ってくれる?』。
明日11時に更新予定です。
よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。




