#3教会の役割
応接室に入ると、若い聖騎士が一人、部屋の中に立っていた。
白銀の甲冑を身に付け、腰には剣を下げている。その立ち方や振舞いから、相当な手慣れであることがわかる。
そのまま視線を留め続けていると、相手が少し物怖じしたように怯んだ。
その様子を見たハルモンが、ちらりとこちらを振り返る。
……その目は、「威圧するな」と言っているようだ。
俺が視線を少し横に逸らすと、聖騎士はほっと息を吐いた。
「……テオと申します。事が事だったもので、急な訪問となってしまい申し訳ありません」
「……何か急ぎの用事? とりあえず掛けなよ」
ハルモンが促すと、テオは軽く頭を下げる。
「はい……。失礼致します」
ハルモンとテオが向かい合ってソファーに掛ける。
俺は、ハルモンの少し後ろで立っていようとしたのだが――。
ハルモンは少し腰を浮かせて横に詰めると、こちらに目を向け、自分の隣を軽く叩いた。
俺は軽く息を吐き、すぐ隣に腰掛ける。
姿勢を変えると脇腹が痛むが、顔には出さず堪えた。
視線は向けず、少し下に落とす。
ハルモンはじっとこちらを見ていたが、俺が落ち着いたのを見るとテオの方に向き直った。
「……それで、何?」
テオは、静かに口を開く。
「……私たち教会は、貴方様を保護しようと考えています」
「……保護?」
テオは頷く。
「はい。……国側の懸念は、もっともです。ですが、我々が守ってきた“血の継承”に口を出させるつもりはありません。……貴方様をこちらで保護し、これ以上外部の目に触れないようにしようと……そう考えています」
ハルモンは少し考えた後、口を開く。
「……それは、父さんの指示で?」
「はい。エルディオ様は、貴方様が捕えられたこととその経緯を知り、私共に守ってほしいと仰いました。それで、私が遣わされたのです」
ハルモンは、すぐに返事をしなかった。
しばらくして、小さく息を吐く。
「……事情は分かった。でも、僕を保護してもそちらに何の恩恵もないよね? 確かに僕は、他の魔導士より星読は当たるかもしれない……。でも、それだけだ」
ハルモンの言葉に、テオは視線を落とす。
少し考えた後、意を決したように顔を上げ、ハルモンをまっすぐに見据えた。
「……繋ぎ手様は、その容姿と力ゆえに、危害を加えようとする者や、利用しようとする者が後を絶ちません。ですから……社会から、そして人目から遠ざける必要があるのです」
言いながら、テオはわずかに視線を落とす。
「そうすることで、外部の影響を受けずに……本来の力を、保つことができる」
そこまで言って、テオは小さく息を吐いた。
「……外に出れば、壊れてしまう可能性もありますから」
再び、視線を上げると、
「それが――教会の役目です」
そう、言い切った。
ハルモンは軽く息を吐くと、すぐに口を開く。
「でも、僕は繋ぎ手じゃない」
「ええ。もちろん存じております。……ですが」
テオはハルモンの顔を見る。まるで値踏みするように、視線が動く。
「……私は繋ぎ手様の側に仕え、身の回りの世話をする立場なのですが、その私から見ても、貴方は本当に繋ぎ手様によく似ている」
そう言うと、ほんの少しだけ目を細めた。
「見た目も、雰囲気も、かなり近い。唯一違うのは……いえ、失礼しました」
軽く咳払いすると、さらに続ける。
「貴方は繋ぎ手様ではない。ですが、“守られるべき側”にいます」
沈黙が訪れ、空気に緊張が走る。
俺は何も言わず、静かに、ハルモンの言葉を待った。
やがて、ハルモンが小さく息を吐いた。
「……保護は必要ないよ」
テオを真っ直ぐ見て、
「そういうの、間に合ってる」
きっぱりと、そう言った。
そして、視線をこちらに向けてくる。
まだ座るだけで精一杯の俺を、見てくる。
「……その状態で?」
テオが訝しげに言うが、ハルモンは気にした様子もなく、「問題ないよ」と言った。
(……この状態で選ぶか)
俺は、一瞬だけ目を伏せた。
(……なら、やるしかない)
沈黙の中、ハルモンがふと口を開く。
「……ひとつ疑問なんだけどさ。僕が守られるべき側なんだとしたら、どうして今まで守られていなかったの?」
「……記録は残っています。男児として生まれた場合、繋ぎ手には該当しないと判断されますので」
「……へぇ」
少しだけ間を置き、テオは続ける。
「……そのため、当時は“経過観察”という扱いでした」
「観察、ね」
ハルモンは、少し考えて。
「……つまり、放置?」
「……結果的には」
「男だから外したんだ」
「……そういう規則です」
「合理的だね。……結果、失敗だけど」
小さく息を吐く。
「まあ、結果的には悪くなかったよ」
ハルモンの言葉に、テオは言葉を失い、固まった。
ハルモンはさらに続ける。
「……ところでさ。あなたたち、繋ぎ手を守ってるんだよね」
「……ええ」
「なら、“あれ”の扱いも知っているはずだ。……核、取り出せるよね」
ハルモンのその言葉に、空気が変わる。
「……知ってる前提で話してるけど」
「……何のことでしょう」
「一つ、欲しい。……検証したいんだ」
「……教会には、そのような記録はありません」
「そう? ……父さんや、《連結子》を作った魔導士は散々弄ってたでしょ」
ハルモンの言葉に、テオの顔色が変わる。
ハルモンはふっと笑うと、冷たい微笑みをテオに向けた。
「実はマレディアで採集したの、僕なんだ。……でも外には言わない。だから、安心して」
テオは目を見開き、何かを言いかけて、口をつぐんだ。
「……また、来ます」
テオは応接室を後にし、帰っていった。
俺とハルモンは、そのまま応接室のソファーに座り込んでいた。
「……今の、どういうことだ?」
先ほどまでテオの座っていた場所を見つめながら、無意識にそんなことを呟いていた。ハルモンは「ああ」と思い出したように声を漏らすと、言葉を続ける。
「ライ君はマレディアの大火の後、一緒に『女神の涙』を探したことを覚えてる?」
「ああ、瓦礫を取り除いて……」
そこまで言って、思い出す。瓦礫の中から出てきた、人の遺体のようなもの。ハルモンはそこから『女神の涙』を見つけ出した。
「……そういうこと。女神の涙は、繋ぎ手の肉体から採集できるものだったんだ」
それだけ言ってから、ハルモンは座ったまま足を組むと、考え込むように顎に手を添えた。
「……男の僕が放置されて、女に生まれたら繋ぎ手として保護される。……力の有無……性差による機能の違い……なるほどね」
ハルモンの呟きは、すでに頭に入ってこなくなっていた。
先ほどテオが話したこと、そしてハルモンの言動に驚かされ、考えがまとまらない。
すると、横でハルモンがぽつりと言った。
「……でも、さっきのテオの話を聞いたらさ。なんか、今までの人生に納得いったよ」
ハルモンの顔を見る。
ハルモンはぼんやりと、先ほどまでテオがいた場所を見つめていた。
「昔はけっこう大変だったんだ」
小さく息を吐く。
「でも、今は平気」
顔が、こちらを向いた。
「……困ってないし」
そう言うと、ほんの少し微笑む。
何故か、とは聞かない。
聞けない。
もし聞いてしまったら、何かが変わってしまう――そんな気がしたから。
数日後、再びやってきたテオは、小さな木箱をハルモンに手渡した。
ハルモンがその場で蓋を開けると、中には、《連結子》と同じように青く輝く石――『女神の涙』が入っていた。
「ありがとう。有効に使わせてもらうよ」
テオは何も言わない。
だが、どこか疲れた顔をしていた。
「……また、様子を見に来ます」
「うん、いいよ。好きにして」
テオを見送り、ハルモンの自室に戻る。
俺は痛む脇腹を抑えながら、再びベッドに身を沈めた。
すると、すぐ横にハルモンが腰掛けてきた。
その手には、『女神の涙』が握られている。
「早速検証したいことがあるんだ。ちょっとそのままにしてて」
「おい――」
静止も聞かず、ハルモンは俺の胸に手をかざす。
ハルモンの手のひら、そして『女神の涙』から青い光が溢れる。
それの光は以前見た時よりも力強く、ずっと眩かった。
しばらくして、光が収まる。
「……どう? 動ける?」
その言葉に、ゆっくりと体を起こす。
もう、痛みはどこにもなかった。
「……成功みたいだね」
ハルモンはそう言うと、気が抜けたようにベッドに倒れた。
「……おい、大丈夫か」
「ちょっと疲れただけだよ。……力は補えるけど、体への負荷はさほど変わらないってところかな」
ハルモンはそう言うと、そのまま目を閉じた。
「少し、このまま寝かせて……」
すぐに寝息を立て始めたハルモンに、俺はそっと布団をかける。
ハルモンが目を覚ますまで、そのまま側にいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『青い世界』。
明日11時に更新予定です。
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