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#25空いた席

アルヴィンが訪れた次の日の朝。


ハルモンは身支度を整え、出かける準備をしていた。


「僕は仕事に行くけど、ライ君はちゃんとここで寝てるんだよ」


「……ああ」


「暇だからって、素振りとかしたらダメだからね」


「分かってる」


「食事は部屋に届けさせるように伝えておくから、ちゃんと食べてね。あ、薬はここに置いておくから」


ハルモンはベッド横の小さいテーブルに薬と水差しを置くと、鞄を手に部屋を出て行った。


「…………」


何も考えることはない。


ただ、天井を見る。


体調は、もうかなり戻っている。


だが、まだ許可は出ない。


だから、指示通り横になっていた。


……食い過ぎと、動かなすぎで鈍っていそうだ。


許可が出たら、今度は訓練量を三倍だ。


「…………」


すでに、暇すぎた。


ハルモンがいる時は、ハルモンが話し続けるのを聞くだけで良かったのに。


周りを見回す。


すると、枕元に置かれた一冊の本が目に入る。


以前、王都で二人で買い物をした時に、ハルモンから買い与えられたものだった。


(……ハルモンがここに置いたのか?)


手にとって、開いてみる。


少しだけ、読み進める。


気づけば、数ページ進んでいた。


(……天井よりは、マシか)








ミアは、食事を手に二階への階段を登っていた。


ハルモン様の指示で、ライ様に食事を届けるためだ。


出血で血が足りないからと、肉多め、量も多め。


(普段はライ様が健康管理しているけど、怪我がきっかけでその役割が入れ替わっちゃった!)


(これはこれで美味しい……)


(いやでも怪我人相手にダメだろう)


興奮のあまり、頭の中の数人の自分が好き勝手に話している。


だが、顔は完璧に保てているはず。


部屋の扉を軽く叩く。


「失礼します――」


ハルモン様のベッドの上に、ライ様がいる。


その様子が、あまりにも自然で。


一瞬、状況を理解できない。


「……お食事をお持ちしました」


勤めてにこやかに声をかけるが、今、ちゃんと笑えているだろうか?


ライ様は、いつも通りの顔でこちらを見ている。


「……悪い」


「……こちらに置いておきますね」


部屋のテーブルに皿を置き、扉へ向かう。


出る直前、一瞬だけ振り返る。


――やっぱり、ベッドの上だった。


何も言わずに扉を閉める。


そして、深く息を吐いた。


(いや、前から思ってたよ? 一緒に寝てるんだろうなって)


(でもさ)


(実際に寝てるところ見たらさ)


(もう完全にそうじゃん?)


あまりの光景に、感極まって涙が出てくる。


(……生きてて良かった)


ミアは女神に感謝し、心の中でそっと花火を打ち上げた。








次の日。


俺はようやく部屋を出ることを許され、以前のように食堂で食事ができるようになった。


ハルモンとナギとともに食事をした後、仕事に向かうハルモンを見送る。


素振りや鍛錬は許可されていないので、散らかった部屋の中を片付けたり、裏庭や温室を見たりして過ごしていた。


することはあまりないが、ただベッドで寝ているよりは気が紛れた。


本は昨日で三周もしたので、もう一度読む気にはならなかった。


昼食の後、腹ごなしに少し歩き、裏庭に置かれた木箱に腰掛けて休憩していると。


「あ、師匠」


厨房に繋がる裏口からナギが現れた。


「体調はどうですか?」


「……もう、ほとんど問題ない」


「そうなんですね。……よかった」


ナギは、視線を落とした。


何か言おうとして、迷っているように見えた。


「……どうかしたのか」


「……師匠、あの、私……」


おずおずとこちらを見上げてくる。


「……ちょっと、お話してもいいですか」






やりたいことがある。


ナギは、そう切り出した。


街の張り紙で知った、地方の復興を助ける仕事。


以前、行動を共にした魔導士のエルフィーナ――ヴァルディア家が出資する事業に参加したいと言う。


「師匠に助けてもらってから、近くで色々学ばせてもらいました」


ナギは少し言葉を探すようにして続ける。


「谷では料理も戦いも、ちゃんと役に立てた気がして……嬉しかったんです」


視線を上げた。


「だから次は、困っている人を助けたいんです。師匠が、私にしてくれたみたいに」


そこで一度、言葉が途切れる。


少し間を置いて、小さく続けた。


「……私、師匠に憧れてるんです」


ほんの少しだけ、笑う。


「だから、少しでも近づきたくて」


「……そうか」


二人は黙った。


「……ごめんなさい、こんな形で。……本当は、いつか恩返ししようと思ってたのに」


「……気にすることはない。俺は、敵がいたから切った。……それだけのことだ」


共に過ごし、戦ってきた日々を思い出す。


賊に怯えていただけの少女が、ずいぶんと逞しくなった。


俺は立ち上がると、隣に座っていたナギに視線を向けた。


「自分の身を守って、今日まで生き延びてきた。……お前は立派だよ」


「……ありがとう、ございます」


ナギは、少しだけ声を震わせた。








数日後、ナギはひとり旅立った。


その懐には、眠り続けるスイがいた。


最後に、少しだけその背に触れた。


初めて。


白い毛はやわらかく、まだ暖かかった。






















朝。


ハルモンとともに食堂へ行き、並んで食事をする。


向いの席は、空いていた。


食べている間は静かで、食器の触れ合う音だけが響く。


「……静かだね」


「……そうだな」


会話は、それだけだった。







ここまで読んでいただきありがとうございます。


この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。


次回、『止まって』。


明日11時に更新予定です。


よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。

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