#24温度のない視線
ライをノエシス家に送り届けてから、すでに四日が経っていた。
あの後、騎士の詰め所へ戻り、負傷した部下たちに治療を受けさせ、まだ現地に残っている者たちに指示を出して……。
回収した残留物を研究所に届けたり、出現した魔物についての報告などをこなしていたら、あっという間だった。
そして今日、ライの様子を見に行こうと思っていたのだが。
「……ゼファー。お前は何故ここにいる?」
騎士団の寮の一室。
個室だし、部屋の広さも一人で住むには広すぎるといえばそうなのだが。
「いいだろ別に。お前ずっと出かけてるし」
ゼファーは勝手にベッドに寝転がり、まるで自分の家のようにくつろいでいる。
「……お前には領地があるんだろう。いいかげん、家に帰ったらどうなんだ」
「父上や母上みたいなこと言うなよ……。それに、この間は俺を頼ってきたくせに」
「……」
それは確かに、否定できないが。
「また俺の助けが必要になるかもしれんぞ、アルヴィン・レイフォード君?……お前はまだ、領地も家臣もいない、名ばかりのひよっこ貴族だからな」
「……だから、このまま居座らせろって?」
「何か問題あるか?」
「……いや。もう俺からは何も言わない。好きにしろ」
俺は立ち上がると、衣装棚の前に立ち、持っている中でいちばん上質なシャツとジャケットを選んで身につける。
その様子を見ていたゼファーが、首をかしげた。
「……何だ、今日はデートなのか。初めからそう言えばすぐ出て行くのに」
「勝手に話を進めるな。……ライの顔を見にいくだけだ」
「なんだ、つまらんな。じゃ、俺はこのままここにいるから」
「ああ……もう好きにしてくれ」
ノエシス家。
ライを送り届けた時に現れて、繋ぎ手様のように治癒魔法を使い、そのまま倒れた美人の姿を思い出す。
「……ゼファー。ハルモン・フォン・ノエシスは、どんなやつなんだ」
「なんだ。お前もあいつに興味があるのか?」
「最初にきっぱり言っておく。お前が今考えている意味でではない。……ノエシス家も、古くから王を支える貴族のひとつだろう? 何か情報とか、助力とか、得られないかなと思って」
「あーやめとけやめとけ。いくらお前でも、あいつに取り入るのは無理だって」
「……そうなのか? 何故?」
「あいつは昔から、人を寄せないことで有名なんだ」
「……そうなのか」
ゼファーは小さく笑った。
「だから、俺くらいでちょうどいい」
ゼファーを寮に残し、俺はノエシス家を訪れていた。
出迎えてくれた女中に、応接室へ案内される。
椅子に座ると、茶を用意してくれた。
少し口をつけながら、部屋を見回す。
華美ではないが、質の良さそうな調度品が揃っており、棚にはたくさんの本が収められている。
待っていると、廊下から軽い足音が聞こえてきた。
扉が開き、現れたのは金髪の美人――ハルモン・フォン・ノエシス。
改めて、その姿を視界に収める。
癖のない淡い金髪は一つにまとめられ、濃紺の髪紐が垂れている。
澄んだ青の瞳。整いすぎた顔立ち。
だが、背格好や立ち振る舞い、そして服装を見る限り、やはり男性なのは間違いなさそうだ。
(……ご令嬢かもしれないと騒いでいた奴らは、嘆くだろうな)
一瞬そんな考えが頭の中にチラついたが、すぐに思考を切り替えて背筋を伸ばした、
「突然訪ねてしまい恐縮です。アルヴィン・レイフォードといいます」
「うん。今回の遠征の隊長だよね。ご苦労様」
ハルモンは向かいに座ると、軽く足を組みながらそう言った。
「倒れてしまわれたので、少し心配していました。体調はもう大丈夫なのですか?」
女中がもう一つ茶を用意して、彼の前に置くと、部屋から出て行った。
「……もう平気だよ。魔力使いすぎただけだから」
「……ライの怪我は、どうでしょう」
「問題ないよ。ちょっと血が足りないから補血してるけど」
そう言いながら、彼は表情ひとつ変えない。
「……他に何か用?」
視線を向けられると、なんだか胸がザワついた。
「……いや、その」
「そう」
会話が途切れる。
別に、対応が冷たいわけではないのだが、妙に、やりづらい。
「……ライを癒した魔法、見事でした」
「ああ。でも、君も見た通り使うと倒れるからさ、あんまり実用性ないんだよ」
一瞬、言葉を失う。
だが、引き下がらない。
「……それでも、あの場では必要だったと思います」
「そうだね」
それだけで、また会話が途切れた。
おそらく彼には、会話を展開する意識が全くない。
何か情報を引き出せるかと思ったが、ゼファーの言うとおり難しそうだ。
「……少し、ライの顔が見たいので許可を頂けませんか。実は彼とは昔馴染みなもので……個人的にも、少し心配していたんです」
「あー。君がマレディアの人だったか」
少し考えて。
「……別にいいけど。無理させないでね」
彼が退室すると、思わず息が漏れた。
妙に緊張してしまった。
ぬるくなった茶を啜りつつ待つ。
しばらくして、廊下から足音が聞こえてくる。
先ほどより重いが、安定した音。
扉が開き、ライが現れた。
さっき、血が足りないと言われていた。
確かに、顔色は良くない。
だが――少し、顔が丸くなったような……いや、気のせいか。
「……わざわざすまんな」
「いや。何ともないようで良かったよ」
ライは、先ほどまでハルモンが座っていた椅子に腰掛けると、背もたれに身を預けた。
ぬるい茶を口にする。
ライは目の前の手つかずのカップに目を向けると、そのまま口に運んだ。
「……お前、あの人と普段どんな話してるんだ?」
「……? あいつが話してるのを聞くだけだが……」
「……それで成り立つのか?」
「……ああ」
無言。
深く息を吐く。
「……お前が前に言ってたのが分かった。何を考えてるか分からん。放っておけないのも、そうだな」
話しながら、ハルモンの顔を思い出す。
美しく整った顔立ちから放たれる、あまりに温度のない視線。
「……でも、めちゃくちゃ美人だな! 詰め所に戻った後もその話で持ちきりで――あ」
そこまで言って、ようやく気づく。
ライの眉間に、皺が寄っている。
「……余計なこと言うな」
「……ああ、悪い。そういうの、面倒なんだろうな」
「……別に」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『空いた席』。
明日11時に更新予定です。
よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。




