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#6役割の自覚

※理解できない相手と、離れられない話です。


五日目の朝、今日も朝食を持ってハルモンの天幕を訪れた。


「ハルモン、起きてるか?入るぞ」


「どうぞ〜」


中を伺うと、ハルモンは体を起こして座っていた。


体調を崩してからずっと下ろしっぱなしにしていた髪が、久しぶりにまとめられている。


そして、手には、紙の束と羽ペンが握られていた。


「……何をしていたんだ?」


「えっとさ、怪我人の治療の時に手持ちの薬がなくなっちゃって、有り合わせの材料をその場で調合したんだけど……それがけっこう効き目が良かったんだ。王都に帰ったらまた試そうと思って、メモしてた」


「そうか。……体調良さそうなら、少し外へ出て歩くか?付き添うぞ」


「うん。ありがとう」


俺は食事をハルモンの近くに置いた。


ふと、寝床の近くに置かれた野花の花束が目に入る。


("女神様へのお見舞い"か……)


ハルモンに、食事が終わったら声をかけるよう伝えると、外へ出た。








食事の後、ハルモンを連れて天幕の外に出る。


今日はよく晴れており、日差しが気持ちいい。


でもハルモンは「うわっ!まぶしい」と言って、外套のフードを深々と被ってしまった。


「……そういえば、お前が朝に活動してるのを初めて見るな」


「でしょ?療養生活で規則正しい生活に矯正されてしまった。……朝日見たの何年振りだろう」


周りにいた騎士たちが、ハルモンの姿を見つけてこちらへ駆け寄ってきた。


「魔導士様!もうお身体は大丈夫なんですか?」


「はい、お陰さまで。ご心配おかけしました」


「お散歩ですか?無理なさらないでくださいね」


すれ違う騎士たちと挨拶しつつ野営地を歩いていくと、作業中の騎士たちや街の人々が集まってきて、軽く人だかりになってしまった。


ハルモンの功績は、この数日で街中に広まっていた。


彼の姿を見かけた者たちは、皆"女神様"と話してみたくて仕方がないのだろう。


「……ハルモン、平気か?キツかったらすぐ天幕へ戻ろう」


コソッと耳打ちするが、ハルモンは大丈夫だと首を振る。


「いいんだ。…ここではこれも、僕の役目だと思ったから」


ひと通り挨拶を終え、天幕に戻ると、ハルモンは「疲れたから一回寝る」と言い、その日は夕方まで起きてこなかった。














夜。焚き火の近くを通りかかったときに、同僚たちの話声が聞こえてきて足が止まった。


「昼間に話したけどさ、あの魔導士……噂通り綺麗だったな。ほんとに女神様みたいだ」


「……ああ」


「でもよ、あれ……止まらなかったらしいぞ。自分が倒れるまでずっと治療してたって」


「……普通じゃないな」


「普通じゃないけどさ……あの女神様がいなかったら、もっと死んでたのも事実だろ」


「…………」


「……でも、ああいうのってさ、どこかで止まらなくなるんじゃないのか」


「だから何て言えばいいのか分かんねぇけど……助かってほしいよな」


「……ならさ、俺たちで助けたらいいんじゃないか?ほら、昔話でもあるだろ。女神様と英雄の!」


「いいな!でも今の流れだと、英雄はカライスになるんじゃないか?もう女神様専属だろあいつ」


「確かに!それに、実際めちゃくちゃ強いしなぁ」


「それもそうかぁ……。いいなぁカライスは。俺も女神様をお守りしたかった。ほんと綺麗だよなぁ。結婚したい」


「おいおい……お前も知らないのか?」


「何が?」


「俺たちの女神様は男なんだってよ」


「ええっ!?嘘!!あの見た目で!?……いやでも、アリ寄りのアリかも」


話を聞いていて、思わず息が漏れた。


(……全く。あいつは本当に、厄介なものばかり引き寄せる)


俺は無言でその場を離れると、そのままハルモンのいる天幕の方へ迷いなく歩き出した。














六日目の朝、ハルモンのいる天幕を訪れると、今日も紙の束と羽ペンを手に、書き物をしていた。


「調子はどうだ?」


「まあまあかな。あ、カライス君、今日は少しだけ遠出をしたいんだけど……いいかな」


「遠出?なんでまた」


「散歩がてら、薬草の収集をしたくて……」


元気になるにつれてやることがなく、暇になってきたらしい。


「……仕方ないな。でもひとまずは、食事だ。ちょっと量を増やしたから、無理しない程度に食べてくれ」


「はーい!」


食事を手渡すと、外出の許可をもらってくると伝え、天幕の外へ出た。








無事に外出の許可をもらい、ハルモンを引き連れて、街の入り口付近から森の中へ足を踏み入れる。


この辺りは王都との交易経路として整備されている。


警備も行き届いているためほとんど危険はないのだが、念のため剣を携行して行った。


剣を持ち歩くのは、実にあの日の戦闘以来で一週間振りであった。


これほど長い間剣を手放したことは、騎士になってから初めてだった。




ハルモンは、木々の間を歩いては時々しゃがみ込み、使えそうな材料を探している。


「……そういえば、家にはもう連絡は入れたのか?」


そう尋ねると、ハルモンは手を止め、その場に立ち上がるとこちらを向いた。



「実は昨日、《連結子》で連絡があったんだ。……あの火災のことは、王都の方でも話題になっているって。……僕も巻き込まれたと思ったらしい。心配をかけてしまったよ」


「そうか……」


「あと、君のいる騎士団が他と合併するかもって話も、聞いた。……街はこれからどうなるんだろう」


「前線の方はこのまま勝利することが濃厚らしいが……それでも、すぐに復興とはいかないだろうな。……それに……」


言いかけて、少し躊躇ってしまった。


言葉にすると、それが真実になってしまう気がして。


ハルモンは黙って、こちらが話し出すのを待ってくれている。


俺は、ついにそれを口にする。


「……もしこの先復興できたとしても、俺の帰る場所は、もう無くなってしまった」




この場所に吹く風は、昔から全く変わらない、潮の香りのする海風だ。


けれど、以前と同じように感じることは、もう二度とできない。




しばらく二人は黙り込んでいたが、「でも」とハルモンは口を開く。


「君は戻ってきた。……これからは、自分で選ぶことができるんだよ」


(自分で……選ぶ……)




俺は、ハルモンの言葉を心の中で反芻した。




この場所に吹く風は、昔から全く変わらない。


潮の香りのする海風。




















ここまで読んでいただきありがとうございます。

この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。

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