↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/76

#20倒したはずだ

次の日。


俺とナギ、そして騎士団の皆は、谷から少し距離のある地点にいた。


すでに戦闘準備は整っており、そのまま、しばらく様子を見ていた。


今日は、天気は問題なかった。


だが、谷の周囲だけが霧に包まれている。


「白霧の谷と言われる所以といったところだな。どうする、隊長」


ゼファーが軽く聞く。


「……このまま待っていても、あまり状況は変わらなそうだな」


アルヴィンは立ち上がると、周囲を見回す。


「突入しよう。……準備はいいな」


その言葉に皆、頷いた。


「湧くなら、長期戦は避ける。突破して奥を見る。ゼファーは前方の視界確保。ナギは後方支援。散開しすぎるな」








谷の周囲、視界は白く閉ざされていた。


「……濃いな」


「任せろ」


ゼファーが前に出る。


軽く手を振ると、風が巻き起こり、霧が押し流された。


「……囲まれているな」


前方、左右、そして、いつの間にか後方にも。


無数の影が、こちらを取り囲んでいた。


「来るぞ。……数は想定通りだ」


一斉に魔物が動き出す。


「各自、散開! 無理はするな! 囲まれるな!」


剣を抜き、目の前の個体を斬り伏せる。


だが――


「……速いな」


振り下ろした刃を、寸前で躱される。


次の瞬間、横から別の個体が飛びかかってきた。


「数だけじゃない!」


「力も強いぞ!」


押し返し、間合いを取る。


「空から来るぞ!」


見上げると、翼を持つ魔物が旋回していた。


「……ちっ」


風が唸る。


ゼファーが片手を上げると、空中の魔物の軌道が乱れた。


「落ちろ」


その隙を、ナギの矢が貫く。


「……助かる」


「空の敵は任せてください!」





戦線は、徐々に安定していった。


「……だいぶ減ったな」


その時だった。


(……あれは、なんだ)


言葉を失う。


視線の先に、鹿のような魔物がいた。


いつからいたのか分からない。


ただ、そこに“いる”。


「……気づかなかったのか?」


「いや……さっきまでは……」


普通の鹿よりも一回り大きいだけの体躯。


だが、その存在だけが、妙に浮いて見えた。


鹿は、こちらを見ている。


動かずに、ただ、見ている。


(……気配が、違う)


騎士の一人が、前に出る。


「様子を見る。少し近づくぞ」


一歩。


――その瞬間だった。


「っ!?」


気づいた時には、騎士の体が宙に浮いていた。


角で弾き飛ばされたのだ。


「下がれ!」


地面に叩きつけられた騎士を、別の者が引きずる。


鹿は、動いていない。


ただ、そこに立っている。


「……近づくな、ってことか」


近づかなければ、攻撃してこない。


だが、現れた魔物をそのまま放置するわけにもいかない。


「……下がっていろ」


俺が低く言うと、アルヴィンは静かに手を上げた。


「……全員、距離を取れ」




先ほどの鹿の動きは単純だった。


近づいた瞬間に、弾く。


なら――


踏み込みを半歩遅らせる。


角が通り過ぎる。


その内側へ滑り込み、足を払う。


重心が崩れる。


そのまま、刃を振り抜いた。


首。


確かな手応え。


鹿の体が、ぐらりと傾く。


――落ちる。


「……やったか」


その瞬間、違和感が走った。


倒れたはずの体が、傾いたまま、地面に触れていない。


「――ッ」


横から衝撃。


ズッ。


何かが深く、めり込んだ感触に、体が止まる。


遅れて、熱が弾けた。


息が抜ける。


視線を落とすと、黒い角が、脇腹を貫いていた。


布が裂け、肉が押し広げられる。


じわりと赤が滲み――すぐに溢れた。


(……倒したはずだ)


思考が追いつかない。


だが、鹿は目の前にいて、俺の脇腹を貫いている。


体の中で、肉が引き裂かれる。


「……っ」


息を吐く。


だが、まだ、動ける。


鹿が頭を振り上げようとする。


突き飛ばす気だ。


(させるか)


刺さったままの角を、掴む。


血で、手が濡れていて滑る。


それでも力を込めて、そのまま一歩踏み込む。


ぐ、と。


角が、さらに奥に食い込んで、視界が白く弾けた。


喉の奥で、息が詰まる。


だが、止まらない。


鹿の体に、密着する。


近すぎる距離。


だが、獣の匂いはしない。


温度も、なかった。


(……今、ここにある)


それだけでいい。


逃げ場のない位置で、剣を振るう。


刃が、鹿の首元を斬り裂いた。


肉を断つ手応えは、ない。


代わりに、何かがほどける感触がした。


――その瞬間。


鹿の輪郭が崩れ、光の粒子のように、ばらけていく。


残留物が、カランと音を立てて地面に落ちると、体内にあった圧が、ふっと消えた。


支えを失った体が落ち、同時に血が一気に溢れる。


地面に叩きつけられ、肺の空気が抜けた。


咳き込むと、鉄の味が口に広がる。


脇腹から、熱いものが流れ続けている。


仰向けになり、手で脇腹を押さえた。


(……倒した)


理由は、分からん。


だが――終わった。


「師匠――!」


ナギの声には焦りが混じっている。


ふと、白い影が視界に入った。


スイだ。


胸元にひょいと乗ってくる。


その小さな体が傷口に触れると、淡い青い光が、滲むように広がった。


じくじくとした痛みの中に、別の熱が混ざる。


溢れる血の流れが、ゆるやかになる。


裂けた感触が、わずかに閉じていくようだった。


「……スイ……?」


側に来たナギの声は、震えていた。


スイは小さく鳴くと、ナギの膝の上に移り、登っていく。


ナギの服の襟元に入ると、動かなくなった。


息を吐く。


「……あとは、任せる」


体から力が抜けていく。


視界が揺れて、そのまま、意識が沈んでいった。








「師匠! 嫌です……目を開けて……!」


「ナギ、落ち着いて」


振り向くと、アルヴィンさんが側に来ていた。


師匠の脇腹に触れて、傷の状態を確認する。


「……さっきはかなり出血していたように見えたが、今は少し収まっているな」


アルヴィンさんは顔を上げ、声を張る。


「繋ぎ手様は!?」


「朝に確認しましたが、いませんでした! 礼拝堂は空です!」


一瞬の沈黙。


「……王都へ戻る!」


「荷を下ろせ!軽くしろ!後続に回す!」


騎士たちが慌ただしく荷車から荷を降ろす。


「全部か!?」


「いい、置け! 後で回収する!」


地面に荷が積み上がる。


「負傷者を乗せるぞ! 急げ!」


「動かすな、支えろ!」


荷車に師匠の体が横たえられる。


「ナギ、押さえていろ!」


「はい!」


荷車に乗り、師匠の横についた。


荷車に、アルヴィンさんと怪我をしている騎士が数名、そしてゼファーさんが乗り込む。


「ゼファー、頼む」


「分かってる」


ゼファーさんが荷車を引く馬のすぐ後ろに付く。


「飛ばすぞ」


風が吹いた。


次の瞬間、荷車が前へ跳ねた。


「――っ!」


強い揺れ。


荷台が跳ね、師匠の体がわずかに浮く。


「……っ!」


咄嗟に押さえつける。


手のひらに、ぬるい感触が広がった。


……血だ。


(揺らしたらダメ……でも、止めたら……)


「大丈夫ですか、師匠……」


返事はない。


車輪が地面を叩き、速度が上がる。


風が荷車を押し、景色が一気に流れていく。


「そのまま行け!」


「止めるか?」


「止めるな!」


荷車はそのまま、王都へと突き進んだ。













ここまで読んでいただきありがとうございます。


この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。


次回、『非常用』。


明日11時に更新予定です。


よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。