#16母と子
次の日、研究所に行くと魔物対策室の魔道士に呼び出された。
「ライさんに、また魔物の調査に出ていただきたくて」
「……どこだ」
「今回は、王都から半日歩いたくらいの距離の地点ですね。強力な魔物が出現するとの情報もあるので、今回は騎士の方達と合同でお願いしようかと」
「……そうか。別に、構わん。編成は任せる」
「ありがとうございます! 出立は、だいたい一週間後くらいで見ておいてもらえると。騎士の方達とも詰めて、顔合わせの日程など決まったらまた知らせますね」
「承知した」
魔法薬学室に戻ると、ハルモンに声をかけられる。
「また遠征?」
「ああ」
「そっか。今度も長いの?」
「いや、すぐ近くの調査らしい。さほどかからないだろう」
「そうなんだ」
それ以上は何も言わない。
夕方。
研究所から帰宅すると、ミアとナギが出迎えてくれた。
いつものようにハルモンの外套を預かって衣装掛けに掛けて--。
部屋に戻っていくハルモンをそのまま見送る。
そして、厨房に戻ろうとするナギの方に目を向けた。
「ナギ。少し、いいか?」
「……? はい。何でしょう」
「今日、研究所から魔物討伐の依頼を受けた。一週間後くらいに、ここを立つことになる」
ナギは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「わかりました! またご一緒しますね」
当然のことのように、そう言った。
「……そうか。……一人増えると、俺から伝えておく」
「はい!」
依頼を受けると、打ち合わせや出かける準備など、やることができる。
それでも俺は、なるべくハルモンに同行するようにしていた。
「任務に行くなら、打ち合わせとかあるんじゃないの?」
「問題ない」
「僕、別に一人でも行けるけど」
「……護衛だ」
「ほんと、過保護だなぁ」
そうは行かない日もある。
……それでも、行きはなるべく送るようにした。
帰りも、時間が合えば迎えに行った。
それから数日が過ぎた、研究所からの帰り道。
「ライ君、明日は何か用事ある?」
「いや。……何かあるのか?」
「実は、母さんに面会したいと思ってて、やっと許可が出たんだ。せっかくだし、ライ君にも来て欲しいなと思って」
「……別に、構わんが」
「ほんと? よかった。滅多に合えないからさ」
「……滅多に合えない母親に会いに行くのに、俺も要るのか?」
「うん。君のこと、母さんにも紹介しとかないとね」
(……何と紹介する気だ)
次の日。
持っている物の中から上質な服を選んで身につけると、ハルモンと共に出かけた。
向かった先は王都の豪華な区画。上流貴族が住む場所だ。
「……お前の母親も、貴族なのか?」
「うん」
「前に家であったお前の父親も、ここに?」
「いや? 父さんは王宮に住み込みだよ。……父さんと母さんに婚姻関係はないんだ。母さんは僕を産んだ後、他の貴族と結婚した」
「……どういうことだ……? 離婚したってことか?」
「あはは。まあ、そう思うのも無理ないよ。……魔導士の家には、よくあるんだよね」
母親が住む屋敷に到着する。
豪華な造りだった。
使用人に案内されて、少し待った後奥に通される。
広い部屋の真ん中に置かれた椅子に、貴婦人が一人座っていた。
まとめ上げられた髪は、月の光のような色の金髪。ハルモンとそっくりだった。
顔立ちも、よく似ているように見える。
だが、目の部分には黒い布が巻かれ、瞳の色は確認できなかった。
(目隠し……。まさか、ハルモンの母親は繋ぎ手様なのか……?)
「母さん。久しぶり」
「ハルモン、よく来てくれたわね」
「ううん。今日はさ、色々聞きたいことがあったのと……あと、この人を紹介したくて」
目隠しされた顔が、こちらを向く。
見えていないはずなのに、視線が合った気がした。
「ライ君。護衛してくれてて、一緒に住んでるよ」
目隠し越しにじっと見つめられ、動けない。
しばらくの沈黙のあと、ハルモンの母は小さく息を吐いた。
「そう……。大切にしてもらっているのね」
「うん」
ハルモンは自然な笑顔を浮かべる。
(違う。……はずだ)
だが、何も言えない。
――訂正する理由が、見つからなかった。
「それで、ここからが本題なんだけど。……最近、繋ぎ手のことに興味があってさ」
「……繋ぎ手のこと?」
「うん。これは僕の仮説なんだけど」
ハルモンはそう一旦区切ると、話し出す。
「繋ぎ手の力は繋ぐ力。癒しの力は、それが組織同士の結合という意味合いで表れてる現象だと思うんだよね。母さんはどう思う?」
ハルモンの母は苦笑いした。
「ハルモン……あなたは相変わらずね。どうしてそう思ったの?」
「自分で何回か試して検証した。薬より明らかに回復スピードが早いでしょ?だから、その場で組織同士を繋ぎ合わせてるのかなと」
「……そうね。あなたは本当に賢い。父さんによく似たのね」
「あと、繋ぎ手同士の対話って、具体的にどういう感じ? どれだけ離れてても話せる? 一人ずつ? それとも同時に全員? 精神世界みたいなものがある?」
「………」
「もし、人の体だけでなく、精神や物質まで繋げられるなら、他のものも可能? 例えば、この世界そのものとか」
「………ハルモン。ちょっとこちらに来て」
ハルモンが近づくと、ハルモンの母は立ち上がり、両手でそっとその顔を包んだ。
指先が頬に触れる。
しばらく、何も言わない。
「……大きくなったね」
そのまま、しばらく見つめる。
ハルモンが以前、女神と呼ばれていたことを思い出す。
なら、今のこの光景は?
まるで、同じものが向かい合っているような。
思わず息を止める。
あまりに静かで、あまりに綺麗な光景だった。
(……なんだ、この人)
時間がゆっくり流れる。
「……?」
そんな中、当の本人は、不思議そうな表情を浮かべながら少し戸惑っていた。
ハルモンの母はその様子に小さく笑うと、ようやく手を離す。
目隠しの顔がこちらを向く。
「この子を、よろしく」
目隠しをしているのに、確かに見られている気がした。
俺は理由も分からないまま、背筋を伸ばす。
「……はい」
短く答える。
「……それじゃあ、そろそろ戻るよ。母さん、またね」
もう用件が終わったとでも言うように、ハルモンはあっさりとそう口にした。
研究の途中で立ち寄ったみたいな、軽い調子だった。
ハルモンの母は、何も言わない。
ただ、静かに微笑んだ。
ハルモンがそそくさと退室する。
俺は一歩遅れて、ちらりと部屋を振り返る。
ハルモンの母は、椅子に座ったままずっとこちらを見ていた。
帰り道。
歩きながらハルモンが口を開く。
「母さん、やっぱり答えなかったな」
「……話しちゃダメって言われてるのかもな」
「……」
それ以上、会話はなかった。
足音だけが、しばらく続いた。
※お詫び
前の話ですが、以前の話が重複して投稿されていました。楽しみにお待ちいただいていたところ申し訳ありません。
修正しましたので、お手数ですが一話戻って読んでいただけますと、流れがわかるかと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『放っておけない』。
水曜日の夜8時に更新予定です。
よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。




