#15届かない声
いつものように研究所で仕事をした、その帰り道。
なんとなく、街が賑わっている。
明日が休日だろうか。
それとも、何か祭りでもあるのか。……妙に、人が多い。
「……ハルモン、明日何かあるのか?」
「知らない。なんか賑やかだよね」
そのまま家に帰る。
今日は、アグネスが出迎えてくれた。
ミアとナギは、食材の買い出しに出かけてまだ戻らないそうだ。
「今日は街が混んでいますからね……。夕食の前に、あるもので何か軽くご用意しましょうか?」
「いいよ、戻ってからで。それより、明日って何かあるの? 帰り道、なんか賑やかだったよ」
「大聖堂で礼拝が行われるそうです。ですが、今回はその後が目的なのでしょうね」
「どういうこと?」
「繋ぎ手様にお目見えできるとか。希望者には癒しの力を振るっていただけるとのことですよ」
「それはすごいな。全然知らなかった」
「昔から、教会行事にご興味示されませんでしたからね。ハルモン様は」
ハルモンは少し笑う。
「あの頃は、祈ったところで何か変わるとは思えなかったからなぁ。……でも」
少し考える仕草。
「……今は、ちょっと興味あるな。繋ぎ手の力。それと――なぜ、皆が祈るのか」
ハルモンがこちらを向く。
「見に行きたいな。ライ君、一緒に来てくれる?」
俺は一瞬黙り、口を開く。
「……危険なのではないか」
「うん。だから、司祭に見えないように外套をきっちり着ていくよ。ちゃんと、最後まで脱がない」
「……それなら」
「ありがとう!」
その少し後、ミアとナギは無事に帰ってきた。
いつも行く店の品が売り切れで、あちこち探し歩いていたらしい。
いつものように夕食を取り、ハルモンと共に眠った。
明日のことを、少しだけ考えながら。
そして次の日。
朝鍛錬して、朝寝坊のハルモンを起こした。
「ライ君がいると、なんかよく寝れるんだよね」
「……寝過ぎじゃないか?」
「そう?でも寝過ぎても起こしてくれるし。安心だよ」
食堂へ行き、三人で朝食をとる。
朝食の後、ハルモンは作業台で何か書き始めた。
俺は、部屋の片付けだ。
この部屋は、出かけている間に要らないものが溜まりがちで、放っておくとどんどん中が荒れていく。
なので、王都にいる間だけはこまめに手を入れて、危険がないように整えるようにしていた。
昼食の後、俺とハルモンは大聖堂へ向かった。
ハルモンは、旅をしていた頃の黒い外套を纏っている。
この姿は本当に久しぶりに見た。
王都でのハルモンを見慣れすぎて、この姿はかなり怪しく見える。
「……これさぁ、王都だとかえって目立つかもね」
「……そうかもしれんな」
でも、何かあれば俺が守る。
そのための護衛だ。
周囲に警戒をしつつ歩みを進める。
街は人が多く、どこも混み合っている。
ハルモンが袖を掴んでくる。
俺は、何も言わない。
ようやく大聖堂に到着し、なんとか中に入ることができた。
大聖堂の周りには、見張りの聖騎士たちが並び、周囲を警戒していた。
人が密集する中、入り口からさほど遠くない後ろの方に二人で立つ。
「全く見えないんだけど」
ハルモンが文句を言っている。
「ライ君は、よく見えそうだね」
しばらくすると、司祭に連れられて白い衣装に身を包んだ人物がひとり現れる。
不思議な雰囲気。
頭にベールが被せられているが、腰を超えた長さの癖のない銀髪が覗いている。
気品あふれる佇まい。
姿を見せただけで人々は拝み、祈っていた。
ベールの隙間から、ちらりと顔が覗いた。
遠くて、よく見えない。
だが、ちょうど目の部分に布が巻かれているのは確認できた。
(目隠し……? 怪我でもしているんだろうか)
礼拝が始まったらしい。
中心にいる繋ぎ手が胸の前で手を組んで祈り、周りの司祭が青い輝きを放つ粉末を撒いている。
いつの間にか、香の匂いが周囲に広がり、包まれている。
神秘的な光景に、目を奪われた。
しばらくして、祈っていた繋ぎ手が驚いたようにハッと顔を上げた。
目隠しの下の視線が、こちらを向く。
でもそれは一瞬だけで、すぐに祈る姿勢に戻った。
(……何だ、今の)
こちらを見たように感じたが。
……いや。
見ていたのは、俺ではなかった。
たぶん、ハルモンを見ていた。
俺は、横にいるハルモンに視線を向ける。
ハルモンは、真顔だった。
そして、その手には《連結子》が握られていた。
手のひらの中で、それは青く明滅していた。
礼拝が終わり、人混みに紛れて大聖堂を後にした。
この後、繋ぎ手様による治癒が行われるらしく、必要とする人はその場に残るようだった。
俺もハルモンも、どこにも悪いところはない。
そのまま大聖堂を後にする。
帰り道、ハルモンはとても静かだった。
何か考え事しているらしい。
途中、段差で躓きかけたので咄嗟に支える。
「……危ないぞ。ちゃんと足元見ろ」
「ごめんごめん。ありがとう」
そうは言うが、上の空だ。
俺は小さく息を吐いた。
「……さっき、何してた」
「何って?」
「礼拝の時。《連結子》を持っていただろう。……繋ぎ手様が、お前を見たように見えたが」
「ああ。実はさ、ちょっと繋ぎ手に話しかけてみたんだよ」
一瞬、言葉が出なかった。
だが、問い直す。
「……そんなこと、できるのか」
すると、ハルモンは首を横に振った。
「いけるかと思ったけどダメだった。呼びかけには気づいてもらえたけど、向こうの声が聞こえないし、こちらからも届かなかったね」
ハルモンは少し考えて、
「……使ってる階層が違うのかもな」
そう、呟いた。
(やっぱり、よく分からん)
家に帰ってくると、家の裏手にナギと、駆け回るスイの白い姿が見えた。
ハルモンが近づいていくので、後を追う。
「あ、ハルモンさんと師匠!おかえりなさい」
「ただいま。スイと遊んでたの?」
「スイったら、すばしっこくて全然捕まらないんですよ」
ナギが追いかけてこないことに気づき、スイは動きを止める。
そして、ナギの方へ駆けていくと、自分から肩の上に乗った。
そのまま肩の上で身を丸める。
「あれ? 乗ってきたね」
「ほんとですね……走りすぎて疲れたのかな」
ナギが頭を撫でると、スイは気持ちよさそうに目を細めた。
その様子を見ながら、ハルモンは、自分も触ってみたそうにそわそわしている。
「……ハルモンさんも触ってみます?」
「いいの?」
「はい。大丈夫ですよ」
ハルモンが、そっと手を伸ばし、指先で白い毛に触れる。
「うわ……すごいフワフワだね。毛が細くて、柔らかくて、あたたかい」
そう言って、笑顔になる。
「気持ちいいですよね」
ナギの肩の上で少し休憩したスイは、体力が回復したらしい。
再び地面に降りると、また駆け出す。
逃げたと思えば、自分から肩に乗ってくる。
ナギだけでなく、ハルモンの肩に乗ることもあった。
二人と一匹が戯れる平和な光景。
俺は少し離れたところから、その様子を見守った。
……それでいいと思った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『母と子』。
来週月曜日の夜8時に更新予定です。
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