#10師匠の知り合いの家
目を覚ますと、視界に見慣れない白い景色が広がっていた。
頭の横で、スイが丸くなって寝ている。
(……そっか。師匠の知り合いの家に来ているんだった)
部屋には、テーブルと椅子が二脚、そして大きめのベッドがひとつ置かれていた。
生まれ育った町は、辺境の田舎だった。
山を歩き回り、野営するのも当たり前だった。
だから、最初はフカフカすぎて落ち着かなかったけど、でも、よく眠れた。
(師匠はどこにいるんだろう……)
ベッドから降り、部屋を出た。
廊下に出ると、料理中の良い匂いが漂ってきた。
女中さんが食事の支度をしているらしい。
匂いがする方向へ、つい吸い寄せられていく。
戸を開けると、やはり厨房だった。
手際よく動いていた女中がこちらに気づき、にこりと微笑む。
「あ、ライ様のお客様ですね! おはようございます」
「おはようございます」
「お食事、もうすぐ出来上がりますので、少しお待ちくださいね」
「ありがとうございます……! ……あのう、師匠がどこにいるか分かりますか?」
「師匠……ライ様のことですか?」
少しだけ間が空く。
「……お邪魔しない方がいいかと……」
「お邪魔……?」
「あっ、いえ、なんでもないです!」
女中が慌てたように手を振る。
「すぐにお呼びしますので!」
「い、いえ! 大丈夫です!」
視線が手元に落ちる。
使い終わって横に置かれた調理道具。
整えられた材料。
無駄のない動き。
「……することないので……手伝ってもいいですか?」
女中は一瞬きょとんとした後、にこりと笑った。
「本当ですか? 助かります」
「はい!」
「じゃあ……これ、お願いできますか?」
差し出された野菜を受け取る。
「私、ミアって言います」
「ナギです」
軽く頭を下げると、ミアさんも同じように返した。
「ナギさん、包丁使えます?」
「はい、少しなら」
「十分です。じゃあ、これ細かく切ってもらっていいですか?」
「分かりました」
手際よく包丁を動かす。
トントン、と小気味いい音が響く。
その様子を見て、ミアさんが少し目を丸くした。
「……慣れてますね」
「えっと、普段から自分でやってるので」
「なるほど……」
ミアさんはどこか納得したように頷いた。
少しの沈黙。
野菜を刻む音と、鍋の煮える音だけが静かに続く。
ふと、ミアさんがちらりとこちらを見た。
「……ナギさんって、ライ様の……お弟子さん、なんですよね?」
「はい」
「そうなんですね……」
何か言いかけて、やめる。
「……あの方、優しいですよね」
「はい。すごく」
私は迷いなく答えた。
ミアさんは、ほんの少しだけ笑った。
雑談しつつ、ミアさんと一緒に料理をした。
ミアさんは明るくてよく喋る人で、すぐに打ち解けた。
完成した料理を食堂に運び、ミアさんの指示に従い準備をすすめる。
しばらくして、廊下から足音が聞こえてきて、扉が開いた。
見ると、師匠と、その隣にとても美しい人がいた。
すこし白っぽい、癖のない金髪を一つにまとめている。
スッと通った鼻に、細い顎。
目は丸くて大きく、澄んだ青い色をしている。
全体的に、整いすぎている。
背丈は、師匠と並んでいるから小さく見えるけど、師匠はとても大きいので、たぶん小さいわけではない。
というか。
この二人の並び、絵になりすぎる。
見ていたら、なんだか顔が熱くなってきた。
「ナギ。起きていたか。……こいつはハルモン。……この家の主だ」
「ナギちゃん。はじめまして。……女中を手伝ってくれてありがとう。自分の家だと思ってゆっくりしてね」
いつも《連結子》で聞いていた、あの優しい声だった。
ハルモンさんににっこり微笑みかけられ、また顔が熱くなる。
……あれ。少しだけ顔色が悪いような気がした。
気のせいかな。
「それじゃ、席に着こっか。……ライ君、こっち」
ハルモンさんがそう言うと、師匠は後ろに着いていく。
椅子を引いて、ハルモンさんを座らせると、自分はその隣に座った。
そして、そのまま二人は当たり前のように食事を始める。
(…………え……?)
二人の距離感に戸惑っていると、後ろにいたミアさんから声がかかる。
「ナギちゃん! 来てもらえる?」
「あ、はい!」
食堂を出ると、ミアさんがきらきらした目で顔を寄せてきた。
「見た!? 今の!?」
ミアさんの勢いに、戸惑いながらも頷く。
「この家ね、毎日あんな感じなの!」
「そうなんですか……」
「ライ様が来てから、ハルモン様ちゃんとご飯食べるし!」
「え」
「前なんて机で寝落ちよ!? 信じられる?」
少し驚く。
ミアさんはさらに声を潜めて続けた。
「しかもね――」
私は慌てて言う。
「ミアさん、声が……」
「もうね、夜とか絶対――」
そのとき。
白い影が近づき、サササッと肩に登ってきた。
「え……」
ミアさんが止まる。
「……何それ」
「あ、この子ですか?」
頭を撫でると、スイは目を細めた。
「え、ちょ、待って何それ可愛い」
「……それ、何?」
ハルモンさんが立ち上がり、こちらに歩いてくる。
「旅の途中で出会ったんです。スイって言うんですよ」
「……目の色、不思議だね。見たことない生き物だ」
ハルモンさんは、なんだか少しそわそわしている。
「……触ってみていい?」
「やめておけ……」
師匠が、そっとハルモンさんの肩に触れる。
「え、なんで?」
「……危険があるもしれん」
「そうは見えないけど……。あ、ミア。さっきの話だけど」
「えっ」
「扉が全開だったからさ。全部聞こえてたよ」
ハルモンさんがにこっと笑った。
「………あ」
ミアさんの顔が一気に赤くなる。
「いやぁーーーーーー!!!」
ミアさんは顔を真っ赤にして厨房へ駆けて行った。
師匠は息を吐いた。
そのまま何も言わない。
ただ。
耳だけが、少し赤かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『空気みたい』。
水曜日の夜8時に更新予定です。
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