#9ただいま
夕方、王都に到着した。
騎士の詰め所に寄り、戦果を報告する。
「ご苦労様さん。これが今回の分だ」
報酬を得る。
なかなかの大金だ。
「回収してもらった残留物はどうする?こちらで預ろうか」
「いや。直接研究所に持っていく」
「了解。では、頼んだぞ」
少し間。
「……ライさんは騎士に戻る気はないのか? 同じ仕事をするなら、傭兵よりも騎士の方がずっと安定するだろうに」
「……こちらの方が性に合う」
「そうなのか……。まあ、無理にとは言わないが。もしその気になったら、いつでも来てくれよ」
外で待たせていたナギと合流し、歩き出す。
歩きながら、ふと手の中のそれを見る。
確かに、報酬だ。
働いた分の。
自分で得たもの。
(……それで、どうする)
ずっと、答えは出ない。
(……足りないな)
理由は分かっている。
考えるまでもない。
袋を握り直す。
重さは変わらない。
だが、どこか実感がなかった。
(……これで、成り立っているのか)
足を止める。
一瞬だけ。
(……違うな)
師匠は、貰った報酬の中からお金を分けてくれた。
「当然の働きだった」と言って。
師匠と一緒に旅をして、学ばせてもらっているだけで十分だったのに。
師匠の背を追い、横に並んだ。
「今日はどこに泊まるんですか?」
「……知り合いの家だ」
「知り合い?」
「ああ。……王都にいる間は、いつも泊めてもらっている」
「そうなんですね……」
無言で歩く。
大通りを抜け、しばらく進むと、石造りの屋敷が並ぶ区画に出た。
(立派なお家……。師匠の知り合いって、もしかして偉い人だったり……?)
師匠が、ある屋敷の敷地へ迷いなく進んでいく。
私はその後ろを追いかけた。
暗くてよく見えないが、立派な二階建ての屋敷だった。
師匠はノックもせず扉を開け、家に入っていく。
私も中に入った。
「ライ様、お帰りなさいませ」
女中が現れ、一礼する。
そして、自分に目を向けてきて微笑んだ。
「お嬢様のお名前は?」
「あ……えっと、ナギ、といいます」
「ナギ様ですね。……ライ様、ナギ様を客間へご案内しても?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました。ナギ様、こちらへどうぞ」
女中に案内され、客間に通された。
「あの、師匠はどこへ……?」
すると、女中は少し笑った。
「……ここは一人で使っていただいて構いませんよ。ゆっくり羽を伸ばしてくださいね」
そう言って、女中は部屋を出ていく。
私は、部屋にひとり残された。
スイが肩に登ってきて、頬に身を寄せてきた。
頭を撫でてやる。
「……いつも泊まってるって言ってたし、師匠の部屋があるのかな」
スイは私の顔を見つめながら、少しだけ首を傾げた。
部屋に入った瞬間、薬草と薬液の混ざった匂いが鼻をついた。
いつもの匂いだ。
それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。
「おかえり」
「……ただいま」
ハルモンは机に向かっていた。
ペン先が一瞬だけ止まり、わずかに、インクが紙に滲む。
だが、ハルモンは顔を上げなかった。
……顔を向けてくれない。
久しぶりに帰ってきたのに。
そのことに、少しだけ胸が痛んだ。
(やはり、この間のこと怒っているのか……?)
俺はハルモンの様子をそっと窺う。
ハルモンの髪は下ろされており、寝る時のゆるい部屋着を着てる。
髪が、少し湿っている。
風呂に入った後らしい。
荷物を下ろし、装備を外していると、ハルモンがこちらにやってきた。
その顔は、なんだかとてもにこやかだ。
「遠征お疲れ様。……さっきお湯もらったばかりなんだ。まだ温かいと思うから、入ってきなよ」
「あ、ああ……」
ハルモンに促され、バスタブのある小部屋に入る。
服を脱いで、バスタブに浸かる。
(……機嫌が悪いのかと思ったが、そういうわけではない……?)
風呂から出ると、ハルモンが俺の荷物の中から、魔物の残留物を取り出していた。
ハルモンはそのまま机に向かうと眼鏡をかけて、手に持った魔物の残留物をじっと見ている。
その姿をしばらく眺めていたが、無意識に近づき、ハルモンの袖をつまんでいた。
ハルモンは一度だけ俺の手に目を向けるが、特に何も言わず、視線を手の中のものに移す。
ふと何か思いついたようにペンをとり、手元の紙にペンを走らせる。
顔を下に向けると垂れる金髪。
ランプの光に染められるそれを、そっと耳にかけてやる。
するとハルモンは小さく息を吐いてこちらを見た。
「……なに?」
ちょっと不機嫌そうだ。
「いや……すまん、髪が邪魔かと」
「そうじゃなくて。……僕に何か言いたいんじゃないの?」
俺は黙った。
……こっちを向いて欲しいなんて、言えない。
何も言えずにいると、ハルモンはふっと笑う。
「……そんな顔しないでよ。別に怒ってないし」
そう言うと、魔物の残留物を机に置く。
それから、俺の袖を軽く引いた。
「今日はもう寝よっか」
部屋はもうすっかり暗くなり、机のランプだけが光っている。
ハルモンが、それを持ち上げる。
ランプの光が揺れる。
ハルモンの金髪が、ランプの光に照らされてふわっと光る。
ハルモンは眼鏡を外し、机に置くと、ベッドの方へ歩いていく。
ベッドの横に、ランプを置く。
こちらを振り向き、少しだけ首を傾げて微笑んだ。
しばらくその姿を見ていたが、気づけば、一歩踏み出していた。
ーーきし。
床が小さく鳴る。
ハルモンはその音に、少しだけ目を瞬かせた。
俺はハルモンの前に立つと手を伸ばし、顔の横にかかった髪をそっと耳にかけた。
指が一瞬止まり、離れる。
「……なに?」
「……なんでもない」
ハルモンは靴を脱ぐとベッドに入り、横になる。
その隣に、俺も当たり前のように入った。
横を向いてハルモンの顔を見る。
窓から差す月明かりに照らされて、金髪が白く輝いている。
そして、顔にはいつもの笑顔を浮かべていた。
……少し、息が抜けた。
気づけば、手を延ばしていた。
顔に少しかかった髪をよけて、そのまま少し手触りを確かめた。
すると、突然ハルモンの表情が変わる。
ハルモンはベッドから飛び起きると、髪を触っていた俺の手を掴んだ。
「これ、怪我してるの?」
「……ああ。魔物との戦闘で少しな」
「なんですぐ言ってくれないの。……《連結子》で話した時だって、何も言ってなかったのに」
「かすり傷だ。大した怪我じゃない」
「見せて」
ハルモンは包帯を外すと、傷を覗き込む。
それから、ベッドを降りかけて、止まった。
(……?)
そのまま、ベッドに戻ってくる。
「せっかくだから試してみるか」
そう言うと、腕の傷口に自分の手をかざした。
手のひらから、淡い青い光が溢れる。
月明かりのような色だった。
その光景に、わずかに目を見開く。
見ると、みるみるうちに傷が塞がり、一瞬で治ってしまった。
「……ふぅん。なるほどね」
ハルモンはそう呟くと、俺の手を離す。
「……なんか、だるい」
そのまま、ベッドに倒れる。
「疲れた。僕はもう寝るね」
そう言って、本当にすぐに眠ってしまった。
俺はハルモンの体に布団をかけてやり、自分も布団に入り直した。
……不思議だったな。
俺は、青い光に包まれるハルモンの姿を思い出しながら、眠りについた。
目を覚ますと、朝日に照らされた金髪が目の前にあった。
(近……)
昨日治してもらった自分の腕が、ハルモンの腰に乗っている。……無意識のうち抱き寄せていたらしい。
久しぶりに側で寝たからだろうか。
何となく、体がいつもより少しだけ熱いような。
……気のせいか。
少し距離を戻そうと動くと、ハルモンが呻く。……起こしてしまった。
「ふぁ……おはよう、ライ君」
少しだけ掠れた声。
「……おはよう」
ハルモンは体を起こすと伸びをして、腕を下ろした。
髪が乱れ、ゆるい部屋着の首元から肩が覗いており、視線が止まる。
俺が黙っていると、ハルモンが口を開いた。
「……そういえばさぁ、魔物って死ぬ直前どうなるの?」
「…………は?」
「光る? 音はする? 残留物はいつ出るのかな?」
「……ちょっと待って……」
「体のどこから出てくる? 温度はどれくらい?」
「……そんなこと……戦いながら……いちいち見ていない……」
そう言いつつも、過去の魔物との戦いの記憶を辿り、何か伝えられることはないか考えてしまう。
起きがけに魔物のことを考えさせられて、俺は心の底からげんなりした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『師匠の知り合いの家』。
二人が無事に再会できてほっとできたところで、次回からは、ナギから見てこの二人の様子はどう見えるのかというところも加わっていきます。
来週月曜日の夜8時に更新予定です。
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