#7声を聞きたいだけ
部屋は静かだった。
洗濯物は床に散らばったまま。
拾わなきゃ、と思うのに、動けない。
(……君、誰?)
耳の奥で、何度も再生される。
冷たかった。
いつも聞こえていた声は、もっと柔らかかったのに。
(私が触っちゃいけなかったんだ)
わかっていたはずだ。
あれは師匠のものだ。
私はただ、隣にいるだけ。
扉の向こうから、声は聞こえない。
何を話しているのかも。
どんな顔をしているのかも。
知らないし、知れない。
胸が少しだけ痛む。
でも。
(……怒られてないといいな)
すると、肩に重み。
見ると白い生き物ーースイがいた。
「……あれ、いつの間に」
指で撫でると、静かに寄ってきた。
やがて足音が近づく。
慌てて洗濯物を拾うと、ドアが開いた。
師匠は、いつもの顔だった。
「……すみません」
先に謝る。
「……いい。触るなと言わなかった俺の落ち度だ」
怒られない。
でも。
何かが、少しだけ遠くなった気がした
……やってしまった。
僕はベッドの上に倒れながら、今のやりとりを思い出していた。
ライ君に連絡を入れたら、知らない女の子が出た。
そしたらカッとなって、つい苛立ちが声に漏れてしまった。
あんなにライ君に謝らせてしまった。
……こんなつもりじゃなかったのに。
(……なんで、あんな声出たんだろう)
知らされてなかったから驚きはしても、怒るのは違うだろう。
ライ君は僕のものじゃないんだから。
そもそも、ライ君の側に女の子がいることは、不思議じゃない。
ライ君は強いし、かっこいいし優しい。
亡くなってしまったけど、結婚予定の恋人だっていたんだ。
その穴を埋める人が現れたんだったら、むしろ喜ぶべきだろう。
そこまで考えて、僕はベッドの上で寝返りを打って横を向いた。
息を吐く。
なんだか胸が痛い。
そして、ふと先ほどの会話を思い出す。
(……でも、ライ君のこと『師匠』って言ってたような。……じゃあ、恋人というわけではない……?)
そのことにホッとしている自分に気づいて、いやでもそれは違うだろうと自分の中ですぐに否定した。
頭の中も、胸の奥も、なんだかぐちゃぐちゃだ。
(……ダメだ。ちゃんと平静を保たないと)
(……帰ってきたら適切な距離を保って、にこやかに接しよう)
僕はそんなことを考えながら、ひとりベッドの上で悶々としていた。
次の日の夜。
俺とナギは、王都へ向かう途中。
今夜は野営をしていた。
ナギとはあれから少し距離を置いており、必要なことだけ話す。
焚き火の番は俺だ。
胸元の《連結子》を、無意識に触る。
しばらく迷う。
それから――
光らせる。
少しだけ間が空き、声が聞こえた。
『……早いね』
昨日より少し柔らかい。
俺は短く答える。
「確認だ」
これは嘘だ。
確認じゃない。
声を聞きたいだけ。
『……ちゃんと食べてる?』
ナギが気づき、背中を向けたまま、
「……交代します」
と言った。
俺は首を振って、その場を立ち、少し離れたところに移動する。
「……すまん。野営中でな。……ちゃんと食べてるよ」
『よかった。……いま帰ってきてるんだって?』
「ああ。王都についたら、先に詰め所に寄ることになると思う。……戻りは遅くなるかもしれん」
『そっか。……帰り、気をつけてね』
焚き火へ戻ろうとして、ふと足を止めた。
夜空を見上げる。
雲はなく、星がよく見えた。
……明日、帰れる。
小さく息を吐くと、焚き火の方へ歩き出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『客間の前』。
かわいいハルモンが続きます。
明後日水曜日の夜8時に更新予定です。
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