#6「君、誰?」
帰還の途中立ち寄った町で、妙な噂を耳にした。
普通の動物とはどこか違う雰囲気を持つ、白い、小さな生き物の姿を見た者がいるらしい。
今のところ被害はないそうだ。
だが、この辺りは魔物の出現が増えている。
念のため、確認することにした。
目撃情報のあった付近をしばらく周囲を探ったが、それらしい気配は見つからない。
「……いませんね」
ナギが周囲を見回しながら言う。
「ああ。……戻るぞ」
そう言って踵を返しかけた、そのときだった。
「……あ」
ナギの足が止まる。
「どうした」
「……なんとなく、呼ばれた気がして」
曖昧な言葉だった。
だが、ナギは迷いなく歩き出す。
道を外れ、茂みの奥へ。
俺は一瞬だけ考え、後を追った。
草をかき分けた先に、それはいた。
白い、小さな生き物。
倒れており、ぴくりとも動かない。
「……魔物か?」
低く呟く。
だが、気配が違う。
攻撃性は感じられない。
ナギはゆっくりと膝をついた。
「……弱ってる」
「触るな」
反射的に言う。
「……大丈夫です」
そう言って、ナギは水袋を取り出した。
慎重に、その口元へ水を垂らす。
数滴。
しばらくして。
――ぴくり、と。
小さく動いた。
もう一滴。
喉がわずかに動く。
白い体が、ほんのりと青く光った気がした。
「……?」
俺は目を細める。
次の瞬間。
その生き物は、ふっと目を開けた。
その瞳は、澄んだ青色だった。
「……よかった」
ナギが小さく息を吐く。
白い生き物は、ゆっくりと体を起こす。
ふらつきながら、一歩。
そして。
サササッ、と。
ナギの腕を伝い、肩へと登った。
「えっ」
ナギが目を瞬かせる。
白い生き物は、そのまま肩の上で当たり前のように丸くなった。
「……懐いたな」
「……みたいですね」
ナギが少し困ったように笑う。
俺はしばらくそれを見ていた。
逃げる気配も、攻撃の意思もなさそうだが。
「……様子を見る」
短く言う。
「はい」
ナギは頷いた。
白い生き物は、目を細めている。
まるで、最初からそこにいるべきだったかのように。
魔法薬学室の扉が開き、魔物対策部の人間が数人入ってきた。
用件の確認を終えたあと、そのまま入口付近で雑談を始める。
その会話をなんとなく聞いていると、ライ君の話が出た。
撤退した部隊の代わりに魔物を殲滅。
また大量に残留物を提出されるだろうから、解析作業が大変だろうと。
ということは。
「ライ君、帰ってくるの!?」
「はい。依頼していた調査が終わったそうで。戻りは明日の夜か明後日になるのではと」
その言葉に、思わず笑顔になってしまう。
……気づいて、少しだけ咳払いをした。
机に戻り、ルーカスに話しかける。
「ライ君帰ってくるって。今回長かったよ〜。3ヶ月ぶりくらいかな」
「そうだな…。……死ななくてよかった」
「そりゃ死なないでしょ。ライ君強いから」
「いや、そちらではなく……はぁ。まあ、よかった。本当に」
ルーカスもホッとした様子だ。
もうすぐ会えると思ったら、無性に声が聞きたくなった。
(今日うちに帰ったら、夜に連絡してみよう。
……ちゃんと帰れるように仕事を片付けなくちゃね)
僕は緩んで解けかけた髪を解いた。
髪紐を口に咥えると、手櫛で髪を集める。
紐を手に取り、グルグル巻いて縛り直すと、ペンを取って作業を再開した。
夕方。
久しぶりに、野宿ではなく宿に泊まることになった。
部屋に入ると、簡素ながらも整えられた空間に、わずかに気が緩む。
ナギは荷を下ろしながら、小さく息を吐いた。
「……ちゃんとしたベッド、久しぶりですね」
「ああ」
短く答え、俺も装備を外す。
剣を壁に立てかけ、胸元に手を入れる。
《連結子》を取り出し、机の上に置いた。
着替えるため、外套を脱ぐ。
そのとき。
扉が、軽く叩かれる。
「……失礼します」
外から声。
俺はそのまま扉へ向かい、開ける。
宿の男が立っていた。
「すみません、ちょっと手を貸してもらえませんかね。荷が届いたんですが、運び手が足りなくて……」
「……重いのか」
「ええ、少し。すぐ終わります」
俺は一瞬だけ室内を振り返る。
ナギと視線が合う。
「……すぐ戻る」
それだけ言うと、外へ出た。
扉が閉まる。
静けさが戻る。
机の上には、《連結子》がそのまま残されていた。
視界の隅で、机の上の《連結子》が突然青く輝き出した。
私は驚いて、持っていた洗濯物を落としてしまった。
「あの人かな……師匠〜! 《連結子》が……」
師匠は戻らない。
《連結子》の表面にある紋様がゆっくりと明滅する様子は、まるで脈動のようだ。
なんとなく呼ばれているような気がして、思わず《連結子》に手を伸ばす。
手に取ると、それは少しだけ暖かかった。
『ライ君、今日聞いたんだけどーー』
「……あの、こ、こんばんは……。師匠、いま少し出かけてて……」
《連結子》の向こうで、相手が固まったのがわかる。
少々の沈黙の後、わずかに息を吐く音が聞こえた。
『………ああ。君、誰?』
その声は、すごく冷たく感じられて、いつも聞いていた柔らかい声とは全然違った。
「……あ……その……」
言葉が出てこない。
相手は無言だ。
すると、師匠が部屋に戻ってきた。
私の顔を見ると、師匠は今までに見たことない表情を浮かべた。
こちらへ駆け寄ってきて、手を差し出す。
「……俺が話す」
私が恐る恐る《連結子》を手渡すと、師匠は足早に部屋を出て行った。
部屋から出た俺は、《連結子》を手に乗せ話しかける。
「……俺だ」
返事はない。
「悪い。連れが触った。俺の管理不足だ」
『……勝手に出させないでよ』
その場は静まり返り、少し間が空いた。
『……任務は順調?』
「ハルモン、すまん。本当に悪かった。……もう二度と手元から離さない」
しばしの沈黙を挟み、そして最後に、ほんの一拍置いて。
『……無事でいて』
少しだけ息の混じった柔らかい声が聞こえ、《連結子》は静かになった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『声を聞きたいだけ』。
今回はハルモンが怖かったですね〜。次回は、最高にかわいいところが見られます。お楽しみに!
来週月曜日の夜8時に更新予定です。
よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。




