#3温度だけが残る
夕方。
僕は魔物対策部に来ていた。
机と椅子を借りて、薬瓶の中身をちびちび飲みながら、借りた書物をめくる。
魔物。
ライ君が討伐任務を請けるようになってから、
自然と気になるようになった。
王都には、基本的に出ない。
だから、実物は見たことがない。
ページをめくる。
——獣に似た姿。
——討伐後、肉体は崩壊し、塵となる。
「……形が残らないのか」
指で文字をなぞる。
魔法で生み出された存在。
なら。
(最近の増加は——)
そこまで考えて、手が止まる。
魔王。
その単語が、頭をよぎる。
(……復活?)
本を閉じる。
魔物対策部。
名前のわりに、やっていることは分業だ。
討伐は騎士団と傭兵。
解析は魔導士。
その先——原因の調査は、ほとんど進んでいない。
(……効率はいいけど、それでいいのかな)
ふと、視線が落ちる。
(ライ君と、少し話せたらいいんだけど)
最近、帰りが遅い。
気づけば、窓の外は暗くなっていた。
僕は借りていた本を戻すと、片付けて外に出た。
まっすぐ、家に帰る。
簡単な夜食が用意されていたので、自室で一人で食べた。
《連結子》を取り出す。
光る。
……返ってこない。
「……忙しいのかな」
少しだけ、間を置いてからしまった。
夜。
今日は、荒れた町の外れで野営をしていた。
崩れかけた壁を背に、焚き火は小さく抑えている。
ナギは疲れ切って、毛布に包まって眠っていた。
俺は胸の小袋から《連結子》を取り出した。
『……遅かったね』
「片付けを手伝っていた」
『そう』
紙の音はない。
今日は、机の前ではないらしい。
少しの沈黙。
『……声、少し疲れてる』
指先が止まる。
「問題ない」
『嘘』
静かな声だった。
「……町の様子が悪かった」
『うん』
少し間。
『見なくていいもの、たくさんあったでしょ』
言い当てられる。
俺は視線を落とす。
「……お前は」
『うん?』
「寝てないな」
小さく、笑う気配。
『おあいこだね』
短い沈黙。
触れない。
深く踏み込まない。
でも、温度だけが残る。
『……無理はしないで』
「お前もだ」
少し間。
『……分かってる』
光が、消える。
しばらく、そのまま手の中を見ていた。
次の日の朝。
まだ空気の冷たい時間。
簡易の拠点となった家の前で、人の動く気配が増えていた。
アルドの指示で、小隊の兵たちが住民の誘導を行っている。
俺は少し離れた場所で、《連結子》を取り出した。
「こちらライ。状況を報告する」
『聞いている』
短いやり取り。
街は壊滅。
住民は王都方面へ移送。
『受け入れ先の手配は進めている。そちらは引き続き任務を続行しろ』
「ああ」
光が消える。
《連結子》をしまい、振り返ると、ナギが子どもに水を渡していた。
「……師匠、あの人たち、大丈夫ですかね」
「王都に入れば、ひとまずは安全だ」
「そっか……」
ナギは少しだけ安心したように笑った。
そのとき。
「——行かれますの?」
その声に振り向くと、エルフィーナとアルドが少し離れた場所からこちらを見ていた。
「任務がある」
それだけ答える。
「……昨日のようなことは、これからも起こりますのね」
「……ああ」
短く返す。
視線が、わずかに揺れる。
「私、知りませんでした」
ぽつり、と落ちる声。
「守っているつもりで、何も見ていなかった」
アルドが、横で静かに目を伏せる。
エルフィーナは顔を上げた。
「……だから」
小さく息を吸う。
「この任務が終わったら、考えます。……何ができるのか。どうすれば、守れるのか」
言葉はまだ整っていない。
でも、迷いは消えていた。
俺はそれを見て、短く頷く。
「そうか」
それだけ言う。
ナギが明るく声を上げる。
「エルフィーナさんなら、きっとできます!」
エルフィーナは少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「……ありがとう」
短い沈黙。
風が、静かに通り過ぎる。
「……行くぞ、ナギ」
「はい!」
ナギは手を振る。
「また会えたらいいですね!」
エルフィーナは答えない。
ただ、まっすぐこちらを見ていた。
俺は背を向けて、もう振り返らなかった。
瓦礫だらけの町の先。
道は、まだ続いている。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『帰る場所』。
来週月曜日の夜8時に更新予定です。
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