#2残された者たち
助けた魔導士の名はエルフィーナ。
魔導士の名家・ヴァルディア家の者とのことだ。
アルドは、彼女の従者らしい。
ヴァルディア家は、この地域を治める家で、彼女は賊の討伐のため、小隊を率いて移動中とのことだ。
少し話をしたところ、行き先が同じ町だということが分かり、同行することになった。
彼女が率いる小隊と、荷車の後ろを歩く。
エルフィーナとナギを真ん中にし、半歩先をアルド、俺は周囲を見ながらいちばん後ろを歩いていた。
「さっきの雷、すごかったです!」
「当然ですわ。ヴァルディア家の術式ですもの」
「雲も操れるんですか?」
「操るというより、導くのです」
ナギとエルフィーナは、楽しそうに話をしている。
アルドは、時々こちらを見て様子を伺ってくる。
(警戒されているな…)
俺は無言で後ろを歩いた。
道の途中、不意に胸元で《連結子》がほのかに温まった。
胸元から取り出すと、エルフィーナが立ち止まり、ナギも気づく。
俺は《連結子》を手に乗せた。
『本部から伝言だ。北へ向かわせていた部隊に被害が出て、撤退することとなったそうだ。お前に残った魔物の討伐と、残留物の回収を任せたい』
「承知した」
『詳しい場所は、また追って連絡する』
それだけ言うと、《連結子》は静かになった。
「魔物討伐? ……傭兵の仕事ですのね」
エルフィーナはそう言うと、わずかに顎を上げる。
「貴族が直接手を出す領分ではありませんわ」
少しの間。
「……それにしても、ノエシス家は景気がよろしいですわね。傭兵にも《連結子》を持たせるなんて。……けれど」
エルフィーナは軽く鼻で笑う。
「ずいぶん安全な場所からのご高説ですこと」
「理論だけで敵が退くなら苦労しませんわ」
その言葉に、皆無言になった。
ナギがおずおずと口を開く。
「でも、薬とか……助かることもありますよ?」
「裏方は裏方らしくしていればよろしいのです」
俺は、一瞬だけ視線を落とした。
……否定はしない。
だが、それだけでもない。
町の入口をくぐった瞬間、空気が変わった。
風はあるのに、音がない。
家々の扉は閉ざされ、窓には布が打ち付けられている。
煙突はある。
だが、煙は上がっていない。
「……静かですね」
ナギの声が、やけに大きく響いた。
エルフィーナは辺りを見回す。
焦げ跡。
割れた樽。
倒れた荷車。
アルドは剣の柄に手をかける。
俺は、地面に残る足跡を見る。
新しく、数が多い。
「…遅かったようだな」
誰にともなく、そう言った。
その時。
建物の影、崩れかけた倉庫の裏から、かすかな物音がした。
ナギが振り向く。
「……誰かいます」
アルドが前に出る。
「出てこい」
数秒の沈黙。
やがて、板の隙間から白髪が覗いた。
「……い、行ったのか?」
震えた声。
ゆっくりと姿を現したのは、腰の曲がった老人だった。
衣服は泥と灰で汚れている。
エルフィーナが言う。
「賊は討ちましたわ」
老人は一瞬、安堵の息を吐く。
だが、その目はすぐに曇る。
「……もう、何も残っとらん」
老人は、町の奥を振り返った。
崩れた屋根。
割れた戸。
踏み荒らされた畑。
「昨日の朝じゃ」
ぽつり、と言う。
「若い衆は、ほとんど戦で取られてな。戻ってきたのは……半分もおらん」
風が、空き家の隙間を鳴らす。
「残っとるのは、年寄りと女子どもだけじゃ」
ナギが、唇を噛む。
老人は続ける。
「賊どもは、それを知っとる。守る者がおらん町を狙って来る」
視線が、地面に落ちる。
「食いもんも、薬も、持っていきよった。壊す必要もないもんまでな」
「……周囲を確認しろ。二次被害を防げ」
アルドが短く指示を出す。
「はっ」
兵たちが動く。
壊れた戸を直し、倒れた荷を運び、周囲の安全を確認していく。
ナギは、持っていた荷物の布をほどく。
「これ、少しですが……」
塩付け肉を差し出す。
老人は、戸惑いながらも受け取った。
「いいのか……?」
ナギは笑う。
「また狩りますから」
俺は何も言わなかった。
ただ、壊れた梁に手をかける。
軋む音とともに、それを持ち上げた。
その様子を見ていたエルフィーナが口を開く。
「……それでは、根本的な解決にはなりませんわ」
「でも、今日のご飯にはなります」
ナギが言う。
「……エルフィーナ様、それは、今言うべきことではありません」
アルドが嗜め、エルフィーナは口をつぐんだ。
老人は、深く頭を下げた。
「すまんのう……」
ナギは首を振る。
「怪我をしている人とか、いませんか?」
老人は一瞬迷い、それから言う。
「……おる。隣の家じゃ。倒れた梁の下敷きになってな。命はあるが、足がひどい」
「……私に繋ぎ手の素質があれば」
エルフィーナが小さく、呟く。
拳が、わずかに握られていた。
アルドは視線を落とし、何も言わない。
だが、その沈黙がすべてだった。
俺は背中の荷物を下ろし、布をほどく。
中から革の小箱を取り出す。
「……王都の魔導士が作った薬だ。良く効く」
エルフィーナの眉がわずかに動く。
隣の家の、倒れた梁の横で若い女が横になっている。
足には布が巻かれている。
ナギが優しく布を外し、軟膏を塗る。
その様子を、エルフィーナは、黙って見ていた。
ナギが言う。
「少し冷えますよ」
女が小さく息を吐く。
「……楽に、なった」
「……」
エルフィーナは何も言わず、少しだけ見つめる。
「……そういう方法も、ありますのね」
「……エルフィーナ様」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『温度だけが残る』。
明後日の夜8時に更新予定です。
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