#1雲の動かぬ日
◾️あらすじ
ハルモンの護衛・ライが魔物討伐を請け負うようになってから、およそ二年の月日が経っていた。
ライは、弟子のナギと共に各地を旅していた。
荒廃した町。
増え続ける魔物。
女神の力を巡る違和感。
任務を続ける中で、世界には少しずつ歪みが広がっていく。
一方、王都では、魔導士ハルモンが静かに彼の帰還を待っていた。
任務を受けて旅立ち、帰ってきてしばらく家で過ごした後、またいなくなる。
離れていた時間は、二人の距離を広げなかった。
むしろ、互いの存在を以前より深く生活に入り込ませ、触れないまま、その関係を変えていく。
守るために距離を選び続ける剣士と、その意味を知らないまま近づいていく魔導士。
静かな日常の裏で、世界と関係の均衡が、ゆっくり崩れ始める。
静かな森の中、近くに潜む気配を探る。
「三時の方向。二体です」
その言葉に、俺は頷いた。
「左を牽制しろ」
「はい!」
放たれた矢は、正確に左の魔物を捉え、怯ませる。
その隙に踏み込み、一閃。
音は短い。
続けて、矢に怯んだもう一体にも止めを刺す。
倒れた魔物の体が崩れ、黒い灰となって大気に散って、消えていく。
他にも魔物が潜んでいないか確認した後、剣を下ろして後ろを振り向いた。
「ナギ、残留物の回収を頼む」
「わかりました!」
報告用の紙の束を取り出す。
討伐した魔物の種類や出現場所などの情報を書き記していく。
「……そういえば師匠って、昔誰かと旅してたんですか?」
その問いに、一度手を止めた。
「……なぜ、そう思う?」
「村で助けてもらった時もそうでしたけど、味方を守り慣れてる、というか。なんとなく、そんな気がしたんですよね」
「……さあな。……集め終わったら戻るぞ」
「あ、はい!」
その日の夜。
焚き火の横で、ナギは布に包まり眠っている。
俺は、見張りのため起きていた。
胸元にしまってある《連結子》が、ほのかに温まる。
手に乗せると、表面の紋様が脈動するように煌めいた。
『……生きてる?』
「問題ない。……お前は、無理してないか」
『うん、大丈夫だよ。君がいないと、つい夜更かししちゃうけど。……その分昼まで寝てるし』
「全くお前は……早く寝ろ……」
寝ているナギが、少し身じろぎをした。
そちらに少し目を向けていると、
『……どうしたの?』
と声。
「いや、何でもない。……今日はもう休め。また連絡する」
そう言うと、《連結子》を袋にひょいと入れ、胸元に戻した。
次の日の朝、俺は煮込みの匂いで目を覚ました。
匂いの元は、焚き火に掛けられた鍋だ。
その近くでナギが、昨日狩りで得た肉を包丁で捌いている。
「あ。師匠おはようございます!」
「ああ。……今日は朝からすごいな」
「ふふっ。昨日の成果良かったですからね!食べきれない分は塩漬けにしたので、しばらく食べられますよ」
ナギが作ってくれた朝食を食べる。
いつも通りとても美味しくて、野営中の食事とは思えない。
俺は無言で食べ終えた。
「今日は移動ですか?」
「ああ。ここから二時間ほど離れたところに町がある。次の調査地は、その向こう側だ」
俺は、持っていた地図を見ながらそう伝えた。
「じゃあ、このお肉持って行ったら交換もできるかもですね。……足りなくなってきたもの、補充できるといいなぁ」
「そうだな。……片付けたらすぐ出るぞ」
「はい!」
俺とナギは野営道具を片付けると、次の町に出発した。
ナギが作った大量の塩漬け肉は、鞄に入り切らなかった。
布にくるみ、二人で分けて持つ。
「あ、師匠。その剣、鞘の留め紐緩んでますよ」
そう言われて見ると、確かに緩んでいた。
俺は無言で直す。
……よく見ている。
空を見ると、全体に厚い雲が広がっており、少し暗い。
「……なんか今日、天気が変ですね。雲は動いてるけど、あんまり風がないです」
ナギの言うとおりだった。
雲の動きのわりに風がなく、辺りに生える木々は異様に静かだ。
空気が、わずかに重い。
嵐の前のそれとも違う。
違和感を抱えつつ、二人は次の町へ向けて歩いていった。
エルフィーナは、丘の上から下の様子を見ていた。
視線の先には、武装した人間たち。
この付近の地域に被害を与えている賊だ。
エルフィーナが手を掲げると、空気が変わる。
雲が寄り、重く垂れ込める。
風は吹いていない。
「散りなさい」
次の瞬間、細い閃光が落ちる。
賊たちは武器を落とし、慌てふためいた。
そこを、下に控えていたアルバたちが剣で追い詰めていく。
地面には黒く跡が残り、焼け焦げた匂いが漂う。
エルフィーナは、最後の一人が荷車の影に消えるのを視界の端で捉えた。
(……逃げただけですわね)
俺とナギは、丘の側面にある林の縁に身を潜めていた。
「……戦ってますね」
「ああ」
丘の上には若い魔導士。
雷の魔法で賊の拠点を攻撃している。
「手伝いますか?」
俺はしばらく見て。
「不要だ」
そうは言いつつも、俺はその場から様子を見ていた。
(……危なっかしい)
若い魔導士に目を向ける。
「……高所に立ちすぎだ」
「師匠……後ろの拠点の裏……人、隠れてません?」
ナギの言葉に、俺は目を細める。
魔導士の後ろの荷車の影に、人影が見えた。
「……ああ」
ナギはこちらを伺う。
「師匠?」
「……まだだ」
俺は介入のタイミングを計る。
エルフィーナが手を掲げると、雷が落ちる。
賊は崩れる。
しかしそのタイミングで、拠点の後ろから賊が現れた。
エルフィーナが振り向く。
白い残光の向こう、短剣が迫る。
――間に合わない。
そう思った瞬間。
視界の端で、影が揺れた。
地面を蹴る音はない。
ただ、距離が消える。
金属が触れ合う乾いた音。
次の瞬間、短剣は宙を舞い、賊は地面に崩れ落ちていた。
エルフィーナの前に、無言の大男が立っている。
アルドの背後に動く影。
「右後方!」
矢が風を裂く。
賊の肩を射抜き、アルドの剣がその喉を断つ。
一瞬だけ、視線が合う。
言葉はない。
だが、十分だった。
アルドはそのまま周囲を一瞥し、最後の賊が動かないことを確認する。
剣を払い、ようやく、丘の上へ視線を向ける。
崩れ落ちた賊の体が、土埃を上げる。
雷鳴の余韻が、ようやく遠のいた。
静寂が戻る。
焦げた匂いと、薄い煙が残る中、エルフィーナはゆっくりと手を下ろした。
振り向く。
そこに立つ、名も知らぬ男。
「……無作法ですわね」
そう言いながらも、彼女の指先はわずかに震えていた。
アルドは主の前に半歩出る。
剣先をわずかに下げながら、低く言う。
「命を救われました」
エルフィーナは顎を引く。
「……分かっています。エルフィーナ・フォン・ヴァルディアですわ」
新章スタートしました。
ずっと出てきていなかった連結子、ようやく出番が回ってきました!
ライ君は、今はナギと一緒に旅をしていますが、任務が終わればちゃんとハルモンのところに帰ります。
どうか、安心して見守ってあげてくださいね。
次回、『残された者たち』
明後日の夜8時に更新予定です。
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