#24決断
※理解できない相手と、離れられない話です。
会議用の小部屋に、ライと二人で入る。
彼は机の前へ来ると、その場に無言で立った。
数秒、沈黙に包まれる。
私は、視線を上げずに口を開く。
「話は聞いているな」
「ああ」
「今回の外部調査、危険度は高い」
「承知している」
短い返答。
顔を上げて、目の前の男の顔を見る。
その瞳からは、表情が読み取れない。
……いつも通りだった。
「お前が残れば、ハルモンの護衛は万全だ」
「……」
「だが、それは王都内の話だ」
机の上の地図を指で叩く。
「外では、戦力が足りん」
無言。
「お前の実力は、ここに置いておくには不釣り合いだ」
遊ばせておくには惜しい。
先日の判断の延長だ。
「……分かっている」
ライの声は低い。
少しだけ目を細めた。
「理解しているなら良い」
少し、間が空いた。
わずかに声の調子を落として言う。
「ハルモンは止めないだろう。……だが、あいつは自分からは手放せん」
静かに、そう断定する。
「お前が決めるしかない」
部屋の空気が、重くなる。
ライは黙っている。
椅子に背を預ける。
「……誤解するな。私は感情で言っているわけではない。戦力の最適配置だ」
冷たく、そう言い放った。
「戦時下において、優秀な剣士を一人の魔導士のそばに縛りつけておくのは愚策だ」
無言。
やがて、ライが口を開く。
「……あいつは、一人でもやれる」
「当然だ」
私は即答した。
「だが、お前がいれば、あいつは弱くなる」
ライは否定しない。
……できない。
「守られることに慣れる」
「寄りかかる」
「合理的ではない」
そう、言い切った。
ライの指が、わずかに動く。
静かに続ける。
「お前が離れることで、あいつは強くなる。……そしてお前も、役目を果たす」
数秒の沈黙のあと、ライは小さく息を吐いた。
「……分かっている」
「ならば、迷うな」
最後にそれだけ言って、話は終わった。
ライが扉へ向かう。
その背中に、小さく声をかける。
「……必ず戻れ」
一瞬、ライの足が止まる。
振り返らない。
「……ああ」
短い返事がして、扉が閉まった。
一人、椅子に沈む。
眼鏡を外し、こめかみを押さえる。
「……非合理な奴らだ」
小さく呟く。
だが、その声はほんの少しだけ、苦かった。
その数日後。
俺とハルモンは、研究所の会議室に呼ばれた。
「……なんで僕まで呼ばれてるの?」
部屋に入るなり、ハルモンが小さく呟く。
「さあな」
俺はそれだけ答えた。
石壁に囲まれた空間に、数人の魔導士と騎士団関係者が集まっている。
机の上には地図と報告書。
王都近郊で確認された魔物の痕跡。
空気は重い。
「――つまり、発生源は森の北側と推測される」
魔導士が淡々と説明する。
「だが内部調査には戦力が必要だ」
騎士団の男が腕を組む。
「騎士団からは二名出せる。だが案内役がいるな」
俺はいつも通り、そこに立っていた。
ルーカスが眼鏡を押し上げる。
「適任がいる」
少し間を置いて、
「その男だ」
静かにそう指名した。
会議室の空気が、わずかに動く。
「『獣哭のカライス』であれば、単独でも対処可能だろう」
ざわり、と小さな声。
「……あの噂の?」
「魔物バル=ロスを単独で討ったという」
視線が集まるが、俺は動かない。
ハルモンだけが、少しだけ眉を寄せた。
「彼は僕の護衛だよ」
柔らかい声だが、いつもよりわずかに硬い。
ルーカスは視線を外さない。
「王都内の護衛は不要だ」
「不要かどうかは僕が決める」
「戦時下だ」
ルーカスの一言で空気が変わる。
「遊ばせておくには惜しい戦力だ」
静かな圧。
騎士団の男も頷く。
「実力が事実なら、使わないのは損失だな」
損失。
合理。
適正配置。
言葉が積み上がる。
ハルモンは黙る。
ほんの一瞬だけ。
俺は、その沈黙を聞いた。
ルーカスが続ける。
「外部調査は数週間規模になる可能性がある。王都内での護衛任務とは比較にならん」
数週間。
部屋の空気が少しだけ遠くなる。
ハルモンは、ゆっくりと息を吐いた。
「……ライ君は、どう思う?」
突然、視線が向く。
会議室の全員の前で。
俺は、少しだけ目を閉じる。
合理。
役目。
自分の価値。
そして、昨夜の温度。
すべてが一瞬で過ぎる。
……迷いは、なかった。
「……任務なら、受ける」
静かな声で、それだけ言った。
ハルモンの指先が、わずかに動いた。
だが、何も言わない。
ルーカスは短く頷く。
「決まりだな」
会議は進む。
日程。
編成。
装備。
後は淡々と決まっていく。
俺は壁際に立ったまま、
もう戻らない流れを、静かに見ていた。
研究所を出ると、王都の空はやけに高かった。
昼下がりの光の中で、人の声や馬車の音が響く。
だが、二人の間は静かだった。
いつもの距離で、並んで歩く。
肩が触れそうで、触れない。
しばらく無言が続いた。
先に口を開いたのはハルモンだった。
「……数週間、か」
軽い声。
軽く言おうとしている声だった。
「予定より長くなるかもね」
「……ああ」
俺は、それだけ言った。
ハルモンは前を向いたまま言う。
「危ない?」
「分からん」
「……そっか」
また沈黙。
足音だけが重なる。
やがて、人気の少ない通りに入る。
ハルモンが立ち止まったので、俺も止まる。
ハルモンがこちらを向き、目が合った。
「……僕の護衛、なんだけどな」
笑っている。
でも、目は笑っていない。
俺は少しだけ息を吐く。
「王都は安全だ」
「それ、ルーカスの理屈だよ」
「間違ってはいない」
「……じゃあさ」
ハルモンが、少し考えてから口を開く。
「正式に雇えばいいの?」
(……違う)
(そうじゃない)
「……お金払えば、ずっといてくれる?」
——それは、違う。
(そういうことじゃない)
(俺は——)
ハルモンの指が、外套の端をつまむ。
迷っている時の、ほんのわずかな癖だ。
「……僕は、間違ってる?」
問いではない。
確認だ。
俺は、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。
昨夜の温度が、頭をよぎる。
それでも。
「……役目がある」
それだけ言う。
ハルモンは、数秒黙った。
それから、小さく笑うと、
「そっか」
あっさり。
あまりにも、あっさりとそう言った。
「じゃあ、ちゃんと帰ってきてね」
軽い声だ。
「僕、王都から動かないから」
それは、約束ではない。
縛らない。
止めない。
ただ、そこにいると言うだけだ。
俺は、頷く。
「……ああ」
ハルモンはそれ以上何も言わない。
歩き出して、二人は並ぶ。
距離は変わらない。
だが、間にあるものは少しだけ変わった。
決まってしまった未来が、静かに横に並んでいる。
……もう、戻れない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『離れる』。
明日の午前中に更新予定です。
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