#23条件
※理解できない相手と、離れられない話です。
今日もライ君と研究所に来ていた。
ずっと作っていた新薬のレシピが完成したばかりで、今日は特にやることがない。
何か別の面白い配合を試してみようかと、個人的な研究用ノートを眺めていた。
すると、僕の机の上に大きな木箱が置かれる。
中には、薬瓶がぎっしり詰まっていた。
顔を上げると、生産部門の人間とルーカスが立っている。
「これ、何?」
「……お前を暇にすると余計なことしかしないからな。隣から仕事をもらってきた」
その言葉に、僕は少しムッとする。
「ひどいな。僕は必要なことしかしてないのに」
「その“必要”が問題なんだ」
箱の中には、大量の薬瓶と、紙のラベル、糊。
どうやら、ラベル貼りをやらされるらしい。
「……なんで僕がこれをやるの?」
「人手が足りないからだ」
「誰でもできるよね」
「だからお前にやらせている」
ルーカスは眼鏡をクイッと押し上げた。
「明日納品する分だ。今日中に終わらせろ。一日あればできるだろう」
「……今日はもう帰っていい?」
「ちゃんと働け」
ルーカスは他との会議があるらしく、そのまま部屋を出ていった。
僕はちらりと、壁際に立つライ君に目を向ける。
ライ君は僕と目が合うと、わざと視線を逸らした。
……分かっている。
魔導士なら誰でもできる作業だけど、さすがにライ君に手伝わせるのは無理だ。
仕方なく箱に手を伸ばし、作業を始める。
瓶を取り出し、ラベルを切り、糊をつけて貼る。
それを、ひたすら繰り返す。
数分後。
「……つまんない」
すでに完全に飽きて、手が止まっていた。
少し外に出ようかと考え始めた、そのとき。
「ハルモン先輩……それ、どうしたんですか?」
顔を上げると、最近配属された同じ部門の女の子が側に立っていた。
同じ部屋にいるが、話したことはない気がする。名前も覚えていない。
「……ルーカスに頼まれたんだ。明日までにやれってさ」
「ラベル貼りなんて……。ハルモン先輩みたいな優秀な方に、こんな単純作業を押し付けるなんて。ルーカス先輩は酷すぎます!」
「別にいいよ。誰でもできるし」
「そんなことありません!」
「……そう?」
「……私、手伝います! 一緒にやりましょう、先輩!」
「ほんと? 助かるよ〜。もう完全に飽きてたからさー」
女の子は椅子を持ってくると、僕のすぐ隣に座る。
二人で作業を始めた。
作業をしながら、女の子が色々と話しかけてくる。
普段何をしているのかとか、好きな食べ物とか。
……前にも似たようなことを聞かれた気がするけど、思い出せない。
適当に受け答えしながら、作業を進める。
一人で無言でやるよりは、だいぶ気が紛れた。
「……あのう。実は私、ハルモン先輩にずっとお願いしてみたかったんです」
「……お願い? なに?」
「その、占ってほしいことがあって」
「……占い? なんで?」
女の子は少しもじもじする。
「その……実は気になる人がいて……こんな私でも、望みがあるかどうかを知りたいんです」
「ふぅん。……それ、どんな人?」
「ええと……近くにいる人です……」
そう言うと、ほんの一瞬、僕に視線を向けてから、目を逸らした。
(……?)
ふと、横からも視線を感じた気がして目を向けると、ライ君と目が合った。
近くにいる人。
(なるほど。ライ君か)
ライ君はかっこいい。
この研究所にはあまりいないタイプだし、モテるのも納得だ。
「わかった」
「う、占っていただけるんですか!?」
「いや。僕は占いが好きじゃないんだ」
「え、どうしてですか?」
「予測だからね。不確定要素が多すぎる。再現性も低い」
「……?」
「……昔、僕もひととおり履修はしたよ。……当たるんだよね。意味わかんないけど」
僕は小さく息を吐いた。
「……説明できないのに当たるの、気持ち悪くない?」
「はぁ……」
「だから、占う必要はないよ。到達したい結果があるなら、そこに至る条件を特定して、再構成すればいい」
「……??」
「ちなみに、目標は?」
「目標、ですか」
「うん。その近くにいる人……対象とは、どういう状態になりたい?」
女の子は、少しだけ考えるように視線を上の方へ向けた。
「そうですね……一緒に食事とか……?」
「なるほど。なら、空腹感と情動依存あたりを操作すればいけるか……?」
「???」
「うん。面白そうだね。……善は急げだ。早速取り掛かろう。まずは、対象の観察からだ」
僕は椅子から立ち上がると、ライ君の方を向く。
だが。
「あれ?」
壁際に、ライ君がいない。
いつもあそこに立っているのに。
(……珍しいな)
少し考えてから、女の子の方を見る。
「探そうか」
そう言って、二人で部屋を出た。
俺は、廊下に出て荷運びを手伝っていた。
明日納品する薬瓶の箱。
量が多く、運ぶのも一苦労だ。
たまにこうして手伝っているが、たぶんハルモンは知らないだろう。
……さっきの様子を思い出す。
同じ部屋で作業しているハルモンの後輩の女子。
あれは、明らかにハルモンに気がある。
話の途中、ハルモンと目が合った。
話の流れ的に、なんとなく嫌な予感がする。
作業を終えて部屋に戻ろうとしたとき、廊下でハルモンたちと鉢合わせた。
「ライ君、何してたの」
「……荷物運びを手伝っていた」
少し間が空く。
「……ふーん」
ハルモンが、目を細める。
一体何を考えている。
妙な違和感が残る。
「……ねぇ、いまどのくらいお腹空いてる?」
話が、急に飛んだ。
「……は?」
少し考える。
「……少し小腹が空いた」
「小腹か。それって、数値にするとどれくらい? 一が満腹で、十が我慢できないくらい空腹だとすると、どのあたり?」
「……六?」
「なるほど」
ハルモンは、持っていた紙に何かを書き込む。
……そんなもの、測るな。
「朝食からおよそ三時間。現時点で六か。じゃあタイミングは――」
俺は、確信した。
(こいつ、何かよくないことを考えている)
部屋に戻ると、僕は早速薬の調合を始めることにした。
薬瓶がたくさん入った箱は作業の邪魔になるので、ライ君に頼んでルーカスの机に移動してもらった。
(今回はひとまず消化を促進する方向で試してみよう。……あとは、あの疲労回復薬の副作用を強めればいいか。ついでに疲れも取れるし、一石二鳥だね)
研究ノートを確認し、材料をそろえる。
そこで昼休憩の時間になった。
僕はこのまま作業を続けたかったが、ライ君に無理やり作業を中断させられ、食堂へ連れて行かれる。
適当に頼んだものを口に運びながら、隣に座るライ君の食べる物と量を確認し、ノートに記録をつけた。
「……お前はさっきから何をしているんだ」
「別に」
ライ君がため息をついたけど、気にせず思考を続けた。
食事を終え、自分の席に戻る。
作業を再開しようとしたところで、女の子がまた近づいてきた。
ルーカスの机でラベルを貼っててもらったはずだけど。
「先輩、あの、違くて……」
「何が?」
「私はその……先輩みたいな人が……」
「僕?」
一瞬だけ思考が止まる。
(……僕みたいな人? どういう意味だ?)
少し考えて、思い至った。
「ああ、比較対象ってことね」
僕はそのまま手元を見ながら続ける。
「大丈夫だよ。条件は揃ってる」
すべての材料を小さく刻み、乳鉢で細かくすりつぶした後、希釈用の溶液に入れる。
飲みやすいように少しとろみをつけ、蜂蜜で味を整えた。
最後に魔力を使って、薬の状態を安定させる。
すべての工程を終えた頃には、夕方になっていた。
僕は立ち上がると、女の子に声をかけ、完成したばかりの薬を持ってライ君の元へ向かう。
「あの、先輩……違うんです……」
後ろで女の子がまた何かを言っているが、僕は早く薬を試してみたくて仕方がなかった。
「ライ君。この子に頼まれて薬を作ってみたんだ。君の情報に合わせて作ったから、君専用だよ」
瓶の栓を開ける。
「これを飲んだ後、素直な気持ちのまま、この子に言いたいことを言えばいいからね」
ライ君に差し出す。
ライ君は無言で瓶を受け取った。
「……後ろで『違う』と言っているだろう」
ライ君はそう言うと、僕の口に瓶の飲み口を押し付けてきた。
「お前が飲め」
思わず、そのまま飲み込んでしまった。
「……うわ。これは……味を甘くしすぎたね」
「……問題はそこか? ……で、どうなったら成功なんだ」
「一緒に食事がしたいんだって」
ライ君は、何も言わなかった。
「……今日、帰りに一緒に食事に行かない?」
無意識に、そんな言葉が口から出た。
ライ君は一瞬固まった後、しばらくして深く息を吐いた。
「……それは、薬の効果か」
「さぁ」
後ろで見ていた女の子が口を開く。
「……お二人って、すごく仲がいいんですね……。なんか、ごめんなさい」
「何が?」
丁度その時、扉が開いてルーカスが部屋に入ってきた。
「ハルモン、作業は進んだか?」
「あ、忘れてた」
「……残業な」
「えーひどいよ。せっかくライ君を食事に誘ったところだったのに」
「一緒に寝てるんだろう。今更だ」
ルーカスはそう言い捨てると、ライ君に視線を向けた。
「……ライ。話がある。ちょっとついてこい」
「……?」
ルーカスとライ君が部屋を出て行こうとしたので、僕は慌てた。
「え、待ってルーカス。今ライ君を連れて行かないで!」
「……ハルモン、また妙な薬を飲んで遊んでいただろう」
「いや、人に頼まれて。あと僕が飲んだのは事故で!」
「知るか。勝手に苦しんでいろ。……ライ、こちらだ」
ライ君はルーカスと一緒に部屋を出て行ってしまった。
空腹感と、ライ君と引き離された寂しさだけが残る。
想定通りの効果。薬は成功したみたい。
――ただ一つ、想定外があるとすれば。
「……お腹すいたな」
ぽつりと呟いて、僕は扉の方を見る。
(早く戻ってこないかな)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『決断』。
来週の月曜午前中に更新予定です。
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