#22観察
※理解できない相手と、離れられない話です。
先ほどの川沿いに戻る。
昼も過ぎていたので、川沿いの食堂で昼食をとることにした。
木造の建物で、開けた窓から風が入り、外の景色もよく見える。
外の音はそのまま流れ込んでくるが、店内は落ち着いていた。
テーブルに斜めに座る。
注文を済ませ、料理を待つ。
ハルモンは、窓の外を見ていた。
さっき結んだ髪が、風でわずかに揺れる。
「今、見てるよ」
……確信めいた声だった。
「……?」
こちらを向く。
「見てたでしょ」
「何が」
「今日はね、『相手の視線が自分に向いている時間だけ分かる薬』を試してたんだ。……今が、今日で一番長かった」
どこか満足げに言う。
何のためにそんなものを作ったのかは分からないし、知ろうとも思わない。
「……言うな」
それだけ返した。
料理が運ばれてくる。
ハルモンはスープとパン。
俺は別のスープとパンに、肉料理を追加した。
食べていると、目の前に食べかけの皿が差し出される。
「これも食べる?」
「……自分で食べろ」
「ちょっと量が多いんだよね」
俺は、無言で受け取った。
食後、腹ごなしに川沿いを散歩することにした。
川の音が、静かに流れている。
太陽は少しずつ傾き始めていた。
人の姿も、まばらだ。
二人で、並んで歩く。
買い物袋は俺が持っている。
ハルモンは川や街の景色を、気ままに眺めていた。
ふとした段差で、ハルモンが足を踏み外しかける。
とっさに手首を掴んだ。
「おっと」
体勢が戻る。
「ありがとう」
何でもないように言う。
本当に、何でもない顔だった。
だが、俺は一瞬だけ手を離すのが遅れた。
細い手首。
思っていたよりも、温かい。
その感触に気づいた瞬間、心臓が強く鳴る。
掴んでいた手を離す。
……離す理由が、一瞬だけ分からなかった。
「……足元見ろ」
少しだけ、ぶっきらぼうになる。
自分でも、少し様子がおかしいと分かる。
さっきの感触が妙に残っていて、歩幅がわずかに乱れた。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
しばらく歩くうちに、ようやく落ち着いてきた。
再び、並んで歩く。
「王都、好き?」
「……分からん」
そのまま、いつもの帰り道へ入る。
横に並んだまま、家までの道を歩いた。
屋敷に着くと、女中に出迎えられる。
「まぁ、ライ様! 素敵なお召し物ですね」
「……」
(気まずい)
横で、ハルモンが笑っていた。
後日、仕立てを頼んでいた服が届いた。
体に合っていて、動きやすい。
気づけば、そればかり選ぶようになっていた。
……まあいいか。
ハルモンが選んでくれたものだし。
***
ある日の朝。
朝食を終えて部屋に戻ると、床に、紙やノートが散らばっていた。
ハルモンが机に積んでいたものが崩れたらしい。
一冊、足元に落ちていたので拾う。
何気なく開いて——手が止まった。
そこに並んでいたのは、見慣れた単語だった。
「……」
ページをめくる。
日付。時間。状況。反応。すべて、細かく書かれている。
——全部、俺だ。
……ずっと、見られていた。
「……何をしている」
声が出ていた。
ハルモンが振り向く。
「ん? ああ、それ」
軽い。
「記録だよ」
「……記録」
「うん。変化が分かると面白いからね」
面白い。そう言った。
俺はもう一度、手元を見る。
そこには、俺の行動も、反応も、細かく、残っていた。
——見られていた。
いや、もっと正確に言えば。
「……観察されていた、のか」
ハルモンは首を傾げる。
「そうだけど?」
悪びれることもなくそのまま近づいてきて、ノートを覗き込む。
「ああ、そこ面白いんだよね」
指が、紙の上をなぞる。
俺の記録を、指でなぞる。
「この時さ、いつもより反応が少し早くなってて——」
「……やめろ」
思わず、ノートを閉じた。
ハルモンが少し驚いた顔をする。
「なんで?」
「……気分が悪い」
正直に言った。
少しだけ、間が空いた。
ハルモンは俺を見て、
「ふぅん」
とだけ言った。
それから、
「でもさ」
軽く、首を傾げる。
「君、けっこう面白いんだよね」
少しだけ、考えてから。
「だから好き」
——そう言って、笑った。
(……気分が悪い)
そう思ったはずなのに。
『好き』
その一言だけが、やけに残った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『条件』。
ハルモン視点が中心の話になります。
明日の午前中に更新予定です。
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