#20似合う
※理解できない相手と、離れられない話です。
そのまま仕立て屋に連れてこられた。
自分のものを買うつもりなんてなかったのに。
扉を開けると、布の匂いがふわりと鼻をかすめた。
店内には色とりどりの布地が並び、壁には仕立てられた衣服が整然と掛けられている。
柔らかな光が差し込み、空間全体がどこか落ち着いていた。
「いらっしゃいませ」
奥から店主が顔を出す。
一瞬だけこちらを見て、わずかに目を細める。
それから自然にハルモンへ視線を移した。
「今日は、何をお探しでしょうか?」
「この人の服を、何着か見繕いたくて」
(……俺の意思はどこにある)
店主はこちらに近づいてくると、俺を見て目を丸くした。
「……ずいぶんしっかりした体格をされていますね」
「着られそうなのあるかなぁ。ないようなら、仕立ててもらいたいです」
「かしこまりました。……少しお待ちいただけますか」
「はーい」
店主が奥へと引っ込むと、ハルモンは壁に掛けられた衣服へと手を伸ばした。
布地を指先でなぞりながら、一つひとつ確かめるように見ている。
俺は、その少し後ろで立ち尽くしていた。
(……場違いだな)
ほどなくして店主が戻ってくる。
腕には、いくつかの衣服が抱えられていた。
「このあたりでしたら、着られるかもしれません」
ハルモンはそれらを受け取ると、一着手に取ってこちらへ向き直る。
そのまま、当然のように体へ当ててきた。
「これとか、似合いそうかも」
真剣な表情で、じっと見てくる。
「でも、少し動きづらいかなぁ」
「お仕事は?」と店主が尋ねる。
「僕の護衛。剣士なんだよね」
「なるほど……でしたら、仕立てた方がよろしいかもしれません。採寸もいたしましょうか」
「お願い」
そのまま流れるように採寸が始まる。
腕を広げさせられ、肩幅や腕の長さを測られる。
(……だから、俺の意思はどこにある)
「良さそうな布をいくつかお持ちします。お待ちの間、試着もされますか?」
「そうだね。……ライ君、こっち」
服を押しつけられ、そのまま試着スペースへ押し込まれた。
着替えを済ませ、カーテンを開ける。
店の中央にある鏡が目に入った。
そこに映っていたのは――
「……誰だこれ」
見慣れているはずの自分なのに、どこか別人のように見えた。
そのまま、横を見る。
ハルモンは腕を組み、じっとこちらを見ていた。
そして、小さく頷く。
「似合うんじゃない?」
軽い調子で言う。
それから、こちらへ歩み寄り――
肩に手をかけた。
布の張り具合を確かめるように、指先がわずかに動く。
「この辺、もう少し余裕あってもいいかも」
背後に回り、肩や腕まわりを確かめていく。
距離が近い。
……落ち着かない。
「……今日これ着て帰りなよ」
何でもないことのように言われた。
店主が、布をいくつか抱えて戻ってきた。
その視線が、こちらに向けられる。
今の俺の姿を、一度しっかりと見て――
口を開いた。
「よくお似合いですよ」
しみじみとした声だった。
「……まるで最初からその装いだったかのようですね」
「うん。すごいしっくりくる」
隣で、ハルモンが頷く。
「もともとかっこよかったけどね」
(……やめろ)
何も言わずに視線を逸らす。
(そういうこと、言うな)
「では、こちらの布も合わせてみましょうか」
今度は、いくつかの布地を肩や腕に当てられる。
色味、質感、動きやすさ。
次々と試され、勝手に選ばれていく。
「これと、これ。あとこのあたりで」
「かしこまりました」
(……決まったらしい)
「自分で払う」
ようやく口を挟む。
だが、ハルモンはあっさりと言った。
「いいよ。僕が選んだんだから僕が払う」
「いや、そういう問題じゃ――」
「大丈夫大丈夫」
まるで話を聞いていない。
そのまま、会計は済まされた。
「いい主にお仕えで、羨ましい限りですね」
(違う)
「そうかな?」
さっきまで試着していた服のまま、店を出た。
(……結局、買わされたのか)
違和感が残るはずなのに、妙にしっくりくる。
隣を見ると、ハルモンが満足そうな顔で歩いていた。
「やっぱり似合ってるね」
「……そうか」
短く返す。
それ以上は、何も言えなかった。
……言う必要も、なかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『選ぶ』。
引き続きデート回になります。
明日の午前中に更新予定です。
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