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【短編】条件は確定した

ライは笑わない。

では、どうすれば笑うのか。

その条件を特定するため、検証が行われた。

仮説を立て、再現し、観測する。

なお、この検証は真面目に行われている。


※本編とは独立した、ちょっとした検証記録です。

机の上に、また蜘蛛がいた。


ルーカスが固まる。


僕は、蜘蛛の糸をつまんでひょいと持ち上げた。


「やっぱり嫌いなんでしょ」


「嫌いなのではない。合理的ではないだけだ」


ルーカスはいつもそう言うけど、距離を取りながら言う時点で、説得力はない。


ふと視線を上げると、壁際のライ君が、ほんの少しだけ笑っていた。


(……あれ)


僕といるときに、あんな顔は見たことがない。


(なんでルーカス?)


なんとなく、気に入らない。




外に蜘蛛を逃がしながら考える。


(……今、何に反応した?)


(条件は?  再現できる?)




――もしかして、蜘蛛?
















その日から、検証が始まった。


仮説を立てて、検証を進める。


蜘蛛を見せると、ルーカスは本気で嫌がった。


面白いくらいに反応がある。


でも、ライ君は笑わない。


(違う?)














今度は、図鑑を持ってきた。


「蜘蛛だけとは限らないよね」


ページをめくる。


「節足動物全般で反応がある可能性が――」


「やめろ」


「これはどう?」


「増やすな!!」


ライ君が呆れたように息を吐く。


その口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


(あ)


また笑ってる。


「やっぱり生物種による差が――」


「違う」


「……ていうかこれ、薬に使えるんじゃない?」















そう思ったら、調べずにはいられない。


書庫の書物を漁り、ついにそれを見つけた。


「……やっぱり。虫は薬の材料として実在する」


「効果も確認されている」


「なら、応用も可能なんじゃないか?」


「薬効があるなら、反応にも影響する可能性がある」
















"薬に使えるんじゃない?"


そう言って部屋を出て行ったハルモンは、しばらく姿を見せていない。


俺は手前の者たちの手伝いをした後、いつもの壁際に立っていた。




「……弱みを握ったとでも思っているんだろう」


椅子を大きく後ろに引いたまま、ルーカスがそう口にした。


別に、そんなことは思っていない。


ただ、お堅いようで人間らしいところもある、と思っただけだ。


……口にはしない。








しばらく席を外していたハルモンが、部屋に戻ってきた。


何やら古い書物や資料を手にしている。


それを、机に向かうルーカスに差し出した。


「ルーカス、虫は薬として利用されている。つまり、生理的影響を与える可能性がある」


「やめろ!それをこっちに持ってくるな」


嫌がるルーカスを見て、ハルモンは少しだけ目を細めた。


「……へぇ。嫌いなの実物だけじゃないんだ。絵だから動かないのに。不思議だね」


ルーカスは黙った。


しばらくして、顔を背けたまま弱々しく口を開く。


「……ハルモン。……それを閉じろ」


(もう無理)


ふ、と笑いが漏れる。


堪えきれず、俺は完全に笑ってしまった。














ライ君が、また笑った。


しかもちょっと声が出てた。


なんでだろう。


やっぱり、蜘蛛が条件なんだろうか?


そこまで考えて、ふと閃いた。


数も、関係あるかもしれない。












外に出て、まとめて捕まえてくる。


捕まえた蜘蛛を、瓶に詰めて持ち帰る。


それを見て、またライ君が笑った。


(……あ)


その笑顔に、なぜか無性に目が行ってしまい離せない。


(……なんでだろう)


だけど。


「……やっぱり蜘蛛か」


僕がそう言うと、ライ君は堪えきれないように吹き出した。


「違う……いや、違わないか……?」


「え、どっち?」


「どっちというか……お前」


「……? いや蜘蛛でしょ?」


「……ふ……そうなんじゃないか。……たぶんな」


そのとき、ルーカスが部屋に戻ってきた。


僕の持つ瓶を見ると、固まった。


その様子を見ていたライ君が、口を開く。


「……ハルモン」


「ん?」


「蜘蛛はもうやめてやれ」


少しだけ考える。


「……そうだね。条件はもう確定したし」


短い沈黙。


「……ああ」


そう言うライ君は、ほんの少しだけ笑っていた。




***




数日後。


「ルーカス、新しい薬が完成したよ」


「……何だ?」


「『元気が出る薬』。節足動物由来の成分を応用してみたんだ」


「……飲んだのか」


「もちろん。神経反応の安定化と、身体機能の向上が確認できたよ」


ルーカスは、露骨に嫌そうな顔をした。


だが、ハルモンは気にした様子もなく話し続ける。


「虚弱な人にはいいと思うんだよね。でも、もともと元気な人は、ちょっと元気になりすぎるかも」


「……どういうことだ?」


「活力が増すんだ。つまり、精力剤だね」


無言。


「………破棄しろ」


「なんで?」


「……節足動物を使った薬など……合理的ではない……」


「でも、虚弱な人には有効だよ?」


「……………」


俺は口元を押さえ、わずかに視線を逸らした。


それでも、笑いは隠しきれていなかった。










その薬は、思いのほか評価が高く、


貴族の間でそれなりに売れた。


用途については、あえて深く考えないことにした。






















読んでいただきありがとうございます。


本編とは独立した小話でした。


次回は本編へ戻ります。

『触れる理由』。

来週月曜日の午前中に更新予定です。


よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。

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