#18違和
※理解できない相手と、離れられない話です。
研究所に到着した俺とハルモンは、いつも通り魔法薬学室を訪れた。
ハルモンとルーカス、そして他の魔導士たちが、薬を調合したり、書き物をしたり、薬についての議論を繰り広げている。
部屋の奥では、紙をめくる音とガラスの触れ合う音だけが静かに響く。
だが、扉に近い手前側では、違う空気が流れている。
「まだ足りないのか!?」
「この配合、安定しません!」
慌ただしく行き交う人影と、積み上がった薬瓶。
同じ部屋とは思えないほど、空気が分かれていた。
俺は今日も壁際に立ち、石壁の高い天井をなんとなく見ていた。
そのとき。
するり、と細い影が糸を伝って降りてくる。
ちょうど、ルーカスの机の端へ。
小さな、黒い蜘蛛だ。
ルーカスの視線が止まり、ピタリと動かなくなった。
「……」
一秒。
二秒。
三秒。
蜘蛛がゆっくり歩く。
ルーカスの指先が、ほんのわずかに硬直する。
「……ハルモン」
声が低い。
「それを」
一度、間を置いて、
「どけろ」
固い声でそう言った。
ハルモンが視線を追う。
「あ、蜘蛛」
さらっと言う。
指で糸をつまみ、ひょい、と持ち上げる。
蜘蛛は宙でぶら下がった。
「外に出しとくね」
ルーカスは椅子を大きく引き、蜘蛛をぶら下げたハルモンから距離を取る。
俺は壁際で腕を組み、何も言わずにいたが、ほんの少しだけ、口元が緩んでしまった。
すると、ルーカスと目が合う。
俺は無表情を貫いた。
数秒、無言の視線が交わる。
「……窓を開けろ」
冷静を装った声で、ルーカスが言った。
ハルモンは窓を開け、蜘蛛を外へ逃がす。
ぱたん、と窓を閉めた。
「ルーカスって、本当に蜘蛛が嫌いだよね」
「嫌いではない」
ルーカスは即否定した。
少し間を置いて、こう続ける。
「合理的でないだけだ」
俺は、心の中で小さく笑った。
ハルモンは首を傾げる。
「合理的な蜘蛛ってなに?」
その言葉に、ルーカスは沈黙した。
こうして魔法薬学室に、静かな敗北が落ちたのだった。
誰も、それ以上は触れなかった。
その日の夕方。
研究所からの帰り道。
俺はいつものように、半歩先を行くハルモンの背中を見ながら歩いていた。
すると、急にハルモンが立ち止まり、こちらを見てきた。
俺も立ち止まる。
「ライ君。明日は研究所、休みだから」
「そうなのか」
「うん。だから買い物に行こうと思って。薬瓶とか薬の材料とか。買い足したいんだよね」
そう言うと、また歩き出す。
俺は、ハルモンの隣についた。
少し間を置いて、
「……俺も行く」
「ほんと? あ、何か買いたいものあるの?」
「いや、護衛。あと、荷物持つ。……重いだろ」
「あはは、相変わらず過保護だなー。でもありがと! じゃあ一緒に行こ」
王都の中心の通りにさしかかる。
今日も買い物客や、帰路に着く人々で賑わっている。
「あそこ、最近新しい店が入ったみたいだね」
「……何の店だ?」
「たぶん、砂糖菓子かな。明日行ってみる?」
「……甘いのはあまり食わない」
「じゃあつまんない?」
「いや。お前が見るなら付き合う」
ハルモンは、少しだけ笑った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『触れる理由』。
デート回です。付き合ってはいませんが。
……と言いたいところですが!
デート回へ進む前に、一旦ハルモン視点メインの短編を挟みます。
『条件は確定した』。
いつも通り、明日の午前中に更新予定です。
よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。




