#13朝の距離
※理解できない相手と、離れられない話です。
次の日の朝。
ミアが廊下を歩いていると、二階の扉が静かに開く音がした。
(あ)
先に出てきたのはライ様。
いつも通り無言。
でも――
少しだけ、寝起きの顔が柔らかい。
ミアは一瞬だけ目を見開く。
その後ろから、ハルモン様が出てくる。
髪が少しだけ乱れている。
「おはよ、ミア」
「おはようございます!」
視線が自然と二人の間を行き来する。
距離が近い。
いや、近いというより――
慣れている。
ライ様が、何も言わずにハルモン様の髪に触れる。
「跳ねてる」
短く言って、軽く整える。
「ありがと」
そのやり取りが、あまりに自然で。
ミアは、心の中で正座した。
(えっ……)
(えっ……!?)
だが、顔は完璧に保つ。
「朝食のご用意ができております」
「うん」
食堂へ向かう二人。
並び固定。
席も固定。
今日もライ様が椅子を引き、ハルモン様が当然のように座る。
ミアは確信した。
(これ、もう固定だ)
パンを配りながら、ふと思う。
(客間、今日もいらないですね……)
でも言わない。
絶対言わない。
ただ、心の中では花火三連発だ。
俺は今日もハルモンに付き添い、研究所を訪れていた。
しばらくは昨日と同じ部屋で作業をしていたが、途中、ルーカスとハルモンの二人で何やら話をすることになったらしい。
部屋を移動し、大きなテーブルの置かれた小部屋に三人で来ていた。
俺は、いつもと同じように壁際に立った。
「……来週の実習だが」
ルーカスが紙をめくる。
「今年は人数が多い。薬学、理論からも来る」
「へー」
ハルモンは、興味なさそうに自分の髪の毛をいじっている。
「……お前はどうする」
「なにが?」
「指導だ」
「んー、まぁ気が向いたら出よっかな」
「全く……。一応、うちの室で一番実績を出しているのはお前なんだぞ。学生たちも皆知っている。……頼むから、もう少し自覚を持て」
視線が、ふと俺に向く。
「……今日も連れてきているのか」
「うん?」
「その剣士だ」
ハルモンは首を傾げる。
「護衛だよ」
「王都内で必要ないと言ったはずだ」
「僕が必要なんだよ」
ハルモンはさらりと言う。
ルーカスの眉がわずかに動く。
「……理解できん」
「なにが?」
ルーカスが一歩近づき、わずかに声を落とす。
「……なぜ、飼われている?」
空気が止まる。
ハルモンは瞬きをした。
「……その男について調べさせてもらった。『獣哭のカライス』だ。そうだろう?」
俺は、何も言わずに黙った。
「そのような実力を持ちながら、何故飼われるのか。……俺には理解できん。」
「飼ってないって。……そういえば、『獣哭の』って何? ルーカス、何調べたの?」
「知らずに飼っていたのか……。その男は騎士でありながら、大型で四足の、『バル=ロス』という魔物を単独で討伐した逸脱者だ」
「ええ!? そうだったんだ! ……でもそっか。それで、あれだけ街で話題になっていたんだね」
ハルモンは納得したように頷いた。
ルーカスは小さく息を吐く。
「遊ばせておくには惜しいな。……魔物対策部に紹介するのはどうだ? 外での調査が必要な際に適任だろう」
「ちょっと、勝手に決めないでよ」
「だが、それが戦力の適性配置だ」
「僕の護衛だよ?」
「護衛として置くには過剰な実力だ」
俺は壁際に立ったまま、自分の使い方についての話を、黙って聞いていた。
("飼われてる"か……)
(……否定はしない)
(否定できない)
ルーカスの言葉に、ハルモンは少し考え込む。
「うーん……過剰かなあ」
顎に指を当てる。
それから、ふと顔を上げる。
「でもさ、夜も一緒にいるし」
空気が止まり、ルーカスは絶句した。
「……何だと?」
「一緒に寝てるよ?」
ハルモンは無邪気にそう言うと、さらに説明するみたいに続ける。
「旅のときからずっとだし、王都でもそのまま。落ち着くんだよね」
沈黙が訪れた。
ルーカスの眼鏡がわずかに光る。
「……意味が分からん」
「え?」
「護衛と寝食を共にする必要はない」
「え、でも客間寒いし」
「そういう問題ではない」
ルーカスがゆっくりとこちらを見る。
視線が刺さる。
「……事実か」
壁際の俺に向けて、そう尋ねた。
数秒、間が空いた。
俺は、わずかに視線を逸らし、
「……否定はしない」
短く、そう言った。
ルーカスは、固まって動かなくなった。
しばらくすると、ルーカスは眼鏡を外して、こめかみを押さえる。
「……非合理にも程がある」
ハルモンは首を傾げると、
「合理で寝てないからね」
さらりと、そう言った。
部屋の空気が凍る。
ルーカスは数秒沈黙した後、眼鏡を掛け直す。
「……仕事に戻るぞ」
それ以上、この話題には触れなかった。
帰り道。
「……来週、実習だと話していたな」
「うん、話したね」
「……教える気はあるのか」
「あるよ? 一応。仕事だもんね」
一拍置いて、前を向いたまま。
「まぁ、分かる人だけ分かればいいし」
(……本当に教える気があるのか)
昨日から様子を見ていて、学生たちは、ハルモンに期待しているように見える。
少し、気の毒だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『揺れる』。
実習回。
明日の午前中に更新予定です。
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