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#12視線

※理解できない相手と、離れられない話です。


壁際に立っていると、続々と魔導士たちが部屋に入ってきた。


性別は男女どちらも同じくらいの人数だが、年齢は若い人が多い印象だ。


そして、壁際に立つ俺に気づくと、チラチラとこちらに視線を向けてきた。


俺は視線を逸らし黙っていたが、女性の魔導士数人が近くに来て、話しかけてきた。


「あのう……。新しく配属された方、ではないですよね」


「……ああ。ハルモンの護衛をしている」


「えっ!? それ本当ですか?」


俺は、小さく頷いた。


すると、女性たちはなんだか嬉しそうな顔をした。


「そうなんだ…! あの、ハルモン先輩って、普段どんなかんじなんですか?」


「…………どんな、とは」


「その……趣味とか好きな食べ物とか……知りませんか……?」


「…………」


そう言われてみると、まだよく知らないことに気づく。


俺が黙っていると、女性が一人、少し声を落とした。


「……どうやって、近づいたんですか?」


「……?」


「ハルモン先輩って、あんまり人と関わらないじゃないですか」


その視線は、興味というより、執着に近かった。


もう一人が、こくりと頷く。


「紹介とか……やっぱり、そういうのがあるんですか?」


「……いや、単に知り合いで……」


女性たちは、顔を見合わせる。


その目は、どこか真剣だった。


もう一人の女性が口を開く。


「護衛さんのお名前は?」


「……ライ」


「ライさんですね! ……あの、よかったらお昼ご一緒しませんか? ちょっと、お話ししてみたいなって」


俺は返答に困り、ハルモンに視線を向ける。


ハルモンは書類に目を通しながら、


「あんまり困らせないでねー」


とだけ言った。








結局、俺はすべての会話を「自分はハルモンの護衛である」ということを盾にやり過ごした。


ようやく周りにいた魔導士たちが仕事に戻っていき、ほっと胸を撫で下ろす。


しばらく、部屋で魔導士たちが作業を進める様子を眺める。


部屋の奥では、数人が静かに作業をしている。


紙をめくる音と、ガラスの触れ合う微かな音だけが響いていた。


だが——


扉に近い手前側では、全く別の空気が流れている。


「まだ足りないのか!?」


「この配合、全然安定しません!」


「次の納品、間に合うのか!?」


慌ただしく行き交う人影。


机の上には、使いかけの薬品と書き散らされた紙。


同じ部屋とは思えないほど、空気が違っていた。








廊下から足音が聞こえてきて、扉が開いた。


席を外していたルーカスだった。


ルーカスは、薬を作っているハルモンの側についた。


「……ハルモン。先ほどの新しい配合の件だが」


「おっ! もう試してきたの?」


「生産側の連中にちょうど志願者がいたからな」


「そっか。よく効いたでしょ?」


「確かに、効き目はな。……だが、『近くにいると無性に安心して眠くなった』そうだ。……お前のこの、薬に精神的な効果を付与する癖はなんとかならんのか?」


「癖っていうか、必要だからやっているだけだよ」


「なぜ必要と言える。身体に効かせるだけでいいだろう」


「身体は精神と連動してるから、そっちにも作用させた方が効率がいいんだよ」


「だが、『近くにいると安心して眠くなる』なら、離れると不安で寝られないのではないか?」


「それはそうなんだけど。あの時はみんな並んで寝てたから。実際、効果は出ているし、問題なかったよ?」


「それは、お前が問題としていないだけだ」


俺は二人の話を聞きながら、ハルモンと二人で旅をしていた時の出来事を思い出し、つい息が漏れた。








夕方。


研究所を出ると、王都はまだ賑わっていた。


ハルモンは伸びをしながら言う。


「疲れたー。やっぱり移動明けは頭が回らないなぁ」


「休んでなかっただろ」


「そうだよ。だって、ルーカスが全然休ませてくれなかったから」


他愛ない会話をしながら並んで歩いていく。








家に着くと、ミアが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ!」


ぱっと顔を上げる。


そして一瞬だけ、俺とハルモンを交互に見た。


「今日は早いですね!」


「うん、今日は切り上げたよ」


ハルモンは外套を脱ぎながら言う。


俺は無言で外套を受け取ると、衣装掛けに掛けた。


ミアの視線がまた止まる。




「お茶、淹れましょうか?」


「お願い」


ミアは一礼すると、厨房に向かっていった。








ミアは厨房へ向かいながら、内心きゃっきゃしていた。


(帰ってきた瞬間、並んでる……)


(護衛って、もっと後ろにいるものじゃ……?)




ミアはお茶を用意すると、ハルモン様の自室に運び、テーブルに置いた。


ライ様が先にカップを取って、ハルモン様に渡す。


「……熱いぞ」


「ありがと」


自然。


呼吸みたいに自然。


ミアは、心の中で完全に確信した。


(客間……今日も使わないやつだ)


でも、顔は真面目を保つ。


「夕食はどうなさいますか?」


「軽めでいいよ」


「かしこまりました」


一礼して下がる。


廊下に出た瞬間、小さく跳ねる。


(ああああ……)


でも声は出さない。


この屋敷は静かだ。


でも、ミアの心の中では、今日も花火が上がっていた。


















その日の夜。


夕食の後、ハルモンは机に向かうと、本を読み始めた。


俺は、その後ろ姿を見ながらしばらく迷っていたが、思いきって声をかけた。


「………ハルモン」


「……ん? どうかした?」


ハルモンがこちらを振り向き、眼鏡越しに視線が合う。


青い瞳の端にランプの光が移り、煌めいている。


俺はすぐに視線を逸らした。


「その……少し気になったんだが」


「うん」


「………好きなものとか、あるのか」


ハルモンは一瞬きょとんとしたが、すぐに「ああ!」と、分かったような顔をする。


「そういえば今日、昼間に話してたもんね。趣味と、あと食べ物だっけ?」


俺が頷くと、ハルモンは少し考える。


「趣味は読書と薬作りかなぁ。あと自分で飲むのも好き。面白いんだよね」


……それは、言われる前からなんとなく予想がついていた。


俺が頷くと、ハルモンはさらに続ける。


「食べ物は、スープが好きだよ。あったかいやつ。あとは甘い物かな」


そう言うと、ハルモンはこちらを見た。


「…で、ライ君は?」


「…………何が」


「僕にも教えてよ、ライ君が好きな食べ物。……君が僕の家でも、好きなものを食べられるようにしたいんだ」


そう言って、少しだけ微笑む。


俺は、少し言葉に詰まった。


「……そこまで、しなくていい」


「遠慮しないで。僕が、そうしたいだけなんだからさ」


「…………そうか」


俺が自分の話を始めると、ハルモンは熱心に聞いてくれた。








「……もうこんな時間だ。今日はそろそろ寝よっか」


そう言うと、ハルモンは机に置かれたランプを手に取り、ベッドへ向かった。


俺も後から続く。


ランプをベッドの横に置いて、一緒にベッドに入る。


明かりを落とすと、王都の夜の静けさが広がった。


旅の夜よりも、音がない。


そのせいで、距離がやけに近く感じる。


ハルモンが布団の中でもぞりと動く。


「……王都の夜って、静かだよね」


「ああ」


「しばらく離れてたからかな。……実は、ちょっと落ち着かない」


冗談みたいな口調だが、少しだけ本音が混ざっているように聞こえた。


俺は目を閉じたまま答える。


「……そのうち慣れる」


「うん。……でも」


少し間を置いて、布団の上で、指先が動く。


触れないけど、触れそうな距離。


「君がいると、早いかも」


心臓が一拍ずれる。


「……勝手に決めるな」


「だって事実だし」


ハルモンは小さく笑う。


そのまま少し近づいて、肩が触れる。


旅の夜と違って、理由はない。


寒くもない。


雨も降っていない。


ただ、触れる。


俺は少しだけ息を吐いて、


「……無理はするな」


と言う。


何を、とは言わなかった。


ハルモンは一瞬黙ってから、


「してないよ」


と小さく答えた。


それから、そっと手の甲が触れる。


絡まない。


重ねるだけ。


「……いるよ」


今度は、俺が言う。


隣で、ほんの少しだけ笑う気配。


「知ってる」


そのまま、二人は眠りに落ちる。


触れた手は、そのまま。


夜は静かで。


でも、二人の間だけが、少しだけ温かかった。


















ここまで読んでいただきありがとうございます。


この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。


次回、『朝の距離』。

観察力の鋭い女中ミアは、二人の関係の進展を敏感に察知します。


明日の午前中に更新予定です。


よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。

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