関係のない話
騎士カライスの過去は、
“守る”という選択の積み重ねだった。
だがその選択は、
必ずしもすべてを救うものではなかった。
失ったものと引き換えに得た在り方は、
やがて現在の彼の行動へと繋がっていく。
それは、ひとつの関係を成立させるための、
歪んだ前提でもあった――。
街の北側の森からは、頻繁に魔物が現れていた。
被害は小さくない。
家畜が荒らされ、人が消えることもあった。
俺の父も、その一人だ。
子供の頃、魔物の被害に遭い、そのまま帰らなかった。
そのことがあって、この街では「繋ぎ手様」による礼拝儀式が定期的に行われるようになった。
祈りによって、被害は減ったと皆は言う。
エルナも、その祈りを信じていた。
儀式の日には、必ず参加していた。
だが、俺は違った。
無駄な手順は、最初から省くべきだ。
祈るよりも、剣の方が直接守る力になる。
そう思った。
だから俺は、騎士になった。
同じ年に騎士となった者の中でも、
俺と、もう一人の同僚は、特に才能があると評価されていた。
森に入った者から、断片的な報告が上がり始めた。
「見た」という声だけが残る。
だが、その先の話が続かない。
巨大な四つ足の魔物。
尋常ではない気配。
それだけが、共通していた。
騎士団は警戒を強め、街には外出を控えるよう通達が出される。
やがて、噂が形を持つ。
「見た者は戻らない」
いつの間にか、そう語られるようになっていた。
誰かが名付けたわけではない。
だが、人々はそれをこう呼び始める。
――「戻らぬ森の主」と。
「伝令!」
見張りを務めていた騎士が、扉を叩き開けるようにして飛び込んできた。
「街近くの旧街道にて、巨大な魔物が出現!前衛部隊は壊滅、現在も交戦中!応援を要請しています!」
室内の空気が一瞬で変わる。
ざわめき。
椅子が引かれる音。
誰かが舌打ちした。
ぽつぽつと報告の上がっていた魔物。
その存在が、ついに現実になった。
――バル=ロス。
「マレディア港湾騎士団、出動する」
短い号令。
状況の整理が始まる。
被害の規模、敵の特徴、残存戦力。
緊張が、場を支配していく。
俺は、壁際に立ったまま動かない。
交わされる情報を、ただ拾い上げる。
巨大な四足。
異常な気配。
接近した者から順に崩される戦線。
(……集団で当たるべき相手だな)
頭の中で、組み立てる。
だが――
(それだと、遅い)
静かに部屋を出て、廊下を歩いていく。
後ろから足音が追ってきた。
「カライス」
同僚の騎士――アルヴィンだった。
「単独で行く気か」
足を止める。
「……待っていたら、間に合わん」
次の瞬間、肩を掴まれた。
「待て。気持ちはわかるが、危険すぎる。それに……勝手な行動は、規律違反だ」
「規律違反だろうが、危険の排除が最優先だ」
アルヴィンの手に、わずかに力が入る。
「……本気で行くつもりなのか」
「ああ」
俺は即答した。
「お前は、後から来い」
振り返らず、また歩き出す。
「お前がいると、やりにくい」
一人で、報告のあった旧街道へ向かった。
道中、騎士の死体がいくつか転がっていた。
戦闘の痕跡はあるが、長くは持たなかったらしい。
その先、開けた場所に出る。
いた。
巨大な四足の魔物。
――バル=ロス。
数人の騎士が取り囲み、応戦している。
だが、連携は崩れている。
一瞬。
魔物が踏み込む。
一人、仕留められた。
残った騎士たちの動きが止まる。
次の瞬間、魔物に背を向けて散っていった。
俺は、その横を通り抜ける。
「待て! 危険だぞ! 近づくな!」
声が飛ぶが、無視して距離を詰める。
バル=ロスの顔が、こちらを向いた。
認識された。
画像
地面を蹴る音が聞こえたかと思うと、巨体に似合わない速度で、一直線に迫ってくる。
(速いな)
踏み込みに合わせて、体を捌く。
正面から受けない。
軌道をずらし、すれ違う。
その一瞬で、剣を振る。
――片目。
刃が沈む。
魔獣の絶叫で、空気が震える。
同時に、動きが荒れる。
だが――精度が落ちた。
次の攻撃を見極める。
爪が振り下ろされる。
躱す。
踏み込み、足元へ。
腱を断つ。
巨体がわずかに揺れ、動きが鈍る。
牙が迫り、剣で受ける。
重い……が、押し返される前に間合いを潰す。
そのまま、首へ。
深く、突き込む。
動きが、止まる。
数拍置いて、巨体が崩れ落ちた。
そのまま、肉体が灰のように霧散していく。
――終わりだ。
ふと、後ろを振り返る。
追いついてきた騎士たちが、皆言葉を失って立ち尽くしていた。
(……やはり、集団は遅い)
戦いを終え、街へ帰還する。
すでに騒ぎは広がっていたが、
到着した時にはすべてが終わっていた。
妙な空気だった。
歓声も、安堵も、どこか遅れている。
「……お前がいたら、活躍できんな」
アルヴィンが苦笑する。
俺は何も答えなかった。
片付けを終え、家へ戻る。
扉を開けた瞬間、
「……カライス!」
声と同時に、エルナが胸に飛び込んでくる。
「無茶しないでって言ったでしょ」
「……討伐は完了した」
「そういう話じゃない!」
腕の中で、声が揺れる。
しばらくの沈黙。
服を掴む手に、力が入る。
「……お願いだから、危ないことはしないで」
「……悪い」
それ以上の言葉はなかった。
そっと、体を抱き寄せる。
強くはない。
だが、離さない。
——守るために、離さない。
その後、街では噂が広がっていた。
「単独で討ったらしい」
「あれが“獣哭のカライス”か」
「森が哭いたって話、本当だったんだな」
尾ひれがつき、言葉は少しずつ形を変えていく。
誰かの見たものが、
別の誰かの物語になっていく。
その中に、俺もいた。
だが――
特に、何も思わない。
関係のない話を聞いているようだった。
***
今日も、いつもの習慣で昼近くに目を覚ました。
朝食兼昼食として、パンを齧りながら家を出る。
大通りを抜け、真っ直ぐに研究所へ向かった。
大遅刻だけど、いつものこと。
誰からも、特に何も言われない。
席に着くと、机の上に新聞が置いてあった。
誰かの置き忘れ?
何気なく手に取り、目を通す。
「旧街道にて魔物バル=ロス討伐」
「単独行動の騎士によるものと見られる。規律違反を問題視する声もあるが、旅人や住民からは英雄視されている――」
(ふぅん)
少しだけ思考が動く。
(……一人の方が効率良いと思ったんじゃない?)
それだけ。
——それ以上、考える必要はなかった。
紙面をぱらりとめくる。
別の記事に目を移す。
興味は、もうなかった。
新聞を端に寄せて、机の上を空けると、そのまま作業を始める。
数分後には、その話のことは、もう残っていなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
明日から第四章、舞台は王都へ移ります。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
よければブクマや評価、コメントなどいただけると励みになります。




