#9体温の距離
※理解できない相手と、離れられない話です。
朝食の後、出発の準備をしていたのだが、だんだん雲行きがあやしくなってきた。
街を出て歩き出し、少しすると霧雨になる。
街に戻ってもう一泊した方がいいと思ったのだが、ハルモンは「このくらいならいけるんじゃない?」と気楽な様子で、そのまま進むことにした。
空を見ると曇天で、風も冷たい。
嫌な予感がしていた。
だんだんと雨足が強まり、視界が悪くなってきた。
街道は土が剥き出しで、足元がぬかるむ。
横でハルモンが滑りそうになり、俺は無言で腕を取った。
……このまま進むのは厳しそうだ。
歩きながら辺りを見回すと、少し先に建物らしき影が見える。
目を凝らして見ると、何かの廃墟のようだった。
俺はハルモンを支えながら、その廃墟へと向かった。
廃墟は石造りで、少し崩れたところはあるものの、雨を凌ぐには支障なさそうだ。
俺は剣を持ち、ハルモンを背に建物の中の人の気配を探る。
……誰もいないようだ。
俺は剣を下ろし、ハルモンの方を振り返った。
「人の気配はない。ここで雨宿りしていこう」
「うん……。ごめん、僕が行けるって言ったせいだね」
「別に、気にしてない」
床を見ると、焚き火の跡がいくつか残っている。
ハルモンの外套はびしょ濡れで、雫がぽつり、ぽつりと滴っている。
焚き火をして、濡れた服を乾かした方が良さそうだ。
俺は、焚き火に使えそうな廃材を探すことにした。
思った通り、廃材や壊れた古い椅子があったので、それらを集めて焚き火にする。
外套を脱ぐと、雨を吸って冷たく、すっかり重くなっていた。
ハルモンが、外套の留め具を外すのに手間取っていたので、外してやった。
少しだけ触れたハルモンの指は、とても冷たかった。
びしょ濡れの外套を脱がせると、寒いらしく震えている。
鞄から、大判の布を取り出し、ハルモンの肩にかけてやった。
「これは……?」
「……騎士だった時、野営で使っていたものだ」
「そうなんだ……。僕が使っていいの?」
「ああ。……ほら、近くに座って休んでろ」
ハルモンを座らせ、火が強まるように焚き火の位置を調整した。
焚き火を挟み、ハルモンの向かいに腰を下ろそうとしたとき、ハルモンが口を開く。
「これ、一緒に使おうよ。ライ君も寒いでしょ」
「……いや、俺は平気だから」
「それは嘘。……ね、くっついた方があったかいよ」
ハルモンはそう言うと、布の片側を持ち上げて広げた。
俺は一瞬ためらった。
一歩、二歩の距離。
焚き火が燃える音と、雨が降り続く音だけが聞こえてくる。
それからーー
俺は無言でハルモンの隣に座ると、布を半分引き寄せた。
肩が触れる。
触れたところは、少しだけ暖かかった。
外では、雨が降り続いている。
俺とハルモンは、しばらく無言で焚き火を眺めていた。
「……雨、止まなそうだね」
「……ああ」
二人とも黙った。
焚き火を見つめる。
火がゆらゆら動き、時折火花が散って、パチパチと音を立てている。
ハルモンが身じろぎをしたので見ると、目をこすり、少し眠そうにしていた。
「……眠くなってきちゃった。ちょっとだけ目を閉じてていい?」
頷くと、ハルモンは目を閉じて俯いた。
垂れた髪が、焚き火でオレンジ色に染められている。
俺は少しの間ハルモンの髪を眺めた後、また焚き火に視線を戻した。
ハルモンの呼吸がゆっくりになり、肩の重みが増す。
俺は触れた肩の方に少しだけ体を寄せ、その重みを受け止めた。
気がつくと、焚き火が小さくなっていた。
体を起こし、建物の外を見ると、少し明るくなったが、まだ雨が降り続いていた。
「……ちゃんと寝れた?」
横に顔を向け、そう尋ねる。
少し間が空いた後、ライ君は「ああ」と返事をした。
ライ君は、小さくなった焚き火を見ている。
「……あったかかったね」
ライ君は、すぐ返事をしなかった。
少しだけ息を吐いて、「……雨で冷えてただけだ」と言った。
「……もしかして、起こしちゃった?」
「いや、」
ライ君は少し黙り、
「……重くなかったか」
と言った。
僕は一瞬考えて。
「……あ、寄りかかってたかも。ごめん」
安心しきっている自分に、ちょっと笑ってしまう。
「でも、起こさなかったんだ」
その言葉にも、ライ君はすぐ返さない。
「……起きてた」
それ以上は、何も言わなかった。
小さくなった焚き火を、二人で眺める。
外はだんだん明るくなり、雨足も弱まってきて、止んだ。
それでも、俺とハルモンは、肩を寄せたまま座っていた。
ふと、ハルモンが急にいつも通りの調子で言う。
「ねえ、朝ごはん食べたら出発しよっか」
「……ああ」
そう言ったものの、俺もハルモンも動かない。
俺は息を吐いて、布をそっと離した。
「……次は、ちゃんと宿を取ろう」
ハルモンは、少しだけ目を瞬かせてから、
「うん」
と言った。
このあたりから、ライ君の様子がおかしくなっていきます。
次回は月曜日更新予定です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
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