#3選択の距離
※理解できない相手と、離れられない話です。
朝食を済ませ、次の街へ向かう。
ハルモンが疲れきってしまわないよう、ハルモンの歩幅を意識して歩くようにした。
今日のハルモンは、なんだか調子が良さそうだ。
「実は今日、『歩く速度が“合ってるかどうか”だけ分かる薬』を飲んでみたんだ。……今、完璧」
「……だから何だ」
次の街へは、昼頃には到着した。
昨日とほぼ同じくらいの距離だったように思う。
昼食の後、宿を取って一休みしていると、ハルモンが口を開く。
「昨日より疲れてないかも。きっと、速度が完璧だったからだね」
「それはよかったな。……少し散歩でもするか?」
「賛成ー!」
宿に旅の荷物を残し、俺とハルモンは部屋を出た。
街の中を散策していると、ふと、静かな歌声が聴こえてきた。
歌声の聴こえる方へ歩いて行くと、そこには石造りの礼拝堂があった。
眺めていると、歌声は止み、少しすると礼拝堂からたくさん人が出てきた。
礼拝が行われた後らしい。
香に引かれて礼拝堂へ近づくと、扉が開けられた出入り口から、中の様子がよく見えた。
ステンドグラスごしに差し込む光が、光沢のある床材に反射して、とても美しい。
ハルモンが中に入って行くので、俺も後ろから続く。
上の方を見ようとしたハルモンが、深く被っていた頭のフードを外した。
外した瞬間、空気が変わった。
俺はようやく、ハルモンが周りの視線を集めていることに気がついた。
「……失礼ですが、貴方はセレノア様のご子息様では?」
司祭がこちらに近づき、ハルモンに話しかけてきた。
「そうですが……。母を知っているんですか?」
「ええ、もちろん。その髪、その瞳……女神様の祝福を最も色濃く受け継いでいらっしゃる。……こうしてお会いできたこと自体が、奇跡でございます」
司祭はそう言うと、胸の前で手を組み合わせ、深々と頭を下げた。
「これもきっと、女神様のお導きなのでしょう。……よろしければ、あちらで少しお話しをさせていただいても?あなた様の王都でのご活躍、ぜひお聞かせいただければと……」
ハルモンは少し黙った後、こう言った。
「……わかりました。僕は、薬のことでしたら相談に乗れますよ」
「ありがとうございます……。では、お付きの方もご一緒に、どうぞこちらへ」
そのまま、奥の応接間に通された。
部屋の真ん中に、高さのないテーブルと、高価そうな一人掛けソファーが二脚、置かれていた。
司祭にソファを勧められたハルモンは座り、俺はその斜め後ろに立った。
後ろで、戸が閉められる音がした。
二人は、しばらく王都の話や、ハルモンの作る薬を話題に雑談をしていた。
司祭は話しが上手く、場は和やかな空気に包まれている。
そんな中、一瞬間を置いて、司祭が「実は、貴方様にお願いがございます」と切り出した。
「現在、こちらでは女神様の血を継ぐ方を二名、保護という形でお預かりしております。ですが……その力は不安定でして。同じ血を引く方の存在が、心身の安定に寄与する可能性があると考えております」
「……それは、そうだと思います。心身が安定していなければ力を行使できないのは、僕たち魔導士も同じです」
「ええ。……それで、もしご協力いただけるのでしたら、今後の在り方についても、教会として最大限の配慮をお約束しましょう」
その言葉を聞いた瞬間、理解した。
いつの間にか、ハルモンの選択が奪われている。
「……それは、誰が決める話だ」
俺がそう口にした瞬間、場が静まり返った。
司祭は言葉を失っていたが、再び口を開く。
「……ですから、ご協力いただけるのであれば、こちらとしても配慮をすると……」
「それは、本人が“選べる”場合の話だ」
俺は前へ進み出ると、座っていたハルモンの腕を掴み、その場に立たせた。
「俺は、こいつが“選ばされる”話を聞きに来た覚えはない。……行くぞハルモン」
後ろから静止の声が聞こえたが、俺は構わずハルモンの腕を引き、閉められた扉を開ける。
そのまま、足早にその場を後にした。
礼拝堂を出た俺とハルモンは、宿へと急ぐ。
道中、周囲を警戒した。
幸い、礼拝堂から追っ手が出てくることはなく、周囲にも怪しい人間はいなかった。
宿へ到着し、部屋に戻ると俺はすぐに扉に鍵をかけた。
窓から外を見て、怪しい人間がいないことを確認した後、装備を外した。
ハルモンの方に目を向けると、ベッドの端に座ったまま、視線を落としている。
「……さっきの話だが」
俺が口を開くと、視線を上げた。
青い瞳が、ほんの少し揺れている。
「あれは、“協力”の話じゃない。お前に、選ばせないための話だった」
そう言うと、ハルモンはまた視線を落とす。
「……そうなんだ」
部屋の中に沈黙が流れる。
少しして、またハルモンがゆっくりと顔を上げて、視線が合う。
「……怖い顔してたよ」
その顔には、どこかずれた笑みが浮かんでいた。
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