#5ひとときの風
今日は、研究所で荷運びを手伝っていた。運びながら、ちらりとハルモンの方を見る。すっかり調子が戻ったハルモンは、頼まれた薬のレシピを数日のうちにいくつも作って、ルーカスを唸らせていた。
夕方、仕事を終えて家に帰る。途中、行きつけの香草屋に立ち寄った。
店主はハルモンの顔を見てパッと表情を明るくする。
「……ああ! いらっしゃいませ。しばらくお見かけしなかったですね」
「久しぶり。ちょっと色々あってさ」
「今日は何をお探しで?」
「ええと――」
香草の束を手に取りながら、店主と話すハルモン。二人の話を聞き流しながら、店の入り口で待つ。
空を見上げると、だんだんと日が暮れてきていた。薄ぼんやりとした空に、赤く染められた雲が浮かんでゆっくり流れていく。その様子を、しばらくの間眺めていた。
少しして、軽い足音がこちらに近づいてくる。
「お待たせ。……夕焼け見てたの?」
軽く頷く。手を差し出すと、「ありがと」と言って買い物袋を渡してくる。中身は香草だけなので、重くはない。
「今日の夕焼け、きれいだね」
「ああ」
夕焼けは、ハルモンの金髪をほんのりと赤く染めていた。空を見上げる青い瞳も、同じ色に染まっているように見えた。
並んで歩く。家路を急ぐ周りの通行人も、今日は空を見上げている人が多かった。
家に着く頃には、薄暗くなっていた。玄関の扉を開けると、ランプを持ったミアが駆けてくる。そして、その後ろからゆっくりとゼファーが歩いてくるのが見えた。
「お帰りなさいませ!」
「ただいま、ミア」
「よぉ、主様、今日もお勤めご苦労さん」
ハルモンは外套を脱ぎながら、ちらりとゼファーの方を見る。脱いだ外套をこちらに手渡してきたので、受け取って衣装掛けに掛けた。
「……どうかした?」
「アレ。お前に見せたくてな」
ゼファーの言葉に、ハルモンの顔が一気に明るくなった。
「おっ。行く行く! ちょっと待ってて。買い物してきたから、部屋に荷物だけ置いてくるよ」
「部屋で待ってるな」
「うん。ライ君、行こう」
二階に上がって荷物を置き、すぐに引き返してまた階段を降りる。まっすぐに客間へ向かった。
部屋に入ると、中央の机の上に、青く丸い球体があった。かなり大きく、人の頭ほどもありそうだった。ハルモンはすぐに机の方に駆け寄ると、置いてある球体をそっと手に取った。
「……完成した」
球体を見つめながら、ぽつりと呟く。
「お前もそう思う? 俺も、そんな気がしたんだよな」
確かに、球体は大きくて立派になった。二人は完成したと言っているが……俺には、正直よく分からなかった。
近くに寄って、ハルモンの持つ球を覗き込んでみる。すると、なんだか不思議な感覚がしてきた。
……そういえば、マレディアの旧礼拝区域で石を採集したあの日。ハルモンが小さな石を持ちながら「石に話しかけられているような気がする」というようなことを言っていた。その話を聞いて、俺は生き物みたいだな、と思ったんだ。
今、目の前にある球を見ていると、はっきりと感じられる。
やっぱり、この石は、生きてる。
石の中で、ザワザワと何かの力が蠢いている。
それは、海のさざなみのような。もしくは、青く染まった天のような――。
「……さて、と。完成したことだし、俺もそろそろ帰るわ」
「そっか。……いつ?」
ハルモンの問いに、ゼファーは可笑しそうに笑った。
「それ、俺が決めていいのか?」
「別にいいよ。君一人の面倒見るくらい、大したことじゃない」
「そうか? じゃああと一ヶ月くらいいようかな」
ハルモンは小さく息を吐いた。
「……それ、絶対面倒になってずっといるやつだ」
その予想には完全に同意だった。
「……アルヴィンに斬られるぞ」
ゼファーはこちらを向いてにやりと笑った。
「あいつ、おっかねぇよなあ」
結局、ゼファーはその二日後には家を出ることにしたらしい。
出発の日、いつも通り三人で食堂で朝食を食べた。ハルモンがちょこちょこと食べる前で、ゼファーはスープとパンをおかわりして、その度にミアにちょっかいをかけていた。
食べ終えると、さて、と言って立ち上がる。
「もう出るわ」
「そっか。早いね」
「うちの領地遠いからなぁ。途中で魔物も出るだろうし。明るいうちになるべく歩いておきたいだろ」
食堂を出ていくゼファー。俺は、ハルモンと顔を見合わせた。
「……見送ってあげようか。仕事まで、まだ時間あるし」
「そうするか」
「ミアも行こう。せっかくだし」
ハルモンに声をかけられ、壁際でエプロンを握っていたミアはハッと顔を上げる。
「あ……はい。ご一緒、します」
玄関に現れたゼファーは、肩に荷物をかけていた。……ずいぶん少ない。その装備で、道中は大丈夫なのだろうか。少し心配になるが、本人は普通の顔をしていた。
「……帰ること、アルヴィンには連絡したのか」
「いや? あいつはいいんだよ。帰ったら手紙書くし」
――アルヴィンとゼファー。二人は、先の戦争で出会ったと言っていた。
お互いに素っ気なく振る舞ってるが、おそらく、背中を預け合った戦友なのだろう。俺には、そんな気がしてならなかった。
「ハルモン、世話になったな」
「うん。君も領地に戻ったら大変だろうけど。気をつけてね」
「そうだなぁ。まずは、道すがら帰らなかった言い訳を考えねぇと。『便りの一つも寄越さぬとは、この不精者め!』とかってどやされるんだろうなぁ……」
「え、便り出してなかったの?」
「だって、わざわざ書く用事もねぇし」
ハルモンは、呆れたようにため息をついた。
「君ってほんと……いや、やっぱり何でもない」
ゼファーがニヤリと笑う。
「お、何だ主様? 『ほんと魅力的な人だな』って?」
「全然違う」
(全く……。こいつは、最後まで変わらんな)
だが、どこか憎めない。そう思ったら、自然と口元が緩んでいた。
するとゼファーが、ほんの少し目を丸くした。いつもの顔でへらっと笑いかけてくる。
それから、その視線は俺とハルモンの後ろにいるミアに向けられる。ミアは、先ほどからエプロンをギュッと握ったまま、少し俯いていた。
ゼファーが、ミアの方に一歩踏み出す。
「寂しい?」
ゼファーの問いに、ミアがパッと顔を上げる。
「そ、そんなこと……!」
「そっか。俺は寂しいけどなぁ〜」
「……もう! またそういうこと言うんだから!」
ミアは、怒ったようにふいとそっぽを向いた。
ゼファーは楽しそうに笑う。それから、手を伸ばしてミアの頭を、ポンと軽く叩いた。
ミアが、弾かれたようにゼファーに視線を向ける。
「色々ありがと。……じゃあな」
それだけ言って、くるりと足が門の方へ向いた。一度も振り返ることなく歩いていき、すぐに姿が見えなくなる。
ゼファーの消えた門の向こうを、ミアは何も言わずに見つめていた。
いつもの明るい彼女とは違う。なんだか、少しだけ寂しそうに見えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『訓練』。
明日11時に更新予定です。
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