#4繋ぎ手の力
大聖堂に入ると、街の喧騒が遠ざかったように、しんと空気が静かになった。同時に、少し寒い。ステンドグラスごしに差し込む日光は、大聖堂の中の空気を温めはしない。この場所は、いつ来ても寒かった。
「ハルモン様、お待ちしておりました」
声がした方を振り向くと、壮年の司祭が立っていた。……知らない顔だ。
目の前にいる司祭が、王権派なのか保守派なのか分からない。保守派であればテオが手を回してくれているだろうけど、もし王権派なのであれば彼女とは“上手くいっているように”振る舞わないといけない。
僕は口元を引き締めた。
「……ご無理を言ってしまいすみません。最近、調子がすぐれなかったものですから。……それに」
視線を上げて、にこりと笑って見せる。
「また、彼女にお会いしたいと思っていました。叶えてくださってありがとうございます」
司祭は目を細め、胸の前で手を組むと軽く一礼する。それから、大聖堂の奥――応接室の方向へと体を向ける。
「……ご案内いたします。どうぞこちらへ」
司祭の案内で奥へと進む。応接室を通過して、奥の扉をくぐると、長い廊下。廊下の左右には、一定の間隔で扉がいくつも並んでいる。見分けはつかない。僕は歩きながら、通り過ぎる左右の扉の数を数えた。
十三番目の扉の前で、司祭は足を止め、こちらを振り返る。
「こちらです」
司祭が開けてくれた扉の向こうに、僕は迷いなく進む。前回のものよりも小ぶりのベッドと、机と椅子がひとつずつ置かれただけの部屋。もしかして、彼女の私室だろうか。彼女は、ベッドに腰掛けていた。今日は、目隠しはされたままだ。
彼女はベッドに腰掛けたまま、目隠しをされた目で後ろにいる司祭の方を見る。
「……席を外して」
「かしこまりました。ごゆっくり」
扉が閉められ、足音が遠ざかる。
少しして、彼女が口を開いた。
「……体調を崩したと聞いた。無理はだめだよ」
「無理じゃない」
「でも、つらそう。……少し近くに来て。その場所では届かない」
僕は言われた通り、彼女の側に寄る。すると彼女は、「座っていいよ」と、自分が座るベッドの横を示した。
少しだけ、迷う。できれば、彼女とは少し距離を保っておきたかった。何をしてくるか分からないから。けれど、しばらく立ちっぱなしでいたせいか、なんだか頭がぐらぐらしている。
……このまま倒れるよりはマシ。そう判断して、僕は彼女の隣に腰を下ろした。
「楽にしていて」
彼女が僕の方に手のひらを向ける。次の瞬間、彼女の体は眩く輝き、手のひらからは青い光が溢れてくる。大きな癒しの力が、僕の体を包み込む。
僕は、自分の手を見ていた。昨日、暇つぶしに薬草を刻んでいたら、手元が狂ってナイフで少し切ってしまった指先の傷。それがたちまち塞がって元通りになった。
体の状態が変わっていることにも気づく。ずっと感じていた胸のつかえが取れて、腹部の不快感が消える。それから、熱っぽくてぼんやりしていた頭がスッキリした。手で額に触れてみると、もう熱はなかった。
「……どこが悪いとか、一切見ないんだね」
ぽつりと、そんな言葉が口をついて出た。
――ずっと、理解はしていたつもりだった。僕の力は、繋ぎ手の足元にも及ばない。薬は作れる。けれど、僕が苦労して薬草を刻んでいる間に、彼女はぜんぶ治してしまうのだろう。
僕と彼女は、同じ癒す者なのかもしれない。けれど、僕たちの間には、圧倒的な実力の差がある。何をしても決して埋まることのない、生まれ持った才能……いや。
(石の有無だけ……。それだけで、こんなにも違う)
だけど、僕はそれを悔やんではいない。羨ましいとも思わない。なぜなら、繋ぎ手は繋ぎ手として生まれた瞬間から、人間に閉じ込められて使われる運命だからだ。
見えすぎるがゆえに常に目隠しをされて、外を見ることすら叶わない。
……僕は、繋ぎ手に生まれなかったからこそ、外を自由に歩いて外の世界を知ることができた。
危険な目にも遭ったけど。それでも、こんなふうに閉じ込められる生活よりはずっといい。
――もしも、僕の願いが叶ったら。
彼女たちのこの運命も、変えることができるのだろうか。
閉じ込められて使われるだけの彼女たちのことも、救うことができるのか。
「……体、どう?」
隣を見ると、彼女が目隠しされた目でこちらを見つめていた。表情は変わらない。……僕がずっと黙りこくっていたから心配したのかも。
僕は、ベッドから立ち上がった。
「ありがとう。すっかり良くなったよ」
「そう。ならよかった。……今後は無理しすぎないことね」
「だから、無理じゃないって」
言いながら、僕は扉の方を見る。
「……このまま帰っていいかな。外に人を待たせてるんだ」
彼女は、少しだけ首を傾げてくすりと笑う。
「あなたがここにいたら、この間の縁談の続きになるかも」
「君もそう思う? ……やっぱり帰ろう。司祭には、僕は元気になって帰ったって言っておいて」
「いいよ。『病み上がりだから帰った』って言っておく」
彼女の言葉に、僕は少しだけ笑った。
「そっちの方がいいか。……それじゃ」
僕は足早に扉に近づき、そっと扉を開けた。――外には、誰の姿も見当たらない。
廊下に出て、後ろ手に扉を閉める。音が出ないようにゆっくり閉めたつもりが、立て付けが悪いらしくキイイ……と音が鳴ってしまう。長い廊下に、扉の音が響いた。
(うわ……。誰にも会いたくないんだけど)
僕はなるべく足音を立てないように、それでいて早足で歩く。元来た方向へ、扉の数を数えながら。
(八、七、六……あっ)
少し先の扉が開いて、若い僧侶がひとり出てきた。知らない顔。僕の方を向くと軽く会釈してくる。
「ハルモン様ですよね。治癒を受けに来られると聞きましたが、どうかされました?」
「……治癒はもう終わったよ」
「左様でしたか! 体調はいかがです? よければ、お休みできるよう部屋を整えましょうか」
(『お休み』って……)
思わず、笑顔が引き攣ってしまう。
「……残念だけど、今日は遠慮しとくよ。僕、しばらく寝たきりだったからさ。また今度、ね」
「あっ、ハルモン様……!?」
僕は僧侶の横をすばやく通り過ぎながら、残りの扉を数える。
三、二、一。その先の扉を開ける。
(――ここだ)
扉を開ける。最初に通過した応接室だった。僕はほとんど走るように部屋を突っ切って、大聖堂に続く奥の扉を開けた。
大聖堂に出ると、街の人が何人か訪れており、司祭はその対応にあたっていた。
僕は歩くペースを落とし、普通の速さで歩く。胸の奥から響く鼓動は、まだ速いまま。でも、外には出さない。呼吸の速さも、歩く速度と合うようにゆっくりにした。
そのまま、扉までたどり着く。開け放たれた扉の外。石造りの階段の下に、ライ君の姿が見えた。僕は、一気に階段を駆け降りた。
ライ君は、すぐに僕に気がついてくれた。こちらに駆け寄ってくる。……なんだか、すごくほっとした。
「大丈夫だったか」
「うん。何もなかったよ。体調も、もうすっかり元気」
僕の言葉に、ライ君はほっと息を吐いた。
「帰ろう。お腹すいた」
「……そうだな」
そのまま、まっすぐに家に向かう。今日は久しぶりに、美味しく食べられそう。そう思ったら、自然と足が速くなった。
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この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『ひとときの風』。
明日11時に更新予定です。
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