#3大丈夫
食堂を出て、厨房へ向かう。扉を開けると、中にいた女中二人の視線が、こちらに向けられた。
「あら、ハルモン様。どうされました?」
「アグネス、ちょっと来てもらえる?」
椅子から立ったアグネスがこちらへ歩いて来るのを視界の端で捉えながら、頭の中で流れを組み立てていく。
「……教会から来てるテオって騎士。あの人を呼び出したいんだけど」
「構いませんが……。ハルモン様、お食事はもう済まされたのですか?」
「うん。……あ、僕が一筆書いた方がいいかもな。ちょっと待ってて」
踵を返し、二階へ上がって自室に向かう。作業台の引き出しから手紙用の紙を取り出して、右手でペンを取った。
(――繋ぎ手様とお会いできますか。なるべく早く。彼女の治癒を受けたいです……と)
簡単な内容だけど、これで僕が不調なのは伝わるだろう。インクが乾くのを少し待って、僕は手紙を折り畳んだ。
アグネスを向かわせると、テオはすぐに家までやってきた。彼が待つ応接室に行くと、僕の姿を見てテオはすぐにソファーから立ち上がる。
「ハルモン様……。しばらく、ご体調がよろしくないと伺いましたが」
「うん。色々試したんだけど、元に戻らなくてさ」
僕がソファーに腰を下ろすと、テオもソファーに座り直す。僕の座るソファーの少し後ろには、ライ君がいる。いつものように、テオの様子をうかがっている。
「……彼女は、いま王都にいる?」
テオは首を振った。視線を落とし、膝の上で拳を握る。
「お勤めのため、外へ出られております。……ですが、貴方様の御身に何かあってからでは……。早馬を送り、速やかに王都へ戻るようにいたしましょう」
「そう。助かるよ」
テオは視線を上げて、僕の顔をしばらく見てきた。様子をうかがうみたいに。
「……戻られたらまた連絡はいたしますが、その際、大聖堂に出向いていただくことは可能でしょうか」
「うん、それで問題ないよ。そんなに悪くはない。自分で歩ける」
テオはほっと息をついた。
「よかったです……。貴方様は、もはや我々にとってなくてはならない存在。どうか、御身を大切になさってください」
テオの言葉に、少し笑ってしまう。散々放置しておいて、今度は保守派勢力の旗印にでもされているんだろうか。……本当に、僕を何だと思っているんだろう。
僕はそんな本音を飲み込むと、極めて真面目な顔で「肝に銘じておくよ」とだけ言った。
テオが帰った後、僕はライ君と一緒に部屋に戻った。……テオと話す時は、どうしても少し気を張ってしまう。熱のせいもあってか、ほんの少し頭痛がしていた。作業台の椅子に座って、机の上に頭を乗せる。ひんやりとした机の温度が気持ちいい。
「ハルモン、大丈夫か……」
顔を傾けて、声の方にちらりと視線を向ける。ライ君は眉を顰めて、心配そうな顔をしていた。
「平気だよ。少し疲れただけ」
言いながら、ふと思う。大聖堂にライ君を連れて行くわけにはいかないな、と。縁談の日、繋ぎ手はライ君に精神干渉してきた。……何の目的があったのかは、まだ判明していない。けれど、精神干渉を受けた後のライ君は、明らかに心に傷を負っていた。
もう、ライ君をあんな目に遭わせたくない。
(……でも、君はきっと僕について来る。護衛だからって。……怖いだろうに)
でも、だからこそ僕は、誰よりもライ君を信頼している。ライ君は、僕の側を離れない。守ってくれる。
そんなことを考えながら、僕はそのまま目を閉じた。
意識が遠ざかりかけたとき、「ハルモン」と呼ぶ声に引き戻される。
「ん……?」
「机で寝るな。休むならベッドへ行け」
「えー……。でもここ、冷たくて気持ちいいんだよ」
また、意識が遠ざかる。そしたら、今度は肩を揺すられた。
「寝るな。……全く。手伝ってやるから、行くぞ」
ライ君に支えられて、なんとか椅子から立ち上がる。ベッドまでは、歩いて十歩くらいの距離だ。その十歩が、今の僕にはすごく遠い。僕は、隣を歩くライ君に体重を預けた。
ようやくベッドにたどり着いて倒れ込む。ライ君は、僕の足から靴を脱がせてくれた。
それから、ふわりと体の上に布団がかけられる。自然と頬が緩んだ。
「ありがと……」
返事は、聞こえなかった。
テオが訪れた二日後、彼女が大聖堂に戻ったと知らせがあった。僕はライ君とともに大聖堂へ向かう。
前回は、縁談ということで正装したけど、今日の僕は病人だ。だから、動きやすい普段の仕事用の服に外套を羽織って出かけた。
熱があるので、歩く速さがいつもより遅い。すぐ側を歩くライ君は、ゆっくり進む僕に歩調を合わせてくれた。
しばらく歩いて、大聖堂の前にたどり着く。僕は、ライ君の方を振り返った。
「ありがとう。ここまででいいよ」
ライ君は、驚いたように少しだけ目を見開いた。
「……どういうことだ」
「護衛。ここからは、僕一人で行く。……適当に待ってて」
そう言って大聖堂に向かおうとしたら、手首を掴まれた。見上げると、ライ君の目が不安げに揺れている。
「……心配しなくても大丈夫。きっとすぐ元気になって、ここに戻って来るからね」
手首を掴んでいた手の力が緩む。僕は、できるだけ歩幅を広くして大聖堂の門をくぐる。門の前に立つ聖騎士の視線が、僕の方に向けられた。
(……大丈夫。今日の僕は、治癒を受けにきた病人だから)
自分に言い聞かせる。それから、外套のポケットに外から触れて、そこに忍ばせている“薬”を確かめる。――大丈夫。いざとなったら、これで逃げられる。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今後も、この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『繋ぎ手の力』。
来週月曜日の11時に更新予定です。
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