#2他のやつ
ハルモンが研究所から早退してから、三日が経過していた。その間、相変わらず微熱が続き、食欲も戻らないままだった。
もともと、普段から食は細めだった。だが、スープを数口しか口にできない日がこれだけ続くのは流石に心配になる。
それでも本人は「病気じゃないから」と言って普通の顔をしていた。
休んでいるハルモンの邪魔にならないよう、庭で訓練する時間が増えていた。剣を振っている間だけは、無心でいられる。
「見事なもんだなぁ」
剣を下ろし一息ついたところで、後ろから声がかかる。ここ数日、ゼファーは俺の訓練の様子を眺めて暇を潰すようになっていた。
「バル=ロス単独討伐の伝説の騎士。……アルヴィンのやつ、マレディアから来たって言ったらその伝説の騎士だと誤解されててなぁ。かく言う俺も、初めはそうかと思ったんだが」
「……北方での任務の話か」
「そうそう。だが、こうして見るとやっぱり格が違うな。なんというか、オーラが違う。……アイツには悪いけど」
「……アルヴィンは有能だろう」
ゼファーは軽く笑う。
「そりゃそうだ。本人に実力が無ければ、いくら周りが口を利かせても貴族になんかなれん」
そう言って、ゼファーは木箱から立ち上がった。
「そろそろ昼じゃないか? ハルモン呼んで飯にしようぜ」
「ああ。……様子を見てくる」
ハルモンを呼ぶのに二階に上がり、部屋の扉を開ける。開けた瞬間、作業台に向かうハルモンの後ろ姿が目に飛び込んでくる。
「ハルモン」
「あ。ライ君お帰りー」
「何をしている」
「ああ、これ? 谷でとってきた青い水。暇だから成分分析でもしようかと思ってさ」
全く悪びれない様子に、思わずため息が出た。
「……それは、食えるようになってからだろ」
「えー。でもそれだと、いつまで経っても作業が進まないよ」
そう言って、青い水を入れた瓶の蓋を開ける。俺は大股で距離を詰め、瓶の蓋を持つハルモンの手を掴んだ。
「え」
「とりあえず、一回やめろ。もう昼だから、食堂に行くぞ」
食堂の扉を開けると、先に来ていたゼファーがこちらを向いた。
「主様、調子はどうだー?」
「なんともないよ」
「熱は?」
「変わらない」
ハルモンは顔も上げずに席に着く。ゼファーはハルモンの顔をまじまじと見つめていた。
目の前に料理が運ばれてくる。スープと、今日は魚料理だった。横を見ると、ハルモンの前には、違う料理が置かれている。魚や野菜をしっかり煮込んだスープ。ハルモンが調子を崩してから、このような料理が別で用意されるようになった。
ハルモンは、ゆっくりとスープに口をつける。だが、今日も数口だけ食べてスプーンを置いた。
「……もういいや。先に戻るね」
そう言って、席を立とうとする。
すると、黙って食べていたゼファーが口を開いた。
「お前、少し痩せたよな」
「……そう?」
「ちゃんと休んでんの?」
「…………」
ハルモンは何も言わない。その沈黙が答えだ。ゼファーは呆れたように肩をすくめる。
「薬学は自分で自分を診れねーのか? お前、魔導院での実習はやったんだろ」
「やってる」
「怪我だけじゃなく、病気の人の面倒も見たんだよな」
「……そうだね」
「じゃあ、その時の目で自分の様子を見てみろよ。……ちょっとおかしいぞ、お前」
それだけ言って、食事を再開した。ハルモンは少し黙ってから、「別に、大したことないよ」と小さく言う。席を立って、そのまま食堂を出て行こうとする。……俺の隣には、ほとんど手のつけられていないスープの皿が残されたままだ。
食堂の扉を開けようと、控えていたミアが動く。眉が下がった、悲しげな表情を浮かべていた。
「あ、いいこと思いついた」
ゼファーが、不意にそう口にする。後ろでハルモンが立ち止まり、ミアは少し目を丸くした。
「自分じゃ診られないなら、他のやつに診てもらったら?」
その言葉に、ハルモンはこちらを振り向いた。
「……他のやつ?」
「ああ。例えば……お前の縁談の相手とかさ。お相手とは上手くやってるんだろ? お前の体調が悪いって聞いたら、心配で駆けつけてくれるんじゃねーか?」
「あー、彼女か。どうだろうな。駆けつけるのは無理だと思うけど。……でも」
ハルモンは少し考える。それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……面白いかもしれないな」
それだけ言って、そのまま食堂を出て行った。扉が閉まった後、ゼファーは大きくため息をつく。
「……ったく、研究バカが」
「……繋ぎ手様に、癒してもらうのか」
「もう、それしかねーだろ。魔導士の手に負えないやつは繋ぎ手じゃなきゃ無理だ」
確かに、ゼファーの言う通りだと思った。繋ぎ手様であれば、どんな怪我でも病気でもほとんど治癒できると聞く。
――それから。
「……助かった」
「ん?」
「ハルモンを……焚き付けてくれて」
ゼファーはへらっと笑う。いつも通りの軽々しい顔で。
「難しいよなぁ、あいつ。頑固だし、研究バカでさー。好奇心でしか動かない。昔っからだよ」
俺とゼファーは、ようやく食事を再開した。食べながら、ゼファーはミアに軽口を叩いていた。ミアは素っ気なく返していたが、先ほど悲しげに下がっていた眉は、いつの間にかいつもの位置に戻っていた。
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次回、『大丈夫』。
明日11時に更新予定です。
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