#15いつもの夜
夕食に呼ばれて一階に降りる。食堂に入ると、ゼファーがすでに席についていた。
「おっ、ハルモン。ゆるく束ねた髪も似合ってるなー。美人が際立ってるぞ」
「……さっき湯浴みしたから。それだけ」
いつもの席に着くと、目の前に料理が並べられていく。スープとパンと、肉料理。肉は、ハルモンの皿には少量が、そして、俺の皿にはたっぷりと盛られている。
スプーンを手に取って、スープから口をつける。隣でハルモンが「美味しい」と顔を綻ばせた。
「……なぁハルモン。谷底にあったのは魔王じゃなくて遺跡だったんだろ。なんで街の伝説では魔王になってるんだろうな」
ゼファーの問いかけにハルモンはスープを運ぶ手を止めて、少し考える。
「……いくつか仮説があるんだけど。ひとつは、谷にあるものを隠そうとして、それで魔王という存在するを後から作った」
「遺跡とか、変な魔物とか?」
「そうだね。それともう一つは、本来複雑だった物事を説明するために「魔王」という分かりやすい敵が作られた、ってのも可能性ありそうだなって」
「……というと?」
「そうだなぁ。例えば、当時の人類の敵は、魔物じゃなくて災害の多い土地そのものだった、とか。それをみんなで協力して解決したけど、後世に伝えるのには分かりにくいでしょ? それで魔王の話にした、とかね。……あくまで例えだよ」
「なるほどなぁ。確かに、それだと分かりにくそうだ」
ハルモンは籠のパンをひとつ手に取ってから、また口開いた。
「……あと、女神と英雄の話もどこまで本当なのかなぁ。光る剣の話なんて、王都では聞かないし。もし本当に英雄の剣が存在するなら、どこかで厳重に保管されてるでしょ」
「確かになぁ。俺も剣の話は初耳で、おっ? って思ったんだよ。……ライは、どこかで何か聞いたことあるか?」
「……女神はよく聞くが、英雄というのをあまり聞いたことがなかった。故郷では、女神と騎士だった」
俺の言葉に、ハルモンは目を見開いた。
「へぇ。地域によって、呼ばれ方が騎士だったり英雄だったりするってことか」
「……ということは?」
「つまり、女神を守る存在は伝わってるけど、その正体や呼び名は土地ごとに変わっちゃったってことかな」
「なるほどなぁ……。伝説って、案外適当なんだな」
「適当というより、人が理解しやすい形に変わっていくんだと思う」
二人の話を聞きながら肉を口に運ぶ。ふと、自分にも覚えがあるなと思った。
「……バル=ロスを倒した時、話が広まるうちに尾鰭が付いて、伝説みたいになっていたな」
ハルモンが少し笑った。
「ライ君の場合は本当にすごいんだけど……。でも確かに、あの時の食堂での話は大変なことになってたね」
「なんだ? 何かあったのか?」
「それがさぁ……」
食堂で聞いた“獣哭のカライス”の噂話も、元はただ魔物を倒したというだけの話だ。
話が広まって人々に伝わっていく過程で、事実は簡単に姿を変える。
谷の伝説も、きっとそうやって形を変えてきたのだろう。
夕食を終え、一階でゼファーと別れて二階へ上がる。部屋に入ると、ハルモンは作業台へ向かい、眼鏡をかけた。
「……忙しそうだな」
「うん、ちょっとね。ちゃんと覚えてるうちに全部書いておきたいから」
「谷のことか」
「そう。……疲れてたら先に寝てて」
俺はベッドに腰掛けて、作業を続けるハルモンの後ろ姿を眺めた。すでに日は落ちて、部屋の中を照らすのは作業台に置かれたハルモンのランプだけ。ゆるく結ばれた金髪が、ふんわりとランプの光に照らされている。ハルモンの影が、板張りの床に長く落ちていた。
(……先に寝る気にはなれんな)
久々の外出だったのだ。それに谷では、崖を登って筋肉痛にもなっていた。自分よりもハルモンの方が疲れているに決まっている。
無理をせず、早く休んでもらいたい。だが、研究の邪魔はしたくない。それに、もし俺がハルモンの邪魔をしたら――。
(もうお前は必要ない、と追い出されるかもしれない)
そんな考えが浮かんだ自分に、心の中で笑ってしまう。
追い出されるも何も、俺とハルモンの間には何もない。ただ俺は、体調を崩したハルモンの世話して、そのまま帰り道も付き添っただけ。それでそのまま、ずるずると今日まで来ただけだ。
俺はハルモンを守ると決めたが、それも自分の中で勝手に決めたこと。口に出さない誓いは、誓いになっていない。
なら結局、ハルモンを守るのも自分のためなのかもしれない。
ここを追い出されたくないから、ハルモンにとって都合のいい護衛であることを、俺は演じている。
俺は息を吐いた。靴を脱いで、ベッドに横たわる。横になったまま、ハルモンの背中を見続ける。何もできない自分が、情けなかった。
ベッドのわずかな揺れに気づいて目を開けると、ゆるい部屋着を着たハルモンがすぐ側に来ていた。
「あっ、ごめん……。起こしちゃったね」
「いや、まだ寝てない」
「え? 寝てたでしょ」
ハルモンは布団を捲ると、俺の横に体を滑り込ませる。
「でも寝てた割には、ちょっと眉間にシワが寄ってたね。……何か考え事でもしてた?」
「……してない」
「本当かなぁ」
ハルモンは軽く笑い、そのまま何も言わず俺の顔をじっと見つめてくる。それから、ほんの少しだけ目を細めた。心臓が強く鳴る。
「……久々の宿もよかったけど、やっぱり家がいちばん落ち着くね」
ハルモンはそう言ってから、俺の胸に頭を寄せてきた。
「ライ君、あったかい」
俺は何も言えなかった。少しして、ハルモンの呼吸がゆっくりになる。俺の心臓の鼓動は、しばらく早いままだった。
第七章 完
第七章、完結いたしました!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今後も、この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回から第八章。ついに最終章となります。
通常通り、明日の11時に更新予定です。
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