#14帰宅
次の日。宿で食事を済ませた後帰り支度を済ませ、昼に食べる分の食事を街で調達した。街を出て、王都へ向かって歩き出す。
王都とこの街までの道では、魔物の気配は感じられない。魔物の討伐を請け負っていた時も、この街の方面へ向かわされたことは一度もなかったことを思い出す。
谷に魔物が出るから、儀式礼拝をしっかり行って魔物の襲来を防いでいるということなのだろう。
歩きながら、ふと故郷マレディアのことを思い出す。焼けてなくなる前は、定期的に儀式礼拝が行われていた。俺は参加していないが、エルナが毎回通っていたので覚えている。
焼けてしまった後はどうなったのか。ハルモンと王都へ向かって王都を拠点に暮らし始め、しばらくしてから人伝に聞いた。残った騎士団たちが、街の人々を守って野営を続けてながら復旧活動を続けていたが、魔物が出るようになったと。それで、騎士団も街の人々も散り散りになったのだ、と。復興作業を進められなくなり、そのまま打ち捨てられているらしい。
ナギと共に旅をしていた時に、賊の襲来で破壊された町もあった。魔物からの二次被害を防ぐため、王都方面へ人々を移送した。
人々の暮らせる場所が、徐々に減ってきているのだということを理解する。魔物に追いやられ、じわじわと王都の周辺へ、人の暮らしが縮小されてきている。
このままだと、最後はどうなるのだろう。繋ぎ手様がいる間は、王都は持ち堪えられる。では、繋ぎ手様が消えた後は?
――魔物に食い潰される。アストラ王国は、滅亡する。
俺は、歩きながらハルモンの方を見た。また、ゼファーの軽口に機嫌を損ねている。いつも通りに。
昨日、ハルモンは「根本的な解決が必要だ」と言っていた。それは、確かにその通りだろう。このままでは国が終わる。食い止められるものなら食い止めたい。
だが、食い止めるためにあいつは何をするつもりなのか。
マレディアでは、街の人々を救うために限界まで働いて倒れた。俺が重症を負った時も無茶をした。
また、自分を削って無茶をしようとしている。……そんな気がした。
ハルモンは、テオからの『保護』の申し出を断った。守られる不自由よりも、守られないことで得られる自由を選んだ。
ハルモンが、俺に望んでいること。それはきっと、自分が自由でいられることなのだ。
外敵からは守る、でも自由は奪わない。
俺がそういう護衛でいることを、あいつは望んでいる。
……俺の方は、どうなのだろう。俺は、ハルモンを守りたい。守ってやりたい。生き生きと研究に打ち込む、その姿のままに。
けれど、ハルモンを守ることとハルモンの自由を守ることは、どこかズレているような気がしてきていた。ハルモンの自由を守るということは、あいつが無茶をすることを容認するということだ。
無茶をするとわかっていて、ただ側にいる。
当然、外敵からは守る。だが、無茶をするのは見逃がしてやる。
――できるのか、俺に。それに、それは本当に俺のしたいことだったか。
(……だが……あいつはそれを望んでいる)
黒いローブから覗くハルモンの不貞腐れた顔を見ながら、俺はぐるぐると同じことを考え続けていた。
王都へは、まだ日が高いうちに到着した。門をくぐり、四人でハルモンの家に向かう。協力してくれたアルヴィンに報酬を渡すためだ。
家に着くと、アグネスが出迎えてくれた。アグネスもアルヴィンに礼を言い、「せっかくだからお茶を飲んで休憩なさってください」と勧めてきた。アルヴィンが了承したので、四人で食堂に入り、席に着く。
俺とハルモンは、いつも通り隣に。アルヴィンとゼファーが、その向かいに座った。
谷でのことを軽く話しながら待っていると、アグネスともう一人の女中が茶と茶菓子、それから皮袋を二つ持って入ってきた。茶と茶菓子をテーブルに用意して、ハルモンに皮袋を渡すと、食堂を出ていく。
ハルモンはその場で立ち上がると、皮袋を確認して前に座る二人にそれぞれ差し出した。
「今回は研究調査への協力、ありがとうございました。……はい。足りてるかどうか中確認してね」
ゼファーは目を見開く。
「え、俺にもくれるのか?」
「うん。ちゃんと働いてくれたし。それに、お金ないと家に帰るのも困るでしょ。……あ、無駄遣いするならアグネスに預かってもらうから」
「無駄遣いしません主様。大事にします。……いや、冗談抜きに助かるわ。悪いなハルモン」
皮袋の中を確認し終えたアルヴィンがため息をつく。
「……こんなに良くしてもらって、迷惑かけ続けるんじゃないぞ。ちゃんと家に帰れ」
「分かってるって! この家にいるのはアレだ。頼まれてる仕事が終わるまで。そしたらちゃんと帰る」
「信用できんな。……こいつがもし出ていかなかったら俺に言ってください。責任持って、追い出すの手伝いますので」
ハルモンは少し笑う。
「うん。そのときはお願い」
アルヴィンは、ハルモンに礼をして帰っていった。ゼファーも「夕飯まで昼寝する」と言って客間へ引っ込む。俺とハルモンも二階への階段を上がり、ハルモンの部屋に戻った。
使った装備や荷物を片付けていると、「ライ君」と声がかけられる。視線を上げると、小さな皮袋を持ったハルモンが側へ寄ってきた。
「はい。これライ君の分」
そう言って、皮袋を差し出してくる。俺は、顔を背けた。
「……いらん」
「今回は仕事だったでしょ」
ハルモンの顔を見ると、真顔だった。俺は少し黙った後、しぶしぶ皮袋を受け取った。
「……使い道がないな」
ハルモンは軽く笑う。
「じゃあ本でも買ったら? それか服とか。何か足りない物」
「……本は読まん。足りない物もない」
「あはは。……ライ君って、ほんと物買わないよね」
お前が俺の分まで全部買うからだ。そう思ったが、口にはしなかった。
夕食の前に、湯をもらって風呂に入ることにした。女中に頼んで湯を沸かしてもらい、小部屋のバスタブに運ぶ。
たっぷりの湯をバスタブへ運び終え、作業台でノートをめくっているハルモンに「先に入れ」と声をかける。ハルモンは椅子から立ち上がって髪紐を引く。紐が解けて、金髪がさらりと肩に落ちた。
ハルモンは紐を丁寧にまとめると引き出しの中にしまった。「お先にー」と小部屋に入り、扉を閉める。
作業台には、ハルモンのノートと羽ペン、そして谷で拾った魔物の残留物が数個、そのまま置かれている。俺はノートをちらりと見て――いつも通り乱れて読めない文字であることを確認し、それから何気なく残留物を手に取った。
谷の上にいた、犬のような魔物。あれは、他の場所でもよく見る姿の魔物だった。この残留物も、外で倒した魔物の残す物とよく似ている。
作業台の中で、ひとつだけ異なる残留物があった。俺は、犬の魔物の残留物を作業台へ戻して、その異なる残留物を手に取る。谷底にいた、今まで見たことのない魔物のもの。これだけが、他で拾ったものと比べて大きい。比べる必要もないくらい明らかだった。
俺には、残留物の細かい差分はよく分からない。だが、この大きさにはさすがに違和感を覚えた。他はだいたい手のひらに乗るくらいの大きさなのに、これだけが握り拳くらい大きいのだ。しかも、倒した魔物は小さかった。なぜ残留物だけがこんなに大きいのか。
トカゲのような姿を持つが、どこかゴツゴツとした逞しい体躯をしていた。口を開けるとぎっしりと牙が並んでいたし、鱗に覆われた体は、刃を入れるときに少し硬かった記憶がある。
それに。背には、小さい翼を見た気もする。
ふと、小部屋の中から水音が聞こえてくる。水を桶ですくい、水をかける音。それから、桶が置かれる音。
俺は残留物を作業台へ戻し、壁際に置いてある荷物を手を取る。静かな部屋に響く物音が、静かな水音をかき消した。
しばらくして、ハルモンが小部屋から出てきた。濡れた髪を額や頬に貼り付けたまま、肩に垂れた髪を布で拭いている。
「お待たせー。次どうぞ」
「……ああ」
俺は荷物を壁際に置き、代わりに着替えを持って小部屋へ向かう。脱いでから着ていた服の布地を見ると、谷を登ったからか、砂埃で少々汚れていた。その場で軽く叩いて砂埃を払うが、完全には落ちない。後は洗濯を頼むことにした。
体の汚れを軽く落とした後、バスタブの湯に浸かる。湯に浮かべられた香草の香りが立ち上がる中に、わずかに残る薬の匂い。俺はほっと息をつく。しばらくそのまま、湯に浸かりながら湯気と香りに包まれていた。
風呂から出ると、ハルモンはまた作業台に向かっていた。眼鏡をかけて、ノートに何かを書きつけている。肩にはタオルが乗せられたままで、金髪はまだ少し湿っていた。
「……ちゃんと拭け」
「……うん……これ終わったら」
俺は小さく息を吐き、ハルモンの方へ近づく。肩にかかった布を手に取り、金髪を挟みながら拭いていく。濡れた金髪は束になっており、いつもよりほんの少し色が濃く見えた。しっかり拭いていくと、いつもの淡い色に戻っていく。
しばらく続けていると、ハルモンはペンを置き、眼鏡を外した。椅子の背もたれにもたれかかり、頭を預けてくる。上の方も拭いてやると、気持ちよさそうに目を瞑った。
「……終わったぞ」
全体を拭き終わり、声をかける。こちらを振り向いたハルモンは、にっこり笑顔だった。
「ありがとう! 気持ちよかったー。さっき、拭いてる途中で思いついちゃってさ」
「そうか」
「ねぇ、ライ君の髪も拭いてあげようか?」
「……いらん。もう乾いてる」
言いながら、ハルモンに自分の髪を拭いてもらっているところを少しだけ想像してしまった。だが、すぐに頭から追い出す。……俺は何を考えている。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『いつもの夜』。
明日11時に更新予定です。
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