#13ギリギリの世界
谷底から戻ったその日は宿へ戻り、一泊してから王都へ帰ることにした。谷から戻るともう夕方だったので、食事をしてそれぞれの部屋へ戻る。
部屋に入ると、ハルモンは早々にベッドに倒れ転んだ。
「大丈夫か……」
「……大丈夫じゃない。もう、腕だけじゃなくて全部痛い。明日、歩けるかなぁ……」
「軽く動かした方が楽になるだろ」
「……それ、本当? 初耳なんだけど」
俺も、ベッドに腰掛ける。少しの沈黙の後、気になっていたことが口をついて出た。
「……ハルモン。谷底に立ち込めていたあの黒いもやは、一体何なんだ」
ハルモンは、ころりと寝返りを打ってうつ伏せから仰向けになった。少しして口を開く。
「ライ君は、いままで魔物をたくさん倒してきたでしょ。倒した後、魔物ってどうなってた?」
「肉体が崩れて、黒いもやに……」
そこまで自分で言って、ハッとする。ハルモンはほんの少し目を細めた。
「そういうこと。たぶん、黒いもやが世界中に循環して、魔物を発生させているんだ。この場所は、何故だかもやが溜まりやすいから、魔物が多いんだろうね。たぶん他の場所でも、もやが溜まった時に発生してるんだと思うよ」
ハルモンは小さく息をついた。天井を見上げたまま、再び口を開く。
「……今回、魔物が死ぬところを見れてよかったよ。あと、街で聞いた色々な話も。仮説だったものが、色々繋がって整理ができた」
「……整理?」
「そうだね……この街に魔物が出ない理由、とかさ。王都に魔物が出ないのに、地方で魔物が増えてる理由。教会による儀式礼拝がしっかり行われてる場所では、魔物は出ない。逆に、手が行き届かない地方では魔物が出る」
「……怪我の治療も、手が足りていない」
「そういうこと、だね。……この世界はもう、かなりギリギリの状況なんだ。でも、そのことを教会は隠している。だから……根本の問題を解決しないといけない」
部屋に沈黙が落ちる。少しして、衣擦れの音。ハルモンがゆっくりと体を起こし、こちらを見てきた。
「この先、僕が何かを選んだ時。……ライ君は、僕を守ってくれる?」
その言葉に、胸の奥がざわりとした。何かを選ぶ。それは、どういう意味だ。
けれど、俺のすべきことは決まっている。
「……守る。でも、止める」
危険なことからは、止める。でも、必ず守る。あの日、心の中で自分に誓ったことだ。
俺の言葉にハルモンは目を細め、小さく笑った。
「………やっぱり、君はそうだよね」
そう言うハルモンの顔は嬉しそうでもあり、それでいて、少し困った様子にも見えた。
「じゃあ、僕は……ライ君に止められない選び方を考えておくよ」
ハルモンはいつもの笑顔でそう言ってから、またベッドに寝転んだ。
「あー痛い。腕が痛いから薬も作りたくないし……。ねぇ、腕だけでいいからちょっと揉んでくれない?」
「……仕方ないな」
そう言いながらも、やりはじめるとハルモンが痛がる様子が少し面白くて、つい肩周りや背中、腰から足まで全部やってしまった。
さっきのハルモンの発言への違和感は考えないようにしていた。そうしないと、無理やり止めてしまいそうだと思ったから。
全身を揉みほぐした後、ハルモンは「少しマシになった」と言い、そのまま眠ってしまった。
ハルモンの体に布団をかけてやる。安らかな寝顔を、しばらく眺めていた。部屋の中は静かで、小さな寝息だけがかすかに耳に届いている。
(…………待て。さっき、全部触ったな……?)
そう気づいたら、途端にじわじわと顔が熱くなってきた。視線が落ちる。自分の手を、しばらく見つめてしまった。
さっき触れていた時の、「あー!」とか「痛い痛い!」という声まで勝手に頭の中で再生され始めた。
(……違う)
思わず頭を振る。あれは単に、筋肉が張っていただけだ。分かっている。……分かっているんだが。
少しして、俺は再びハルモンの方に視線を向ける。ハルモンはいつも通り隣にいて、気持ちよさそうに寝息を立てている。
(……こいつは、本当に何も考えていない)
俺はため息をついてから、眠るハルモンの横に自分の体を横たえる。そのまま、目を閉じた。
ほどなくして、隣から聞こえる穏やかな寝息に引かれるように、俺も静かに眠りへ落ちた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今後も、この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。
次回、『帰宅』。
来週月曜日の11時に更新予定です。
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