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#1離れない距離

※理解できない相手と、離れられない話です。


マレディアを出て、歩いて二時間ほどの場所にある隣町へ向かっていた。


ハルモンがいつも宿を取っていた街。


ここも、通い慣れた道だという。


俺は、ハルモンの背の大きな鞄を見ていた。


いつも背負っている鞄。


だが、今は病み上がりだ。


数日前に倒れたばかりでもある。


俺は、ついにこう口にした。


「ハルモン。その鞄を俺に寄越せ」


「え?別に、大丈夫だよ」


「無駄に体力を消耗しかねん」


そう言うと、ハルモンは小さく息を吐いた。


「……もう、本当に過保護なんだから」


言いつつも、鞄を背から下ろした。


受け取った荷物は、見た目通りかなりの重量を誇っていた。


だが、問題はない。これも訓練の一環と思えば、むしろ効率がいい。そう思った。












俺とハルモンは、時折雑談をしつつゆっくりと歩き進め、街に到着した。


ちょうど昼時だったので、休憩がてら店に入り食事をすることにした。


「ねぇカライス君。実は今、『体温が0.5度上がる薬』を試しているんだよね。ほんのりポカポカしてるよ」


「……ほう。ポカポカすると、どうなるんだ?」


「風邪予防になるかなーと思ったんだけど。う〜ん……悪くないけど微妙かな。白湯でいい気がする。カライス君も試してみる?」


「いや、俺は別に……」


すると、隣に座っていた男性客が急に話しかけてきた。


「なぁ、いまカライスって言ったか?もしかして、『戻らぬ森の主』を一人で倒したっていう、あの噂の?」


「……まあ」


「本当か!?いやーまさかここで本人と会えるとは!今日この街に来て良かったよ!」


握手してくれ!と手を握られる。


「森が哭いたって話、あれ本当なのか?“獣が泣いたんじゃない。時代が終わった音だった”って……」


そうこうしているうちに、何だ何だと、周りの客たちも集まってくる。


カライスの武勇を話題に、盛り上がる客たち。


ついには店主もやってきて、


「ここにサインいただけませんか!?」


と紙とペンを持ってくる始末。


記念に、店の壁に飾っておきたいらしい。


客たちは、"カライス"がどんな風に立ち回り倒したのか、他にはどんな敵を倒したのか、などを入れ替わり立ち替わり尋ねてくる。


俺は、これまであまり街から出たことがなかった。


なので、自分のしたことと名前が、ここまで一人歩きしているとは思っていなかった。





「……そろそろ時間だよ。もう行こう」


ハルモンは、急にそう言って立ち上がると、机に代金を置き、俺の腕を引っ張ってきた。


「あ、ああ……」


ハルモンに促されるまま立ち上がり、鞄を持ち直す。


そのまま、客たちに手を振られ、見送られながら店を出た。


店の客たちは、また"カライスの武勇伝"の話に花を咲かせることにしたらしい。


「とりあえず、宿に避難しよっか。僕がいつも使ってるところでいい?」


頷くと、ハルモンは俺の腕を引いたまま、そそくさと歩いていく。





まだ早めの時間だったこともあり、宿に客は少なく、すぐに部屋に通してもらえた。


そこそこ広いスペースに、ベッドが二つと、テーブルと椅子が二脚置いてある。


部屋に入ったらほっとして、つい息が漏れた。


ハルモンは窓側のベッドに自分の鞄をドサッと置くと、そのまま倒れ込んだ。


「……カライス君って有名人だったんだね。知らなかったよ」


「……王都では、魔物のことはそれほど話題にならんだろうからな」


無言。


水筒の水を飲んで、テーブルに置いた。


部屋の中は静かで、心地よい空気が流れている。


俺は、ベッドに置かれたハルモンの鞄を、無言で壁側のベッドへ移動させた。


「……ハルモン、こっちに移動しろ。そっちは俺が使う」


「あ、そうだったの?ごめんねー」


俺とハルモンはそれぞれベッドに横になり、疲れを癒すことにした。


しばらく休憩して日が傾いてきた頃、ハルモンがベッドから起き上がった。


「僕、何か食べられるものを調達してくるよ。カライス君はここで待っていてね」


ハルモンはそう言うと、掛けてあった外套を手に取り、扉の方へ歩いていく。


何気なくその様子を見ていたのだが、不意に胸の奥がざわついてきた。


(……なんだ、この感覚は)


ハルモンがドアノブに手をかけたところで、もう限界だった。


「……待て」


「ん?」


ハルモンはこちらを振り返り、不思議そうな顔をしている。


「……あ、何かついでに買ってくるものあった?」


「行くな」


一瞬、間が空いた。


俺は、自分の口から出た言葉に自分で驚いていた。


だが、不安な気持ちが収まらない。


「……理由はわからん。だが、行ってほしくない」


俺はそう言いながら、自分でも気づかぬうちに、ハルモンの外套の端を掴んでいた。


ハルモンは俺を見たまましばらく唖然としていたが、不意に「あ……」と声を漏らす。


「カライス君、もしかして……あの水筒の中身飲んだ……?」


そう言って、部屋のテーブルの上に置かれた水筒を指し示す。


「ああ、飲んだが……まさか……」


「ごめん……薬瓶が足りなくて水筒に入れてたんだよね。疲労回復効果があるけど、副作用で、離れると不安になる薬」


「お前な……それ、失敗作だろ……」


「ほんとごめん!僕、今日はもう出かけないよ。カライス君が落ち着くまで、一緒にいるからね」


ハルモンのその言葉に、不安はすぐに消えた。


……それでいいと思った。





その日の夜、ハルモンは俺が不安にならないよう気遣い、二つのベッド少しだけ近づけて寝ることを提案してきた。


俺は、その提案を拒むことができなかった。





次の日の朝、俺はいつものように日の出とともに目を覚ました。


昨夜はまるで、子供の頃のようにぐっすり眠ることができた。


頭も体もスッキリしており、体の調子がとても良い。


ハルモンのベッドに目を向けると、まだスヤスヤと眠っている。


……素振りでもするか。





素振り、鍛錬の日課を一通りこなし、部屋に戻ってもまだハルモンは寝ていた。


しばらく待って、ようやく目を覚ます。


俺は寝ぼけ眼のハルモンにまくし立てる。


「ハルモン。今後しばらく生活を共にすることになる。だから水筒だとか……紛らわしい容器に薬を入れるな。あと、失敗作は破棄しろ」


ハルモンは俺の話を頷きながら聞いていたが、「でも」と口を開く。


「薬、ちゃんと効いてたでしょ?」


……否定はできなかった。









ここまで読んでいただきありがとうございます。

この関係がどう転ぶのか、見守っていただけると嬉しいです。

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