消えた少女と歪んだ沈黙
朝の学園は、いつもと変わらない顔をしていた。
けれど、その“変わらなさ”が逆に不自然だった。
(……嫌な感じだ)
私はカテリーナとして教室にいる。
この姿は変身魔法で作った偽装。
モルガン・ユ・ユースフォードであることは誰にも知られていない。
⸻
「レン・バートル?」
その名前を出した瞬間、空気がわずかに止まる。
教師は資料を一度見下ろし、淡々と口を開いた。
「昨夜から行方不明だ」
「現在は失踪扱いだ。異常性が確認され次第、正式な調査案件に移行する」
まだ「行方不明」としか扱われておらず、失踪か事件かも含めて何も確定していない状態だった。
教室の空気はそのまま戻る。
誰も大げさに騒がない。
それが逆に、引っかかった。
⸻
教室を出る。
廊下は静かだった。
掲示板には小さく一文だけ貼られている。
「行方不明者:レン・バートル」
それだけだ。
(ただの行方不明、か)
「随分と気にしているようですわね」
冷たい声。
ヴェルサイユ・コーネリアが壁にもたれていた。
「ただの行方不明にしては、真剣ですこと」
わざとらしい笑み。
「お友達想いですのね」
(軽い)
本気で心配しているわけではない。
ただ面白がっているだけだ。
「関係ない」
そう返すと、ヴェルサイユは肩をすくめて去っていく。
⸻
その後も学園は変わらない。
授業、訓練、日常。
レン・バートルという存在だけが、少しずつ日常から抜け落ちていくようだった。
⸻
夜。
家の窓から外を見る。
静かな学園。
何も変わらない灯り。
「王女様」
背後から声。
ベルが立っていた。
普段はメイドとして仕えているが、王宮直属の護衛・監視役でもある存在だ。
「本件は学園規定に従い、通常の失踪案件として処理されています」
「現時点では事件として断定されていません」
(まだ確定していない)
事故か、失踪か、外的要因か。
どれも決められていない。
だから動けない。
窓を開ける。
冷たい風が入る。
(レン)
あの距離感。
あのまっすぐさ。
“消えていい存在”には思えなかった。
胸の奥に、説明のつかない違和感が残る。
(なぜ、何も進まない)
(ただ時間だけが過ぎている)
⸻
窓を閉める。
静かな夜が戻る。
カテリーナとしての生活は続く。
だがその裏で。
モルガンとしての意識が、初めて外側へ向いた。
(レン・バートル)
その名前を心の中で繰り返す。
(取り戻す)
まだ理由は整理できていない。
それでも、その結論だけは動かない。




