ヨット乗りなら乗ってみたいが乗りたくないUS-2
佐藤俊夫は一分間考えて、高橋総理に話しかけた。
「総理、ちょっと良いですか?」
「何かしら?」
総理はモニターから目を離さず答えた。
「急ぎで少しばかりお出掛けしなければならなくなりまして......」
「はあ?この状況で冗談はよして!」
「冗談ではありません」
マット中佐が横から答えた。
「どういう事かしら?」
「......」
「ここじゃ話せない内容なの?」
高橋総理は小声で囁いた。
「......」
マット中佐は答えの代わりに頷いた。
「いいわ、移動しましょう」
司令室を幕僚長に任せて、三人は密談用の部屋へ移動した。
「この状況で米軍とお出掛けって、どういうことなの?」
「私からご説明させて頂いても宜しいでしょうか?」
「構いません!納得できる話をお願いします!」
「ついこの間、太平洋上に突然ヨットが現れたと言いましたね」
「そのヨットと無線でコンタクトがとれました」
「それが?」
マット中佐は一息ついて話し出した。
「そのヨットは過去......いえ、正確には2011年から来たようなのです」
「えっ......」
「そして、佐藤さんのお知り合いのようなのです」
「あぅ、あ......」
あまりにも急な展開に、総理も言葉が出ないようだった。
(一瞬、高橋さなえ総理の脳内に私も時間を戻せるかもと妄想が走ったのは誰にも言えなかった)
「それでですね、私が会って話を聞いた方が早いと言うか......」
「なぜこんな事が起こってるのかは謎ですが、本人が言うにはそのようなのです」
「知り合いかもって?」
「総理も観たと思いますが、1996年、五歳だったゾーイです」
「今、2011年と言わなかったかしら?」
「そうです、彼女は二十歳になってこの世界に現れたんです」
「だから私が行って、直接話をしなければと思いました」
「分かったわ!許可します。内閣参与として事情を聞きに行って来てください」
「それで、今すぐお出掛けってどういう事なの?」
「なんせ、出発地が2011年のハワイで、アメリカ国民なのですから、事前に横須賀でこの状況の詳細を聞きたいと上の方が......」
「そして、小笠原に近づいた頃に厚木からオスプレイを出します。現地に先着してヨットの到着を待ち、それから顔合わせになる予定ですね」
「わかったわ。但し、報告は私が一番最初に聞きますからね!」
またまた秘密の会談から司令室に戻って、モニターを見ながら佐藤俊夫が呟いた。
「梅田駅やJR大阪駅の南側のゾンビって、どうなったのかなぁ」
「駅の南側、中之島に掛かる橋の状況を市ヶ谷に確認してくれ」
「避難民は時間一杯まで脱出させ、間に合わなかった避難民は西の河口方面へ誘導中」
「封鎖現場では押し寄せるゾンビに対応中との事です」
「南西方向は?」
「現在、阪神本線と大阪環状線の高架を防壁として構築中です」
「それなら何とか封じ込めができそうだな」
「それでも範囲内にかなりの人が立て籠もって救助を待っています」
「それでしたら、大阪の避難民に向けてYouTubeのライブで大阪特番でも配信します?」
「佐藤さん、お願いできますか?」
「はい、喜んで協力させて頂きますよ」
第一回緊急YouTubeライブから毎日、東京都内の解放状況や、救出状況を内閣府公式として定期的に発信していた。
今回は、大阪で緊急事態発生にともない、急遽大阪・梅田周辺の状況を重点的に発信していく事となった。
『国民のみなさま、高橋さなえでございます。
今回、阪急梅田駅前、うめきた公園におきましてテロリスト二名の確保は出来ましたが、残念ながら同時多発テロ行為を未然に防ぐ事は叶わず、JR大阪駅付近を発生源としてウイルスの拡散を許す結果となり力不足を痛感しております、申し訳ございません。
現在、大阪駅に通じるすべての橋を封鎖し、南西方面は大阪環状線、阪神本線の高架下を防壁として辛うじて封じ込めております。
この範囲内に避難し、立て籠もっておられる国民の皆様、どうかもう少しの間耐えてお待ちください。
そして、戸締りは厳重にお願いいたします、必ず救助に向かいます』
高橋総理は深々と頭を下げ続けた。
緊急ライブを終えた総理は、大阪の対処を市ヶ谷に任せて東京に集中する事になり、佐藤俊夫はマット中佐に引きずられる様に、横須賀の海軍司令部へドナドナされて行った。
その日の夕方、お台場すべてが解放され、安全地帯となった。
もちろんテレビ局もだ。
「ここが復旧出来たらここから日本全国に発信できるわね」
「YouTubeでも同時に発信した方が良いと思いますよ」
「そうね、そうしましょう」
「で、東京はどこまで解放できてる?」
「西は環七の防衛線は変わらずですが、墨田川の西側と中央線の南までは縮小させました、市ヶ谷はもう少しかかりそうです」
「人工島は解放済みで、連絡経路はすべて遮断できております」
「区域内の避難民の救出は進んでる?」
「順次進めてます、借り上げたバスを96式で護衛しながらです」
「遅れてるビルには救援物資をヘリで投下したり、陸自の隊員がピックアップと徒歩で運んでいますが、なにぶん人口が多過ぎて......」
「そうね、それでも頑張って待っててくれる国民の期待に応えるしかないのよ」
翌日には昼と夕方に、政府広報の天気予報と最新の状況を知らせるニュースの放送が始まった。
人間、こんな状況でも娯楽は必要なのか、YouTubeでは深刻な動画は少なくなり、気を紛らわせる為の明るい動画の投稿も多くなっているが、それを不謹慎と言ってはいけない。
この難局を乗り切るためには必要なのだ。
そんな時、横須賀に拉致され、事情説明と打ち合わせを終えて戻ったばかりの佐藤俊夫のところに、例のヨットが小笠原へ近づいて来たとの連絡が入った。
「佐藤さん、厚木からはオスプレイではなく、うちのUS-2を出す事にしたからそれに乗って小笠原まで行ってもらうわね!」
「あのUS-2ですか!ヨットと言えばUS-2ですもんね!ありがとうございます」
佐藤俊夫はブラックホークで厚木基地まで飛び、そこでオスプレイを横目で見ながらUS-2に乗り換えて、小笠原・父島へ飛び立った。
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次回も、生き残れたらまたお会いしましょう




