海兵隊基地へ潜入
翌朝、ジョンは海兵隊基地の東海岸沖から上陸出来そうな場所を偵察していた。
フォート・ハセ・ビーチは、基地のレクリエーション施設として利用されている。
ここならテンダーでのビーチングには最適だろう。
次は東端のシューティグレンジを回り、ノース・ビーチ、滑走路を左に見てピラミッド・ロック・ビーチを偵察した。
ここは施設までがちょっと遠い。
最後に向かったのはカネオヘ湾の北側から狭い水路を通っていく燃料桟橋だ。
隣に隊員向けのマリーナが併設されてエントリーには都合が良い。
が、どこも生き物の気配は無かった。
血塗れの破れた戦闘服姿で銃を引き摺り、ふらついている元人間以外には。
当然民間人は入れない。
だが家族帯同で暮らしている隊員は多い。
その家族たちはどこへ?
水路を戻り、外海へ出て最初に偵察したフォート・ハセ・ビーチ沖にアンカーを落として、ソルを待つ。
「夜には到着すると言っていたな、飯の準備だけでもし……」
「もうオーブンに入ってるわよ」
「そ、そうか……」
「そろそろ野菜が怪しいわね、玉ねぎとジャガイモは大丈夫なんだけど……」
その頃、佐藤俊夫(ソルト&シュガー)はスターボード斜め後方からの最高の風を受け順調に走っていた。
ただ、うねりが船体を叩き、大きく揺すられ、コックピットでそれぞれのシートと格闘しながらだが。
辺りが暗くなった頃、ジョンから無線が入った。
「どうだ?どこまで来てる?」
「あと一時間も掛からないと思いますよ」
電子海図とGPSには頼りっぱなしだった。
打ち合わせた会合地点が近づいてきたのでレーダーでジョンの船を確認し、フェンダーを降ろし、横抱きでなんとか接舷できた。
「お疲れ様です、もう偵察はすみました?」
「おい、ひとりでずっと操船しながら来たんだろ?」
「大丈夫なのか?疲れてないのか?」
「いやぁ、疲れてますけど、まぁ普通ですね、退屈はしてましたよ」
「やる事無いんで、ずっと読書してました」
(タブレットでダウンロード済の小説読んでましたとは言えなかった)
「キャシーがおまえの飯も作ったからな、まずは食おう」
「ありがとうございます、お言葉に甘えます」
(『あざ~す』とは恥ずかしくて言えない六十歳だった)
「今日はチキンね!」
キャサリンさんはそう言いながらオーブンを開け、キツネ色に焼けた一羽の鶏とジャガイモをテーブルにドンと置いた。
「ボナペティ!」
「メルシー!こんなに素晴らしいローストチキンなら、毎日がクリスマスですね」
「ジョンもこれくらい言いなさいよ!」
「お、俺に振るな!」
ゾーイはすでに食べ始めていた。
それを横目でチラっと見ながらテーブルのナプキンをさっと取り、空中でふわっとさせて、中から何かを掴んだようにゾーイの目の前に差し出し、掌を広げた。
そこには折り紙の鶴が……。
「何これ!どこから出したの?ソルは魔法使いなの?」
「ハリー・フーディーニは脱出だけではございませんよ、レディ」
ゾーイは目を見開き、口からチキンが落ちそうだった。
「そちらの美しいお嬢さんにも」
こちらは黄色いバラの折り紙だ。
「ぶっ、おまえ、スーシェフじゃなかったのかよ!」
「ソルはホントに魔法使いなのね~」
キャサリンも、ニコニコしながら横目ではジョンを睨んでいた。
食後のコーヒーを飲み終わる頃、ゾーイは折り紙に夢中。
キャサリンは飾る場所をウキウキと探していた。
「ところで、基地の事なんだが」
「どんな感じでした?」
「ひと回りしてみたんだが、ゾンビ以外の気配がない」
「ここには隊員の家族も暮らしていてな、そいつらの姿が見えない」
「ひっそりと隠れてるのかどこかで集まって避難してるのか」
「明日、上陸して確認しましょう」
「全滅ってのは考え難い……いや、そう思いたい」
「そうですよね!地獄の猟犬ですもんね!海兵隊って」
「誰に聞いたんだ、おい」
「いやぁ、昔観たアメリカのドラマだった……かな……」
(HBOはまだそのドラマを作ってない)
「出撃前のスピーチで大佐かなんかが言いそうな例えだな」
「まさに海兵隊だ」
「でしょでしょ!信じて探しに行きましょ!」
「ホント軽いな、まぁいい、上陸はこの先の砂浜だ」
「お前のテンダーでビーチングする」
「はい」
「その先は家族向けの住宅地区だ」
「その辺りから探索していく」
「了解です!」
「明日は迎えに来てくれ」
「はい、おやすみなさいです隊長!」
「はぁ~、大丈夫だよなぁ……」
翌朝、ふたりはテンダーに乗ってビーチに上陸した。
ジョンは太腿にグロック、スリングには727。
ソルは腰に1911、手には聖剣ボートフックだ。
(普通のボートフックに名前つけそう)
砂浜を上るとすぐに木々に囲まれた住宅が立ち並んでいた。
一件の家を覗き込んだ。
ドアは……カギは掛かっていない。
テーブルには食べかけのナニかが異臭を放っていた。
クローゼットが開けられいろんな物が散らばっていた。
「慌てて逃げだしたようだな」
「そうですね、でも血だまりとかは無さそうですね」
「もっと先で食い止めている間に逃げ出したんだろう」
他の家も回ったがどこも同じような感じだった。
「ここは偉い人用なんですかね?」
「なんかあったか?」
「いや、俺と似たような趣味の匂いが……」
「やっぱりあった!」
ソルが見つけた物は、西部劇に出て来るガンマンが腰に下げてるホルスターに刺さったコルトSAAだった。
「じゃ、記念に」
そそくさとバックパックに仕舞い込むソルだった。
そして近くのキャビネットから同じSAAのシルバーモデルも見つけ、さらにテンションが上がりまくっていた。
「この部屋はこれくらいですかね」
(ジョンは"スルーする"を覚えた)
ウキウキだったソルが、凍り付いたように動きを止め、カーテンの隙間から外をゆっくり覗いた。
ジョンの右手には既にグロックが握られている。
スライドをちょっとだけ引いて装填されてる9mmは確認済みだ。
(ソルはその一瞬の仕草がちょっとカッコイイと思ってしまった)
「中に居る者!そのまま動かないでくれ!」
裏口からひとり入ってきた。
M16A2の銃口をこちらに向けて構えている。
窓の外にも、戦闘服を着たふたりが同じく構えていた。
「どこから入ってきた?この基地は封鎖されてる、民間人は入れないはずだぞ」
「落ち着け、テーブルに銃を置くぞ……」
ジョンはゆっくりと727を置き、グロックも指先で引き抜いて置いた。
俺もジョンの真似をしてゆっくりとした動作でボートフックを置こうとした……。
「まぁ、それは持ってていい」
(ソルは聖剣をバカにされた)
外で警戒していたふたりも中に入って来て事情聴取に参加した。
「俺たちはボートで砂浜から上陸した」
「はぁ?それで食いもんでも漁ってたのか?」
「いや、昨日ボートで海からぐるっと観察してたんだが……ふらついてたのが軍人ばかりだったからな」
「ここに住んでた家族やらはどうしたのかと思ってな」
「やけに詳しいようだな」
「ここで働いてたからな五年前に除隊したが」
「本当か!」
「えぇ~!ちょちょっと。スーパーの警備員でしょ?」
「万引き犯とか捕まえ……マジっすか?」
「地獄の海兵隊なのに? あんな綺麗な奥さんと、あんな可愛い娘がいるなんて……負けた……」
「第四フォース中隊にいた。マスター・サージで除隊した」
「フォース・リーコン……」
「……マスター・サージ?」
「たしか……財布にコインが入ってたな、ケツに入ってる」
「出していいか?」
ジョンは手を上げたまま戦闘服に聞いた。
「そのままだ」
男が視線を動かさずに手探りでジョンの財布を取り出した。
中から転がり出てきたのは、パラシュートとダイバーのヘルメットが刻まれた『チャレンジコイン』だった。
その瞬間、三人とも踵を鳴らし、直立不動でザッと完璧な敬礼をかました!
「現役じゃねえんだから、それくらいで勘弁してくれ」
「で、手ぇ降ろしていいか?」
「失礼しました!…どうぞ」
ジョンは軽く答礼を返した。
ソルは手を上げたまま固まっていた。
「ああの~敵地の奥深くまで侵入してテロリストの秘密会合の場所にレーザー照準あてて遠くの空から誘導爆弾落として命中させるんですよね?それでそれが議会にバレそうで通信切られて迎えのヘリは引き返して敵中に孤立して自力で脱出して議会で証言したら大統領クビ!」
「カッコいいなあ。ハリソンフォードの映画で観ました!」
(ジョンは"スルーする"を発動した)
ソルは目をキラキラさせ、手を上げたまま一気に捲し立てた。
海兵隊の三人も敬礼したまま、ソルを見て固まっていた。
「……」
「……」
「……」
(この三人も、"スルーする"を覚えた方が良さそうだ)




