黒革の手帳とオメガの腕時計
寝られなかった。
この状況を説明する言葉が見つけられなかった。
ならば、説明しなければいい。
それとなく。少しずつ。動画に出てみよう。
生成AIじゃなく、現実を撮影しただけだと。
それしか無いように思えた。
その頃、2026年の佐藤家では、深夜なのに全員リビングにいた。
TVでは深夜番組が通販番組がBGM代わりに流れている。
「ねえ、お父さん何か変だったよね?」
「二か月以上、音信不通だったんだよ!」
「でも、お父さんLINEだとあんな感じよ」
「スマホは文字打つのが苦手って言ってたし」
「じゃあ、今度はLINEで電話してみたら?」
「そしたら、いつもみたいに回りくどい割に事細かく説明してくれるかな」
「聞いてるとよく寝れるんだよね」
「そうそう!」
「それでも話が終わらない!」
「そうそう!」
久しぶりに心から笑えた。
翌日、日本時間の12時05分。
佐藤拓哉(息子)のスマホにLINEの着信が入った。
父からだった。
『時間がある時に、このYouTubeチャンネルを見てくれ』
『これなら毎回観てるよ、最初から』
『そうか、今日は仕事何時に終わる?』
『ん~18時過ぎには会社出るけど......』
『その頃LINEする。お母さんたちにはまだ言うなよ』
『それはまぁ、良いけど......』
『二か月以上、音信不通だったんだよ!他になんか言うこと無いの?』
『まあ、夜に話すわ』
『わかった』
仕事が終わり、会社を出た拓哉は近くのスタバに入ってLINEを待った。
コーヒーが半分になった頃、着信が来た。
『今、大丈夫か?』
『大丈夫』
『これから話す事は、本当の事だ。冗談とかでなくな』
『まあ、わかった』
『昼に送ったチャンネルな、あれはお父さんが作ってる』
『はあ?何言ってんの!』
『今日......じゃないな、そっちの時間で明日の朝6時頃にアップする動画に、お前たちに買ってもらったシステム手帳、映り込ませるから』
『それ観て判断してくれ』
『わかった』
『この話はまだ言っちゃ駄目だからな』
父と息子の男同士の会話は終わった。
明日の朝食の時にテーブルに手帳出したまま撮影して、食べ終わったらすぐに第四弾のオープニングに刺し込もう。
いきなりお母さんにこんな話したら倒れかねん。
戻れるかどうかもわからんからな......
ホントどうしたら良かったんだ~!
翌朝、ソルは隣のジョンの船で席についていた。
ユニクロのポロシャツ、短パン、ビーサン、手首にはシーマスター。
テーブルには、シリアルと残り少ない野菜で作ったサラダも並んでいる。
俺は黒革のシステム手帳をテーブルの良い位置に置いた。
「今日スコフィールドに行く」
「そう、気を付けてね、みんな助けられると良いね」
「全員無事に連れて帰って来てね、ジョン」
「ああ、わかってる」
「パパ、お土産もね!」
「ああ、楽しみにしてな」
俺はここで留守番だ。
ブラボーチームが迎えに来て、ジョンはゾーイに手を振ってヘリパッドへ向かった。
俺はヨットでこの動画を編集し、出来上がってる第四弾の冒頭に強引に差し込む。
何も考えず、作業に没頭した。
午前十時、第四弾はアップされた。
日本時間の朝六時だ。
なにも知らない視聴者は朝の一番忙しい時間に文句を言いながら、それでも待ちかねた動画を観始めた。
いつものように、AIが作ったとは思えないリアルさ、鮮明な画質に釘付けだった。
しかし、拓哉はちがうところで停止したまま動けなかった。
父さんの言った通りに手帳が映り込んでいた。
何年か前の誕生日に家族でプレゼントしたシステム手帳だった。
表紙の隅には、お姉がピンクのマーカーで描いた小さなハートマークが確かにあった。
すぐに母さんに見せたい......
姉ちゃんに見せたい......
でも、止められている。
「拓哉、さっさとご飯食べて!遅刻するわよ」
スマホをベッドに投げた。
「おはよ~、すぐ行く」
続きは昼休みに見る事にして家を出て、電車に乗った。
昼休みになると、オフィスを飛び出し、手早く昼ご飯を済ませ、動画を再生した。
「今回は、長いな」
撮影者設定の人物は、黒いポロシャツ、チェストリグ、ベージュのカーゴパンツ、そして同じくベージュのブーツ。
チラっと移った顔は、ベージュのキャップに中東のスカーフとサングラスでよく判らない。
ごくたまに父さんが話してくれたPMCスタイルだった。
じっくり観るには昼休みの残り時間では無理だった。
『半分だけ観た、続きは帰って観る』
『おk』
それだけの返事、いつもの父さんだった。
ソルはヨットの中で返事を返して一息ついた。
『どこまで話す?
過去へ戻った事?
ここでは三十歳になったこと?
映像は本物だって事?
小出しにするって、どこからどこまで?
ぜんぶ荒唐無稽な作り話だもんなぁ......
俺だってそう思うわ!
ヨットが故障してハワイに寄りました。
そこで知り合ったIT関係のヨットマンに勧められてYouTube始めた......?その間に連絡くらいはできるはず、どこでもWifi飛んでるし......却下。
ハワイで座礁して機器が故障、記憶喪失になって、YouTuber始めて記憶が戻ったから連絡しました......イケそうだけど、無理があるよな、船には住所や連絡先が書いてある書類がいっぱいあるし......却下。
そうだ、宇宙人にヨットごと連れ去られて、解剖される直前に逃げ出したところがワイキキだった......即却下!
……普通に話すしかないのか?
いや、普通じゃないんだよなぁ……』
と、また堂々巡りに戻るソルだった。
一方日本では、拓哉が仕事から帰り、家に着いた所だった。
「ただいま~」
(こそっと続きを観るか......)
「ちょっと、たっくん、来て!」
先に帰ってた姉の雪乃がリビングで叫んでいた。
「用があるなら部屋まで来いよ、ったく」
「まあまあ、それよりお母さんもこれ観て」
「!」
(まずい!)
お姉が見せたのはスマホ。
俺がこれから観よう思ってた動画がすでに始まっていた。
止められなかった。
(父よ、スマン)
「ねえ、これって、私が買ってお父さんにあげたシステム手帳だよ、ココ見て!私が描いたハートが付いてる!」
(さすがおねえだ!ピンポイントで見つけ出しやがった)
「そ、そうか、どこにでもありそうじゃん」
「絶対そうだよ」
「そうねえ......これはお父さんね」
「母さんまでなんで決めつけるの?」
「だって、手帳はよく判らないけど、この腕時計、結婚した時に私がプレゼントした物なんだけど、ほらここ、お父さんがダイヤルのとこ削っちゃってオリジナルだ~って喜んでたの覚えてるのよ、バカよねぇ」
なごやかだったのはそこまでだった。
登場人物は迷彩服の米軍兵士、ボートで上陸、スクールバスとトラックに分乗し、荷台には撮影者が乗って、走りながらゾンビを狙撃。
大学で避難民を救出後、ボートに戻る途中でまた別の兵士も合流。
港では応援を求める無線が入り、そちらへ向かう。
バスの車内での会話。
撮影者は日本人旅行者の設定らしい。
バスが到着したのは大きなショッピングセンター。
溢れるゾンビ。
トラックがMJを爆音で鳴らしてゾンビ集団を誘導してショッピングセンターから引き離す。
そのすきに屋上の避難民を救出。
水路を通って海岸へむかうが、行き止まり。
そこへ良いタイミングで海上から救援のボートが四艘。
機関銃で道を切り開き、避難民すべてを乗せて海岸を離れて一安心。
そんなハリウッド映画みたいな展開と、そのリアルさに声も出ない三人。
「......この主役がお父さんなの?カッコいいわね!うふふ」
「でもね、お母さん、お父さん若く見えない?」
「あんなに動けないでしょ!もう年なんだから。あはは」
「アクションシーンだけスタントマンだったりして。あはは」
「うちに連絡できなかったのも、出演契約で口外しないように言われてたとか?」
(拓哉は勝手に違う方向へ進んでいく家族に途方に暮れていた)
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