ジェニファー海軍中佐のお仕事
空港を過ぎるとマリーナが見えてきた。
フェンダーを下ろし、係留ロープを準備する。
ジョンは慣れた手つきで、自分のバースへクルーザーを滑り込ませた。
「変わってねえな」
桟橋を上がってもゾンビはいなかった。
「先に燃料の補給だ」
ブラボーチームが手分けして燃料缶を運ぶ。
ジョンはキーを取り出し、自分のピックアップに乗り込みエンジンを掛けた。
何事もなく始動した。
船が満タンになったら、次は車を満タンにした。
予備のガソリンと、持ち込んだ荷物も荷台に積み込んだ。
ブラボーチームもそのまま荷台だ。
「荷物も人も積み忘れはないな!」
「よし、出発」
まずはジョンの自宅だ。
ジョンの自宅は空港の東、マリーナから十五分ほど走ったところにあった。途中、まばらに彷徨っていたヤツらを片付け、到着した。
こちらでは普通の家らしいが、庭にはプールが付いていた。
「まあ、入ってくれ」
「ジョン、プール付きの豪邸なんだね!」
「はあ?そんなもんどこの家にも付いてるぞ」
「豪邸ってのは、高い塀で囲まれて、頑丈な鉄の門扉が付いてる家だ」
「このあたりにはそんな家はない!」
(日本の常識は通じなかった)
部屋はきれいに片付いていた。
キャサリンさんの性格なんだろう。
「水と電気はダメだがガスは使えるぞ」
「釣った魚、焼いて晩飯だ」
「このあたりゾンビは俺がある程度片付けた、残りは人の多いコナの街に移動したと思う」
「居てもどうってことないぞ、俺たちが付いてるからな。あはは」
そう笑いながら手の届く範囲から銃を離さないブラボーチームのメンバー。
「もともと人口そのものが少ないからな」
「明日は溶岩地帯から草原を抜けてワイメアだ、一時間ってとこだな」
その日は早めに休んだ。
翌日、朝からジョンは、家族の思い出の品をダッフルバッグに詰め込んだ。
ぼろぼろになったゾーイのぬいぐるみも大事に入れていた。
ジョンは家を見渡し、小さく息を吐く。
「逃げ出す時にはもう戻れないと思っていた」
「今なら戻れると期待しても良い気がしてきたな」
ジョンはそう呟いて車のドアを閉めた。
一行はワイメアのパーカー牧場に到着した。
「さっきからずっと見えていた草原はこの牧場だったんですね!」
「全米最大級の牧場だ!」
「へぇ~広いんですね」
「フォード島の避難民ぜんぶここで暮らせそうですね!」
「......知らんけど」
「ぶっ......」
ブラボーチームのひとりが吹き出した。
「最後の一言で全部台無しだ!」
「街の方も偵察だな」
ちいさな街だった。
ゾンビもすぐに片付くだろう。
そのまま東へ向かい、ホノカアの街の手前で山間部へ入っていく。
しばらく行くと打ち合わせ通り、コミュニティからの案内役が待っていた。
「やっと会えましたね」
「元気そうですね!」
「なんとかやってますよ、こっちです」
小さな集落を想像していた。
しかし、そのコミュニティは広かった。
水も電気も食料も自給できていた。
畑には背丈ほどのトウモロコシが並び、その隣にはジャガイモやタロイモ、カボチャ。
少し離れた畑ではレタスやブロッコリー、ニンジン、トマトが育てられていた。
牛舎では乳牛が草を食み、羊が放牧され、鶏舎からは元気な鳴き声が聞こえてくる。
少ない人数とは思えないほど、多くの食料を自給していた。
地形を生かし、近くを流れる川の小型水力発電と、風車、ソーラーパネルで電力を自給していた。
降雨量が多い地区なので、水にも困らない。
不足しそうな物としては、小麦粉、食塩、砂糖、食用油、医薬品、燃料などだ。
「すごいですね!」
「足りない物は、たまに街へ降りて手に入れてたんだが、いまは難しくなっている」
「そうですね......」
「まだ、上に話してないんで、ここだけの話として聞いてください」
「ワイメアの街と周辺、それとパーカー牧場を開放したら、復興のお手伝いをお願いできますか?」
「お、おい、それって......」
「できたら良いなって話です」
「いま、ホノルルで数千人、いや、それ以上の規模の避難民がいます」
「その民間人には各島に移住してもらい食料生産を担って頂きたいと考えています」
「ほとんどの人は、農業や牧場運営なんて経験したことがないと思います」
「そこで、経験者のお力を借りられればと、今、気が付きました」
「我々は、これから軍の演習場の状況を確認して、司令部へ戻る予定です」
「ゆっくり考えてください」
誰もすぐには口を開かなかった。
この島で生き残ることだけを考えてきた彼らにとって、
ハワイ全体の復興という話は、あまりにも大きかった。
「……それは、先を見据えた大きな話ですね」
無線関係や設備関係の予備パーツを渡し、お返しに野菜などの生鮮食品を頂いて帰途についた。
次はポハクロアの演習場だ。
荷台ではブラボーチームのメンバーがトマトや胡瓜を美味そうに齧っていた。
ソルは助手席でトマトにかぶりつく。
「うまっ!」
果汁を啜っていると、ジョンも胡瓜をポリポリと美味そうに齧っていた。
ピックアップは溶岩地帯の荒野を進み、もうすぐ演習場というところだった。
前方に、巨大なコンクリートブロックで車両の進入を制限した検問所のような施設が見えてきた。
「人が居る!」
ライフルを持った男たちが姿を現し、停止を求めてきた。
「軍の関係者か? どこから来たんだ?」
「俺たちは、カネオヘ海兵隊基地とフォード島海軍の合同司令部からハワイ島状況確認の為に派遣されてきた」
(野菜食べたさにここまで来たとは言えなかった)
ジョンは、バッグから命令書を取り出して渡した。
「そんな物、用意してたんだ......」
「俺たちも知らなかった......」
「俺たちは、お前らのお守り役だとばっかり思ってたぜ」
「おうっ」
「胡瓜もう一本いいか?」
「任務に格上げされたんだ、当然だろう。ははは」
「本部と連絡が付きました、こちらへどうぞ」
ここでも短距離のハンディ無線程度しか生きていないようだ。
「この島の通信施設がダウンして、他島と連絡が取れなくなってるんだ」
「食料は備蓄で何とかなってる」
「当初、七百人ほど居たんだが......、生き残った者は三百程度だ」
「オアフの本部はどうなってる?」
「家族が住んでるんだが......」
「カネオヘのマリンコーで千人ほど、フォード島で数千人規模の生存者が避難している」
「......きっと無事さ」
兵士の顔にほんの少し希望が浮かんだ。
一行は、司令室へ案内された。
全員、ピシッと敬礼。
(ひとりだけおかしいが、しかたない)
「ジェニファー・コバヤシ。中佐よ」
ジョン・ファウンダースです。カネオヘ海兵隊所属、マスターサージェントで臨時復帰中です。
ジョンは命令書を差し出した。
コバヤシ中佐はひととおり目を通し、着席を促した。
「そちらに掛けて」
ちょっとおかしな民間人が混じってるので気を使ってくれたのかもしれない。
「オアフとは連絡が途絶したままなの。安心したわ」
「鎮圧に向かわせた者たちの多くは戻って来なかった......」
「正直、この先、どうしたものか迷っていたわ」
「それでですね、これをお持ちしました」
ブラボーのひとりが小さな箱をジョンに手渡した。
「開けても?」
「はい、アマチュア無線機が入ってます」
「電力も食わないし、本部とも連絡が取れます」
コバヤシ中佐の表情が変わった。
「……本部と、繋がるの?」
「オアフ内では、中継設備を山頂に設置しまして、VHFも繋がるようになりました」
「私は、海軍なんだけど、ここへはシールズの訓練打ち合わせで来ていたの」
「それで、生き残った者の中で最上位になってしまったわ」
「コバヤシ中佐殿!意見具申宜しいでしょうか」
ソルがかしこまって尋ねた。
「あなたは民間人ね、今はどんな些細な意見でも欲しいところね」
「聞かせてっ!」
「はひ!」
「あ、あのですね、ここの資材で運べるものはすべてパーカー牧場に移動できませんかね?」
「燃料なんかはローリーで運ぶしかなさそうですけど」
「ワイメアの街にハワイ島本部を置くんです」
「港はカワイハエが近いですし」
「……続けて」
「それで、その周辺、パーカー牧場を生存圏として確保できたらいいなあと」
「それが出来たら、フォード島の避難民に移り住んでもらって、食料生産ですね。」
「あ、農業指導は手配済みです。はい」
「......そうだな、それが一番いい案だと思うぞ」
ジョンも賛成してくれた。
「軍事拠点の移設ではなく、生存コミュニティの建設計画ね!」
「では、それをどう実現するかは私の仕事ね」
「......まかせて!得意なの」
中佐の目には、次にやるべき仕事がはっきり映っていた。
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次回も、生き残れたらまたお会いしましょう。




