日付変更線を越えた夜(後編)
まずはここを離れる事が最優先だ。
できるだけ戦闘は避け、時間を無駄にせず逃げる。
「決してビビってるわけじゃない……」
(完全にビビってる)
ゾンビに襲われてる客の横をすり抜け、躱し、何とか通りへ出られた。
だがしかし、そこも平和では無かった。
かろうじて警官と軍がゾンビを押し止めていたが、数の力に押されていた。
船に戻りたいが、ハーバー方面から溢れ出している。
「だめだ、帰れない」
脇道をつかって東に走る。
逃げ出す車が詰まって通れない。
また脇道へ入り、大通りへ走り、また脇道へ。
もはや方向が分からないが、船から遠ざかっていくのは何となく解る。
横転したハンヴィーの横を通り過ぎようとして……。
俺は、止まった……。
逃げなければならない。
分かっている。
背後では悲鳴が聞こえる。
分かっている。
船へ帰らなければならない。
それも分かっている。
だが。
六十年間、俺は真面目に生きてきた。
会社員として働いた。
家庭を持った。
いい歳をして銃が好きだなどと、大声で言えるわけもなかった。
サバゲーには一度だけ参加した!
映画を見て。
雑誌を読んで。
ネットを見て。
それで満足してきた。
そして今。
目の前に、本物が落ちている。
「M4だ!」
「『ヒート』でアイスマンが使っていたやつだ!」
(二重に違った。)
(これはM4ではなく、コルト・モデル727だ)
(そして『ヒート』にアイスマンは出ていない)
重かった。
本物だった。
「…………おお」
ゾンビパンデミックの最中。
俺は少しだけ感動していた。
映画大好きの自称ミリオタ、六十歳。
肉体年齢、三十歳。
(無駄な寄り道だった)
逃げて隠れてやり過ごした。
すでに辺りは暗くなり出していた。
広い通りへ出たところで急停止。
慎重に店内を覗く。
ゾンビはいない。
店内へ静かに入り、パイプが繋がったシャッターを降ろした。
ここで夜明けまで隠れて過ごそう。
隔離されて少しだけ安心できた。
店内を物色した。
食べ物は無かったが、コーラはあった。
水分と糖分が染み渡った。
「たまたま入ったのがガンショップだったとはラッキーだったな」
(たまたまではない。しっかり確認した)
まず、バックパックを選び、ハンドガンを眺め、ひとつだけ選んだ。
鹿の角のグリップが付いた1911だった。
「スタローンがコブラで使ってたヤツだ!」
(それは白い象牙のグリップだ)
良い感じのホルスターと、.45ACP弾と5.56弾を適当にバックパックに詰めた。
残りのコーラをちびちびと飲みながら夜明けを待った。
長期航海中は熟睡なんて贅沢だ。
二十分ほどの睡眠を繰り返し、ワッチしながら寝るのがヨット乗りの常識だ。
(しっかり寝ていた)
翌朝、物音で目が覚めた。
ゾンビがパイプのシャッターを掴んで揺すっている。
しゃがんだまま裏口を探した。
周囲に気配は無かった。
音を立てずにドアを閉めて小走りにガンショップを後にした。
「あっ。」
ランボーナイフを回収すれば良かったと反省した。
(戻る勇気はない)
走って逃げ回っていると、追い付かれない事に気が付いた。
「え、ヤツら走らない…のか?」
「でも囲まれたらスリーアウトチェンジじゃん!」
(チェンジならいいが、試合終了だ)
それでもなんとか北の運河まで逃げて来た。
見渡すとカヌークラブの看板が見えた。
これに乗って下って行けばハーバーまで行ける!
しかし、残っていたのは修理中ばかり。
使える艇は、ほとんど残っていなかった。
みんなこれで逃げ出したのだろう。
その中に一枚のロングボードを見つけた!
(ロングボードではなくパドルボードだ)
それを慌てて浮かべ、手で漕ぎだした。
この時だけは若い体に感謝した。
橋をくぐる時だけ気を付けた。
両岸はめちゃくちゃだった。
車は潰れ、人は血塗れで揺れていた。
そこかしこで煙が上がっている。
最後の橋をくぐったらハーバーは目の前だ。
居並ぶヨット、ボートの数々。
漕ぎながらビジターバースの場所を思い出す……。
岸壁はゾンビで溢れているが、浮き桟橋には来ていない。
ゲートがロックされていて入れないのか……。
近づくと手を伸ばして襲い掛かってくるが、そのまま海に転落していく。
浮かび上がってくる様子が無い。
港の底を歩いてるかもと思ったが、覗き込めなかった。
体勢が不安定だったから仕方ない。
(海底を歩いていたら怖い)
ようやく見つけた俺の船、未来からやって来た高性能宇宙戦艦!
荷物は一度桟橋に降ろし、自分もその横に立った。
よし、俺の宇宙戦艦にM4型波動砲と1911型パルスレーザーが搭載できた。
キャビンに降りてバッテリーON、各種電装品のスイッチを順に入れて行く。
キーを挿しひねってON、もう一度ひねるとディーゼルエンジンが目覚めた。
コックピットへ出て排水を確認……OK!
低いアイドリング音はBGMだ。
ちょっと一息ついて、舫いを解きながらゲートのフェンスを眺めていた。
手にはガンショップで頂いたコーラ。
ぬるい炭酸が染みる。
ガシャンガシャンと揺れるフェンス、その両脇から零れ落ちて行くゾンビ。
これならゲートを開けて狭い桟橋でオールか何かで捌けば倒せる!
が、今日は時間が迫っているので勘弁してやるか。
(……)
ボートフックで桟橋を押しやり、ゆっくりアラワイ・ボート・ハーバーを離れた。
波消しブロックを越え、東へ舵を切った。
これが最後になるかもしれないワイキキビーチは、目を覆いたくなるような惨状だった。
立ち並ぶ高級ホテルからは『SOS』『HELP』と書かれたシーツが揺れている。
手を振り、助けを求める人々も多数いる。
だけど、おれはスーパーヒーローじゃない。
真っすぐ前だけを見て船を進めるしかない。
気が付くと涙が頬を伝っていた。




