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しがない人形師は、濡れ衣の夜を暴く 〜灰銀のハンターと噛み跡だらけの怪異事件簿〜  作者: なつめ
第1部 しがない人形師は現場に立つ

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第7話 解説してやる


 録音機の赤いランプだけが、聞き取り室の中で平然としていた。


 少女の声が途切れたあと、白い部屋には息の音ばかりが残った。消毒液の匂い。乾いた紙の匂い。古い薔薇香水の甘く腐りかけた残り香。窓の内側を伝った水滴は、硝子の途中で細く止まり、涙の跡のような線を残している。外は雨ではない。夜の曇り空が病院の窓の向こうに広がっているだけだった。


 少女は自分の言葉が何を意味したのか、遅れて理解した顔をしていた。


 だって、あの人形が泣いていたから。


 その一言は、泣き声よりもはっきりと残った。証言としては短い。だが、短い言葉ほど逃げ場を奪うことがある。人間は長く喋れば嘘を隠せると思いがちだが、実際には、余計な一言で自分の足首を掴む。たいへん便利な欠陥である。


 榊悠真は、少女を見たまま動かなかった。


 白石澪奈はメモを取る手を止め、机に置かれた現場写真へ視線を落とした。人形部屋。棚から落ちた少女人形。目元に残っていた小さな水滴。採取記録。検査待ちの容器。警察はその情報を、少女に説明していない。少なくとも、聞き取りの場では一度も出していない。


 ルスト・ヴァルレインは少女を見ていた。


 先ほどまでとは違う目だった。


 保護したい者を見る目ではない。怯える者へ手を伸ばす前の、あの柔らかい迷いはもう消えている。完全に疑っているわけではない。少女が何かを恐れているのは事実だ。だが、ただの生存者ではない。泣いているだけの者ではない。そのことを、ルストもようやく認めざるを得なくなっていた。


 クラウディオ・ルジェリウスは立ち上がった。


 椅子を引く音はほとんどしなかった。黒い外套の裾が白い床の上で静かに揺れる。彼は少女へ詰め寄らない。怒鳴らない。責め立てもしない。ただ、机の上に並んだ資料と、現場写真と、録音機の赤い光を一瞥し、誰にともなく言った。


「解説してやる」


 その声は、冷たくも熱くもなかった。


 ただ、逃げ道を塞ぐ声だった。


 少女の肩が小さく震える。


 榊が低く言った。


「待て。今の言葉の意味を先に確認する。彼女には、人形の目元に水滴があったことを伝えていない」


「伝えていないな」


 クラウディオは淡々と答えた。


「なら、なぜ知っていた」


「現場で見たからだ」


 少女が顔を上げた。


「違います……私は、ただ……」


「泣くなら、最後まで同じ嘘で泣け」


 クラウディオの声が少しだけ冷えた。


 少女の唇が閉じる。


 榊は眉を寄せたが、止めなかった。クラウディオの言い方は相変わらず悪い。だが、今ここで遮れば、少女はまた涙の中へ逃げる。刑事として、その逃げ道を与えていい場面ではなかった。


 澪奈が静かに録音機を確認する。


「記録は続いています」


「ちょうどいい」


 クラウディオは机の端に指を置いた。


「最初から並べる。吸血鬼の仕業に見せたかったのだろうが、まず首の傷が下手だ」


 ルストが目を伏せる。


 死体の首筋にあった二つの傷。吸血痕に似ていた。だが、牙の入る角度、傷の間隔、皮膚の沈み方が違っていた。ルストはそれを見抜いていた。クラウディオも初見で雑だと言った。


「その傷は吸血痕じゃない。吸血痕に似せた、ただの下手な模倣だ。牙なら皮膚はもっと沈む。肉が逃げる。傷の縁に迷いが出る。あれにはそれがない。硬いものを押し当てて、形だけ作った。吸血鬼の殺しに見せたいなら、もう少し勉強してからにしろ」


 少女は首を振った。


「私は、そんなこと……」


「お前一人でやったとは言っていない」


 その言葉に、少女の震えが一瞬止まった。


 榊がその反応を見る。


 クラウディオは続けた。


「次に血だ。槻島宗一郎は血を抜かれたように白かった。だが、部屋に残る血の匂いが薄すぎた。床、絨毯、衣服。死体の状態に対して、現場が綺麗すぎる。割れたグラス付近から被害者の血液反応は出た。そこは正しい」


 澪奈が頷く。


「血液反応はあります。被害者の血で間違いありません。ただ、飛散の形は自然ではありませんでした。争ってその場で散った血というより、薄く付着した、あるいは後から移された可能性があります」


 クラウディオがわずかに口元を上げる。


「科学は嘘をつかない。人間が、科学に嘘を読ませる」


 聞き取り室の空気が、静かに変わった。


 警察が追っていた血液反応は間違いではなかった。鑑識も間違っていない。そこに血はあった。だが、血があることと、そこで自然に流れたことは同じではない。


 榊が低く言う。


「血は置かれた、ということか」


「そう見せるためにな。割れたグラスも同じだ。争ったように見せていたが、破片の散り方が死体の位置と合わなかった。あれは現場に物語を置いたんだ。槻島が襲われ、揉み合い、グラスが割れ、血が飛んだ。警察がそう読みたくなるように」


「証拠を、こちらに読ませるため」


 澪奈の声は小さかった。


「そうだ。お前たちは正しく読んだ。ただ、読ませられた文章が最初から作られていた」


 少女の涙がまた落ちた。


「違う……私は、怖かっただけで……」


「怖かったことは否定していない」


 クラウディオは少女へ視線を向けた。


「お前は怖がっていた。ただし、俺を見てではない」


 少女の顔から血の気が引く。


 クラウディオは、追い詰める速度を上げなかった。彼は淡々と証拠を並べる。逃げようとする者が、次にどこへ足を置くかを見ているように。


「防犯カメラの黒髪の人物も、よくできていた。黒髪、細身、長い外套、人形を抱えて夜の庭を横切る。俺に似せるには十分だ。だが、歩幅が広すぎる。肩の落ち方が違う。右足を出す時の重心も違う。身を屈めて俺に近づけようとしていたが、身体の使い方は隠せない」


 榊は映像の静止画を見た。


 黒髪の人物。顔は見えない。だが、確かに肩の角度はクラウディオと違う。歩幅も少し広い。映像だけなら酷似している。けれど、現場で本人を見た後では、完全に同じとは言えなかった。


「足跡も同じだ」


 クラウディオは次の写真を示した。


「靴底の形は俺の靴に似ていた。だが、雨上がりの泥への沈み方が合わない。俺の体重なら、あそこまで踵が沈まない。人形一体を抱えたところで変わらない。もっと重いものを持っていたか、俺より重い別人が似た靴を履いたか。少なくとも、足跡は俺本人を示していない」


 澪奈が資料をめくる。


「沈み込みの深さについては、追加確認を依頼しています。泥の状態を考えても、体重とのズレはあります」


「繊維片もだ」


 クラウディオは、証拠袋の中の黒い繊維へ視線を落とした。


「俺の外套に似た繊維が人形棚から見つかった。だが、場所が親切すぎる。棚の奥でも、人形の関節でも、壊れた部品でもない。照明の当たる縁に一本。見つけてくださいと言っているような場所だ」


「発見されるための配置」


 榊が呟く。


「そうだ。現場に残った証拠は、残ったのではなく残された。防犯カメラ、足跡、血液反応、繊維片。全部、科学に拾わせるために置かれた。お前たちが無能だったわけではない。むしろ正しく拾ったから、正しく騙された」


 捜査員がいれば怒っただろう。


 だが、この場にいた榊と澪奈は黙った。屈辱ではある。だが、事実を否定するには、資料があまりにも正直だった。


 ルストはクラウディオを見ていた。


 クラウディオは彼を見返さない。


 見返さないまま、続ける。


「そして、証言だ」


 少女の指が机の下で強く組まれる。


「一度目は、人形部屋に入った時、槻島が倒れていて、黒髪の男が人形を抱えていたと言った。二度目は、廊下で黒髪の男を見た、男が人形部屋へ入った、後を追った、中で槻島が倒れていたと言った。順番が違う。場所が違う。男を見た時点が違う」


 榊が少女を見る。


「混乱していたとしても、重要な部分だ」


「怖かったんです……」


 少女の声は震えていた。


 今度の震えは、少し本物に近い。


 クラウディオはそれを聞いても顔を変えない。


「怖かったなら、見えたものは減る。増えない。お前は真っ暗だったと言いながら、黒髪、美しい顔、人形を抱く腕、冷たい手、薔薇の匂いまで語った。見えすぎている」


「だって、本当に見たんです」


「何を」


「男を……」


「どこで」


「……」


 少女は答えられなかった。


 窓の内側に、水滴がひとつ生まれた。


 透明な粒は、ゆっくりと硝子を伝う。外は雨ではない。部屋は白く、乾いている。だが、少女の言葉が詰まるたび、湿り気だけが増えていく。


 ルストが低く言った。


「怪異が反応している」


 クラウディオは頷かない。


「反応しているのは、恐怖か、嘘か、罪悪感か。その全部かもしれない」


 少女が顔を上げる。


「私は……何も……」


「お前は人形の涙を知っていた」


 クラウディオの声が、そこで初めて少しだけ強くなった。


「警察はお前に話していない。人形の目元に水滴があったことを。人形が泣いているように見えたことを。それなのに、お前は言った。あの人形が泣いていたから、と」


 澪奈が資料を確認する。


「人形の目元の水滴については、公開もしていません。聞き取りでも触れていません」


 榊が少女へ問いかける。


「君は、どこでそれを知った」


 少女の唇が震えた。


「……見たんです」


「いつ」


 答えはない。


 クラウディオが静かに言う。


「事件当時か、偽装の時だ。どちらでもいい。少なくとも、お前はあの人形を見ている。泣いていたように見えるほど近くで」


 少女の呼吸が乱れ始めた。


 それまでの作られた浅い震えではない。喉の奥が詰まり、肩が不規則に上下する。泣き方が崩れた。整った被害者の形が、少しずつ剥がれていく。


 ルストはそれを見ていた。


 最初の涙と違う。


 今の涙は、守られるための涙ではない。逃げ場を失った者の涙だった。


 クラウディオは、さらに続ける。


「お前の髪と衣服には、人形部屋と同じ薔薇香水の匂いが残っていた。病院の消毒液の中でも分かる程度にな。お前は自分では使っていないと言った。それは本当だろう。だが、匂いはついていた。人形部屋で、人形に、あるいは消えた人形に近づいたからだ」


 少女は首を振る。


「違う……違います……私は、ただ、言われた通りに……」


 そこで声が止まった。


 聞き取り室の空気が変わる。


 榊が身を乗り出す。


「誰に言われた」


 少女はすぐに首を振った。


「違う、違います。今のは……」


「誰に言われた」


 榊の声が、刑事のものになる。


 少女は泣きながら口を閉じた。


 クラウディオはそれ以上そこを追わなかった。


 追えば、別のものが出る。だが今、出すべきではない。少女の背後にいる者がいるなら、ここで名を叫ばせても意味は薄い。恐怖で出た名前は、簡単に否定され、簡単に汚される。もう少し泳がせるべきだった。


 ルストはクラウディオを見た。


 クラウディオは見返さない。


 その横顔は静かだった。少女を責めることに喜びはない。勝ち誇りもない。彼はただ、置かれたものを拾い、並べ、逃げ道を消していく。死体を前にした時と同じだ。雑な濡れ衣への嫌悪だけが、声の底に冷たく沈んでいる。


「つまり」


 澪奈が慎重に言った。


「彼女は、被害者として現場にいただけではない。偽装の一部に関わっていた」


「そうだ」


 クラウディオは答えた。


「吸血痕に似せた傷。血液反応の配置。カメラに映る黒髪の人物。足跡。繊維片。人形の涙。証言。全部が俺へ向かうように置かれていた。少女の役は、その最後の釘だ。黒髪の美しい男に襲われた。弱い生存者が泣きながらそう言えば、人間は信じたがる」


 榊は拳を握った。


 警察官として、少女の証言を重く見たことは間違っていない。守るべき立場に見える者を保護したことも間違っていない。だが、その善意ごと利用されていた。そう理解するには十分だった。


 少女は震えながら言う。


「私は殺してない……」


 その言葉に、クラウディオはすぐ反応しなかった。


 榊が目を細める。


「殺してない?」


「私、殺してないんです。槻島さんは、もう……もう……」


 少女は両手で顔を覆った。


 それは初めて、完全な演技には見えなかった。


 クラウディオは淡々と言う。


「殺したかどうかは、まだ言っていない」


 少女の肩が震える。


「お前がしたのは、少なくとも濡れ衣工作だ。槻島の死体を吸血鬼の仕業に見せ、俺へ罪を向ける証拠を置き、自分は被害者として泣いた。殺しそのものにどこまで関わったかは、これから調べればいい」


 少女は首を振った。


「違う……怖かっただけです……あの人形が、泣いていて……冷たくて……私、もう戻れなくて……」


 窓の水滴が増えた。


 録音機に、また微かなノイズが走る。


 泣き声に似ている。


 少女のものではない。木が軋むような、古い人形の胸の奥で何かが擦れるような音だった。


 ルストが顔を上げる。


「残響が濃くなっている」


「罪にまとわりついている」


 クラウディオは窓を見る。


「怪異は本物だ。人形の涙も、冷気も、水滴も、薔薇の匂いも、ただの飾りではない。だが、怪異が死体を作ったわけじゃない。防犯カメラを改竄したわけでもない。足跡を正確に作ったわけでもない。血液反応を都合のいい場所へ置いたわけでもない。そこは人間の仕事だ」


 榊が低く言う。


「怪異を利用した、ということか」


「利用したつもりだったんだろうな」


 クラウディオは少女を見た。


「だが、怪異は道具ではない。お前の嘘と罪悪感に食いついて、ここまでついてきた。だから病室でも水滴が出た。だから、お前は寒さに反応しなかった。だから、薔薇の匂いにも気づかなかった。感覚の一部を、持っていかれている」


 少女は自分の腕を抱いた。


 その仕草は、今さら寒さを思い出したようにも見えた。


 ルストの足が、半歩だけ動いた。


 少女へ近づこうとしたのかもしれない。


 だが、止まった。


 クラウディオはその動きに気づいた。見ないふりをしたまま、目元だけがわずかに細くなる。


 ルストはもう、最初のようには手を伸ばさなかった。


 それは少女を見捨てたのではない。涙を見た瞬間に信じることを、やめたのだ。守ることと信じることは同じではない。その境界へ、ようやく足を置いた。


 クラウディオはそれを褒めない。


 慰めもしない。


 ただ、次の証拠へ移る。


「消えた修復依頼の人形は、まだ見つかっていない」


 榊が顔を上げる。


「それが、まだ残っている」


「当然だ。あの人形が今回の中心だ。槻島はそれを俺に修復させようとしていた。依頼書の写真は剥がされ、現場からも消えた。防犯カメラの人物は、人形らしきものを抱えていた。少女も、人形を抱く男を見たと言った。つまり、誰かがあの人形を持ち出した」


「少女か、協力者か」


「または、少女にそうさせた者か」


 少女は顔を伏せたまま震えていた。


 榊は彼女へ向き直る。


「君は、誰に指示された」


「違う……」


「さっき、言われた通りに、と言った」


「違うんです……私、そんなつもりじゃ……」


「誰だ」


 少女は泣き崩れた。


 完全に崩れた泣き方だった。肩の震えも、息の乱れも、さっきまでとは違う。整った悲劇の形ではない。見苦しく、苦しく、喉の奥で言葉が潰れている。今の方が、ずっと生々しかった。


「私だけじゃない……」


 小さな声だった。


 それでも、聞き取り室の全員に届いた。


 榊が動きを止める。


 澪奈が顔を上げる。


 ルストが少女を見る。


 クラウディオだけは、驚かなかった。


 窓の水滴は、そこで止まっていた。


 だが、机の上に置かれた現場写真の一枚に、奇妙な変化があった。棚から落ちた少女人形の写真。印刷された紙の中であるはずなのに、人形の目元だけが濡れているように見えた。写真の紙面に水が浮いたわけではない。光の加減と言えばそう見える。けれど、そこだけが夜の湿気を吸ったように、鈍く光っていた。


 澪奈が息を呑む。


「今……」


「見るな」


 クラウディオが言った。


 静かな声だった。


「あまり名前を与えるな。固定される」


 榊は少女へ近づき、警察官を呼んだ。少女の身柄は確保されることになった。被害者ではなく、少なくとも現場偽装に関わった重要人物として。少女は抵抗しなかった。泣きながら立ち上がり、警察官に支えられるようにして扉へ向かう。


 扉の手前で、彼女は一度だけ振り返った。


 クラウディオを見た。


 その目には、もう「黒髪の美しい男」へ向ける作られた恐怖はなかった。もっと別の、深いところから来る恐怖があった。言ってはいけないものを言いかけた者の目。まだ背後に誰かがいる者の目。


 クラウディオは何も言わなかった。


 少女が連れていかれる。


 扉が閉まる。


 聞き取り室には、録音機の赤いランプと、資料の紙の匂いと、止まった水滴だけが残った。


 榊は深く息を吐いた。


「終わった、とは言えないな」


「最初から終わっていない」


 クラウディオは椅子へ戻らず、窓の方を見た。


「少女一人の発想にしては、濡れ衣の作りが整いすぎている。科学証拠と怪異残響を同時に使うには、知識が要る。クラウディオ・ルジェリウスという名前を使えば、警察も世間も納得しやすいと知っている者がいる」


 榊が険しい顔になる。


「あんたは、誰かに狙われている自覚があるのか」


「美しい者には敵が多い」


「真面目に答えろ」


「真面目だ。人間は、美しい異物を疑うのが好きだろう」


 榊は舌打ちしかけて、やめた。


 澪奈は資料を見下ろしたまま言う。


「科学資料は、間違っていませんでした」


「そうだ」


 クラウディオはあっさり肯定した。


「血液反応も、足跡も、繊維片も、映像も、全部正しい。だから厄介なんだ。嘘の証拠なら簡単に捨てられる。正しい証拠は捨てられない。人間は、正しいものに騙される」


 澪奈はその言葉を、すぐには受け流せなかった。


 科学は嘘をつかない。


 だが、科学に何を見せるかは、人間が決められる。


 その境界が、今夜の事件の中でひどく冷たく見えた。


 ルストが、ようやく口を開いた。


「よく見ているな」


 クラウディオは視線だけを向けた。


 ルストの声には、わずかな認める響きがあった。謝罪ではない。後悔とも違う。だが、少女を信じかけ、クラウディオを疑った男が、少なくとも今夜の見立てを認めた声だった。


 クラウディオはそれを受け取らなかった。


「探偵扱いするな」


 不機嫌な声だった。


 ルストは何も返さない。


 ただ、クラウディオの腕を掴みかけた手を、途中で止めた。


 触れなかった。


 クラウディオは気づいていたが、見ないふりをした。


 机の上の現場写真では、少女人形の目元がまだ濡れているように見えた。事件は一区切りした。少女の涙の意味も、科学証拠の置かれ方も、少なくとも一部は暴かれた。


 それでも、消えた人形は見つかっていない。


 そして、少女の最後の言葉だけが、白い聞き取り室の空気に残っていた。


 私だけじゃない。



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