共倒れの夜
大気が軋むような異音が夜を切り裂いた。
アイゼン砦の兵士たちが放った「集団連結陣」の魔力は、ジャンの工作による中枢の歪みと無秩序な突撃によって呼吸の同期を失い、行き場を失った濁流のように渦を巻いて暴走を始めた。
「術が戻ってくるぞ! 止めろ!」
絶叫は青白い閃光の中に掻き消えた。火炎嵐が巨大な逆流を起こし、術を発動していた人間兵たちの隊列へと跳ね返ったのだ。
ドオォォォォォンッ!
アイゼン砦の城壁が内側から吹き飛んだ。火だるまとなった兵士たちは、皮膚を焼かれながらも「亜人を殺せ」と叫び、森の中へと這い進んでいく。
対する亜人連合もまた、聖樹が火柱となって崩れ落ちる光景を前に誇り高き理性を失っていた。エルフは弓を捨てて短剣を抜き泥水の中へと飛び込み、ドワーフは自らの地下都市の入口を爆破して逃げ道を塞ぎ、突撃した。
あるのは、互いの存在そのものを憎悪し、命をすり潰し合う獣の群れだった。
壊滅した保護区で、ジャンは動かないセリアを抱きしめたまま座り込んでいた。足元で虚ろに震えるリュカの首筋へ、瀕死のエルフが短剣を突き立てる。リュカは静かに倒れ伏し、そのエルフもまた人間兵の投げ槍に頭部を砕かれた。
憎悪の連鎖は、命をゼロにするまで止まらない機械のようだった。
夜が明け始める頃、戦場を満たしていた地獄のような喧騒が急速に薄れ始めた。太鼓の音も、号令も、詠唱も消え失せていた。
瓦礫の隙間から立ち上がった片腕のない人間兵は、数歩歩いたところで泥の中に顔を埋めて動かなくなった。焼け野原で弓を握ったまま膝をついていたエルフも、やがて崩れ落ちた。
誰も、勝ち誇る鬨の声を上げなかった。誰も、降伏の旗を掲げなかった。
ただ、前進し引き金を引くための命が、人間側からも亜人側からも完全に尽き果てたのだ。人間は戦える世代をすべて灰に変え、亜人は血統を決定的に失った。
ジャンはゆっくりと立ち上がった。冷たくなったセリアの身体を背中に背負い、泥にまみれた母の形見の指輪を妹の指に嵌め直す。
背負った妹の重みだけが肩に食い込む。ジャンは誰を振り返ることもなく、煙が漂う灰色の地平線へと向かって歩き出した。




