エピローグ
戦火が収まってから、いくつかの季節が巡った。
だが、かつてアイゼン砦とエルフの森が境を接していた広大な土地には、いまだ青々とした草花が戻る気配はなかった。雨が降るたびに赤茶けた泥水が流れ、風が吹けば白い灰が霧のように舞い上がる。
戦争は、勝者を作らないまま終わっていた。
人間たちの領土では成人男性を失った村々が放棄され、老人と孤児たちが飢えに喘ぎながら痩せた土を掘り起こしていた。地下都市に逃げ延びたごく僅かな亜人たちも、緩慢な絶滅の時を待つように外界との関わりを断ち切っていた。
互いに相手を地上から消し去ろうとした結果、残ったのは死に体の二つの世界だけだった。
人間たちの廃墟からも、亜人たちの隠れ里からも遠く離れた、枯れた谷間の吹き溜まり。ジャンは一人、石を積み上げて作った粗末な小屋の前に腰を下ろしていた。小屋のすぐ脇には、風化した木製の小さな墓標が一本立っている。
「……セリア」
ジャンは墓標の前にしゃがみ込み、指先から小さな火種を灯した。
エルフが教えたような澄んだ青白い炎ではない。人間軍が何千人で連動させたような狂気の劫火でもない。かつて貧しい寒村で、冷え切ったスープを温めるために覚えた、粗末で小さな生活魔法の火。
ジャンはその微かな熱で、墓前に供えた名もなき枯れ草をそっと温めた。
耳を澄ませば、遠くの荒野の向こうから、食料を探して彷徨う人間の孤児や、傷ついた亜人の残党の足音が聞こえることがある。彼らは小屋の煙を見つけると、一様に警戒し、遠巻きに通り過ぎていく。
彼らがジャンを避けるのは、過去の罪を裁くためではなく、他者に関わるだけの力も気力も残っていないからだった。
世界は静かすぎた。
あれほど激しくぶつかり合った二つの種族の意地も、知性も、血の滲むような努力も、この荒野の沈黙の前には何の意味も残していなかった。
ジャンは墓標に背を預け、灰色の空を見上げた。救えなかった命の重みを背負ったまま、許されることも裁かれることもない境界の地で、ジャンは錆びた鋤を握り直した。
そして、二度と芽吹くことのないかもしれない冷たい土へ、再びゆっくりと刃を突き立てた。




