綻びと密告
「ただの物乞いです」
ジャンは左手で青い小石を背後へ隠しながら、できる限り平静を装って声を絞り出した。
「残飯を漁っていたので、追い払おうとしていただけです」
「ほう……物乞い、か」
将校は一歩間合いを詰め、掲げた松明の光でピピンの足元を照らし出した。毛むくじゃらで、人間よりも明らかに幅広く、分厚い足裏。
「……小人族ホビットの密偵だな」
将校の目が狂気的な光を帯びて見開かれた。
「貴様、亜人の回し者か! 汚らわしい裏切り者め、神聖な人間の砦に害獣を引き入れおったな!」
「走れッ!」
ジャンが叫ぶと同時に、ピピンは目にも留まらぬ速さで地面を蹴り、残飯樽を蹴り倒して暗闇へと転がり込んだ。狭い壁の隙間へと滑り込み、一瞬で夜の闇に消え去る。
「捕らえろ! 反逆者だ!」
将校が軍刀を抜き放ち、ジャンへ斬りかかってきた。ジャンは反射的に身を捻り、腰の短剣で刃を受け流す。金属同士が甲高い火花を散らし、ジャンの肩口を刃先が浅く切り裂いた。
ジャンは咄嗟に、暖炉の灰を払うための生活魔法――微弱な「送風」を足元の砂利に向けて放った。突風が地面の泥と小石を巻き上げ、将校と衛兵たちの目を塞ぐ。
「ぐあっ……! 警鐘を鳴らせ!」
砦中に甲高い鐘の音が乱打され始めた。松明の明かりが次々と灯り、何百人もの兵士たちの足音が通路を揺るがす。
「ジャン! お前、何をやっているんだ!?」
駆けつけてきた兵士の群れの中に、槍を握りしめたリュカの姿があった。血を流すジャンと、抜刀した憲兵将校を交互に見つめ、信じられないというように目を見開いている。
「嘘だろ、ジャン……お前が、スパイ……? セリアちゃんの仇を討つんじゃなかったのかよ!?」
悲痛な叫びが夜空に響き渡る。事実として、ジャンは彼らが心血を注いで作り上げた計画を売り渡そうとしていたのだ。
「追え! 逃がすな! 亜人の犬を八つ裂きにしろ!」
怒号の包囲網が狭まる中、ジャンは振り返ることなく、砦の胸壁を乗り越えて外の暗い谷底へと身を投げた。枝を折り、泥にまみれながら斜面を転がり落ちる背中に、砦の上から放たれた無数の矢が降り注ぐ。
背後で、アイゼン砦が怒りと熱狂の炎に包まれていくのが見えた。情報が漏れたことを悟った人間軍は、もはや三日後の新月を待たない。今夜、すべての兵力を動員して「集団連結陣」の強行発動へと雪崩れ込もうとしていた。




