影の中の工作
夜の帳がアイゼン砦を包み込んでも、訓練の掛け声と太鼓の音は鳴り止まなかった。松明の煙が低く立ち込め、兵士たちの流す脂汗の匂いが石壁に染み付いている。
ジャンは地下兵舎の暗がりを縫うように歩き、砦の裏手にある残飯捨て場へと向かった。粗末な木樽の影に、ぼろ布を何重にも巻きつけた小柄な人影がうずくまっている。ホビットの連絡役・ピピンだった。
「遅いですよ、前哨兵さん」
泥塗れのフードの奥から、ずる賢い瞳が覗く。
「人間どもが何を企んでいるか、掴めましたか? 明日の夜までに確かな情報が届かなければ、あの温室の妹さんがどうなるか……」
「……全部、頭に入れた」
ジャンは低く遮り、懐から小さく折りたたんだ羊皮紙を取り出した。リュカの目を盗んで書き写した陣形図と、魔力中継杭の正確な配置場所だ。
「人間軍は三日後の新月、千人規模の兵で『点火』と『送風』の生活魔法を一斉に連結させる。その焦点となるのが、前線に打ち込まれる鉄の杭だ」
ピピンは羊皮紙を受け取り、月明かりにかざして素早く視線を走らせた。その口元が歪む。
「才能も知恵もない愚民どもが、よくもまあそんな泥臭い力技を考えついたものだ。反吐が出るほど野蛮で……実に人間らしい」
「情報は渡した。セリアを解放しろ」
「おやおや、慌てないでください」
ピピンは羊皮紙を懐にしまい込み、掌に収まるほどの青い小石を差し出した。
「これだけじゃ足りませんよ。ドワーフの細工師から預かった『冷気の石』です。これを杭の基部に仕込んでおけば、人間どもが魔力を流し込んだ瞬間、熱と冷気が衝突して術式が狂う」
「……狂えば、どうなる」
「さあ? 術が霧散するか、人間どもの砦の中で暴発するか。どちらにせよ森は守られます。妹さんの命と、この砦の豚ども。どちらが重いかは分かりますよね?」
ジャンが青い小石を握りしめたその時、暗闇の奥から重い革靴の足音が響いた。
「――そこで何をしている」
鋭い怒号とともに、松明の光が路地を照らし出した。現れたのは、胸に黒い鷲の紋章をつけた憲兵将校だった。その後ろには、槍を構えた二人の衛兵が控えている。
「第十四小隊の前哨兵ジャンだな。生還してからというもの、貴様の行動には不審な点が多い。……その薄汚い浮浪児と、何を話していた?」
憲兵の手が、腰の軍刀の柄へと掛けられた。




