数と規格の暴力
「お前が無事に戻ってきてくれて、本当に心強いよ、ジャン」
リュカに連れられて歩く地下兵舎の通路は、湿気と重苦しい熱気に満ちていた。ジャンは歩調を合わせながら、監視兵の配置や砦の構造を頭の中で細かくトレースしていく。
頑丈な木扉が開かれ、案内された部屋の中央には、木と石で精巧に作られた巨大な立体地図が鎮座していた。エルフの聖樹がそびえる大森林、ドワーフの地下坑道へ続く山脈、そしてこのアイゼン砦の位置関係が克明に再現されている。
地図を取り囲むように、羊皮紙の束が何十枚も壁に貼り出されていた。そこに記されていたのは、魔法の理論書ではなく、無数の数字と矢印――泥臭い「時間割」と「隊列表」だった。
「これが、俺たちの総力戦の全貌だ」
リュカが誇らしげに胸を張る。
「亜人どもは、自分たちの血筋や才能で高度な魔法を操る。だが、俺たち人間にはそんなものはない。だから――これだ」
ジャンは壁の陣形図に目を走らせ、息を呑んだ。
『第一波:点火手・千二百名による熱量充填』
『第二波:送風手・八百名による指向性風圧付与』
『第三波:土掘り手・五百名による地面乾燥・酸素供給溝の展開』
生活魔法――ただの焚き火を起こし、涼を取り、畑の土を耕すための、人間なら誰でも使える微弱な術。
それを、何千人という兵士が太鼓の拍子に合わせて一斉に発動し、連動させる。
微弱な火種が千二百集まれば、巨竜の吐息に匹敵する熱塊になる。そこに八百人分の送風が加われば、風速数十メートルの火炎嵐となって森を呑み込む。知能の高い亜人から「害獣」と見下され、痩せた土地に追いやられてきた人間たちが、血と汗を流して絞り出した執念の結晶だった。
「前線の要所に、この『魔力中継杭』を打ち込む」
リュカが机の上にある、粗末な鉄と水晶でできた杭を指差した。
「兵士たちから集めた微弱な魔力をこの杭で束ねて、一気に森の防壁へ向けて解き放つ。三日後の夜、新月の闇に乗じて全軍で発動する。……ジャン、お前が森の風向きや窪地の位置を補正してくれれば、百発百中だ」
「……この杭が、術の要なのか」
「ああ。これが術式の焦点を合わせるレンズみたいなものだ」
リュカの目は澄んでいた。故郷の寒村を飢えから救うため、そして死んだと思っているセリアの無念を晴らすため、彼はこの無差別破壊の兵器を心から信じていた。
(この杭を狂わせれば、術は暴走する……)
だが、術が暴走すればどうなる?
森を焼き尽くすはずの業火は、この砦にいるリュカたち、何千人もの泥臭い同胞たちをも巻き込んで焼き尽くすことになる。
「どうした、ジャン? 顔色が悪いぞ」
心配そうに覗き込んでくるリュカの顔を、ジャンは直視できなかった。ポンと肩を叩かれたその手の温もりが、ジャンには焼けた鉄のように重く感じられた。




