鳥籠の妹
木漏れ日が柔らかく差し込む大樹の回廊を抜け、案内された先は、ドワーフの緻密な石組みとエルフの洗練された植物建築が融合した静謐な離れだった。窓からは手入れの行き届いた中庭が見え、風に乗って薬草の清涼な香りが漂っている。
「……セリア?」
部屋の奥、陽だまりの椅子に座っていた少女が勢いよく顔を上げた。
「お兄ちゃん……!」
駆け寄ってきた妹の身体を抱きしめた瞬間、ジャンは強い違和感に言葉を失った。
粗末な輜重隊の服ではなく、肌触りの良い純白の麻布で仕立てられた、亜人特有の幾何学模様が刺繍された衣服。手首に枷はなく、肌は清潔で、血や泥の臭いなど微塵もしなかった。かつて寒村で泥にまみれて畑を耕していた妹の手は、驚くほど柔らかく、温かかった。
「怪我は……ないのか? 乱暴なことは、されてないのか」
「ううん。何一つ、酷いことはされていないよ。温かいご飯をもらって、ここにいる方たちは、みんな親切にしてくださるの」
部屋の隅に置かれた机の上には、丁寧に煎じられたハーブティーと、緻密な図解が描かれた本が開かれていた。それは人間界では手に入らない、高度な生活魔法と薬草学の専門書だった。
「これ……お前が読んでいるのか?」
「うん。エルフの司書様が教えてくださったの。火種を起こすのだって、息を切らして魔力を練る必要なんてないのよ。少し意識の通り道を整えるだけで、こんなに簡単に……」
セリアが指先を宙で滑らせると、一切の煤煙を出さない純粋で澄んだ青白い炎が、ふわりと灯った。ジャンたちが軍で「これ以上の火力は出ない」と泥臭く教え込まれてきた粗野な生活魔法とは、まるで別次元の美しさと効率を持っていた。
「ここに来て、分かったのお兄ちゃん」
セリアは炎を消すと、兄の煤けた手を両手で包み込んだ。
「人間軍の砦で叫ばれていることは、全部嘘。亜人の方たちは、野蛮な化け物なんかじゃないわ。高い知恵を持って、自然と調和して生きているだけ……。森を焼き払って、力尽くで奪おうとしている私たち人間のほうが、狂っているのよ」
純粋な善意から紡がれる妹の言葉が、ジャンの胸に鋭く突き刺さる。
セリアは気付いていない。自分がこうして手厚く保護されているのは、人間としての尊厳を認められたからではなく、知能の高い亜人たちにとって「無知な人間を教化する観察対象」であり、兄を確実に操るための「美しい人質」に過ぎないという現実に。
扉の影で、監視役のエルフとホビットが、温室の小鳥を眺める愛好家のような冷徹な嘲笑を浮かべていた。
「……ああ、そうだな、セリア。お前が無事で、本当によかった」
ジャンは胸の奥で苦汁を飲み込み、歪んだ笑みを作った。
「用事を済ませて、すぐ戻る」
「待ってるね、お兄ちゃん」
無垢な笑顔で見送る妹に背を向け、ジャンは部屋を出た。重い鉄扉が閉まる瞬間、木漏れ日の暖かさは消え去り、冷徹な現実の闇が再び彼を呑み込んだ。




