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異空転記~異なる空の下へ~  作者: 鵬 龍稀
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第二章 第八話 動き出した歯車

 ゆるゆると瞳を開ける。

 灰色にくすんだ色の羽。

 壁に埋め込まれた手足。

 その壁に刻まれた呪い。

 忌み子として生まれた。

 その報いを受けている。

 ずっと願い続けている。

 ずっと想い続けている。

 いつの日かいつの日か。

 この呪いからの解放を。

 ただ心から願っている。


▽   ◇   △   ◇   △


 涙が頬を流れ落ちる感覚で目が覚める。外は仄(ほの)かに明るくなり、夜明けが近い事を示している。部屋に置いてある光源は全て落ちていた。

〔主(あるじ)。どうした?〕

 起きる時間ではないにもかかわらず、突然フィリスティアロスが目覚めた事が気になったのか、コシュンが首を擡げて問い掛ける。

「……夢……か、何か、解らないが……、何かが視えた……」

 コシュンを手招き、近寄って来た体躯に腕を回してしがみ付く。フワフワな毛並みに顔を埋め、無遠慮に掻き乱された感情を抑えようと努力する。

 初めての感覚。誰かに何かを訴えられているような、何かを忘れているような、漠然とした不安。制御出来ず、体が震えているのが己でも解る。

〔その思念に害意は無いだろう。不穏な気配は無い〕

 フィリスティアロスを護るのはコシュン。神獣種に害意を気付かせず傍に寄ることなど、相当の実力者でなければ不可能。誰かが近付いて来る、そんな気配も無かった。

 体躯に回した腕から震えが伝わったのか、潰さないように気を付けながら再びベッドに寝そべる。

〔まだ夜は明けていない。もう暫く眠ったほうがいい〕

 この世界に生を受けてから巻き起こっていた騒動が先日ようやく終息した。

 産まれた瞬間に命を狙われ、仔を守る為に反乱が起きた勢いのまま皇家は粛清へと乗り出した。その流れに飲まれ、濁流を下るように一気に駆け抜けた日々。

 結果、首謀者だったジスカーン関係者は全員死罪。アベンテテラも助かったのは僅か。刑も密やかに、だが迅速に執行され、ようやく穏やかな日々が幕を開けようとしていた。

 粛清に動いていた間に溜まりに溜まった書類に忙殺されている者も中には居たが……。

 その矢先の出来事である。まるで騒動が落ち着くのを待っていたかのようなタイミングに、コシュンは己の主を眺める。傍に在る体温に安心したのか、再び眠りへと誘われようとしている小さな主。

 外見とは裏腹に、身に宿す力は大きくその肩に圧し掛かる期待もまた大きい。

「…………私は……何を……」

 すればいい。最後まで紡がれる事無く眠りに飲み込まれていく。外見は成長しているとはいえ、生まれてから三ヶ月ほどしか経っていない。その三ヶ月も平穏とは程遠く、誰かが何かを教えるような時間も余裕も無かった。

 未だ第四皇子の親衛隊は決まっておらず、その件についてもようやく着手出来るという段階である。

〔難儀だな……〕

 器用に前足を使い、小さな体を引き寄せた。どれだけの荷を背負っているのか解らない。生まれた時から既に次代の魔属竜皇という荷を背負っていた。そしてリフィルロギュナーの名付けによって決定付けられ、将来は決まったと言ってもいい。

 帝国の第四皇子としての立場より、次代の魔属竜皇としての立場が優先される。これから先、どんな苦難が待ち受けているのか、誰にも想像出来なかった。


▽   ◇   △   ◇   △


 自室での朝食を終え、部屋の中にはフィリスティアロス付きのメイド二人と、コシュン。部屋の主はソファーに体を沈ませて唸っていた。

 ソファーの前のローテーブルには、深緑を基調とした隊服が一式揃えられている。それはフィリスティアロスの親衛隊用の隊服で、諸々の手続きが終わり、ようやくティグクレアルスが親衛隊員として配属される為、用意された代物だった。

 近衛隊の隊服は緋と白を取り入れ、ルクルケツァクルの親衛隊の隊服は赤を基調として作られている。エラルディートの親衛隊は濃紺を、キャスティーヌの親衛隊は紅と紫の二色が使ってある。ナラフラレクトの親衛隊は同系統ではあるが、橙と黄の二色が使われていた。

 それぞれが持つ一番大きな力を色で表しており、その隊服と合わせてピアスを送る事が正式な親衛隊員であるという証であった。約一ヶ所、枠に当て嵌める事ができない部隊が存在しているが、帝国の長い歴史の中での慣わしの一つである。

〔主(あるじ)。先程から主の指先辺りが混沌としているが、何をしている〕

 フィリスティアロスの指先が動くたびに様々な属性の魔力が一度に動いている。狭い範囲の事の為、特に結界などは張っていない。

「ルクル兄上に言われたように、ピアスの準備をしようと思うんだが……、中々思い通りに行かないな」

 元となるのは己の左腕に鎮座している11属性で編んだ糸。今回は全種を入れず魔力だけで編み上げた。それだけでも脅威だが更に玉を嵌め込むのだという。

 ルクルケツァクルに借りた親衛隊用のピアスを手本に、四苦八苦しているのだった。

〔玉は何を入れるつもりだ?〕

 完全にソファーに納まっているフィリスティアロスの足元に寝そべり、何気なく問う。

「ん? 主に風玉、雷玉、飾りに焔玉、氷玉、樹玉、空玉を配するつもりだ」

 そして事も無げに返された答えに、思わず頭痛を覚えても仕方がない。

〔どうやって加工するつもりだ……。それは……〕

「加工? 出来たピアスの大きさに応じて凝縮するつもりだが?」

 当然のように返された答えに前足で器用に額を押さえる。フィリスティアロスを常識に当て嵌めて考えてはいけないという事を忘れていた。控えているメイドの表情も笑顔のまま凍りついている。

 第四皇子(フィリスティアロス)の側付きになる以上、覚悟を決めろとメイド長に言われて来たが、ようやくその意味を理解し始めたところだった。

〔……第一皇子……。俺には止めれん〕

 糸を楽しそうに操るフィリスティアロスを諦観の体で見遣り、くれぐれも暴走を引き起こさないようにと頼んでいたルクルケツァクルに謝る。

 弾けた暴走であればコシュンとて身を挺して制止する事も出来る。だが、静かに音も無く通り過ぎる暴走を止める手立てを持ち合わせていない。いつ爆発するか解らない爆弾を相手に、手の出しようが無いと言うのが本音であった。

〔第一皇子の凍り付く笑みが目に見える〕

 形が決まったのか、糸の動く気配が止まった。チラリと盗み見れば、それは精巧な銀細工が小さな手の平の上で鎮座している。まだ玉が入っていない為、眺めていられる代物だが、玉を嵌め込んだときどんな一品になるのか、想像も出来ない。

「『風玉』、『雷玉』」

 一瞬にして出来上がる玉。桁外れの力があるからこそ出来る事であり、創塊(そうかい)を短時間で終える事が出来るのはさすが皇家の血筋としか言いようが無かった。

「『焔玉』、『氷玉(ひぎょく)』、『樹玉(じゅぎょく)』、『空玉(くうぎょく)』」

 先程の二つよりは少ない力の流れ。だが四種を一度に操る能力に、唸る事しか出来ない。

「…………ありがとう。………………『定着』」

 感謝の言葉に精霊達が喜びに沸く。その様子を微笑ましく見守りながら創り上げたのは笑顔も凍り付く代物。それを朝起きてからの短時間で玉まで嵌め終わっている。

 恐る恐る覗いたピアスは各々の玉が反発せず、絶妙の力加減で配された代物であった。

「どう思う? コシュン」

 自慢げに見せて来る物を見て、言葉が出てこない。

 プラチナが封印の役目を担っているのか、漏れ出る力は微々たる物。外観を見ただけでは殆ど力が篭っていないと言ってもいい。だが、内包する力は予測も付かない。

 上位玉四種に空玉。その五玉が反発もせず鎮座していると言う事実。

 ルクルケツァクルにお目付け役を暗黙の了解で賜っていながら、危険物の作成を止める事が出来なかった。そして、その危険物を危険物と認識していないフィリスティアロスは己の親衛隊の為に創り続けるだろう。

 唯一の救いは、傍目に見れば軽い守護術が掛かっている程度にしか見えない所か。

〔第一皇子に聞いてみてくれ〕

 言葉を探しきれなかったコシュンは、結局全てを長兄へと放り投げた。物事を正しく見極める事ができる目を持つルクルケツァクルである。末弟が何を創り出したのか見抜くはずで、コシュンに対する無言の重圧が今から予想出来た。

「これは、『有り』か? 『無し』か?」

 コシュンの様子から何かを感じ取ったのか、真剣な表情で問い掛ける。

〔……正直に言えば、『無い』。普通の者が創り出せるような代物ではない〕

 きっぱりと言い切られ、フィリスティアロスの口元に苦笑が浮かぶ。

「んー……。……封じて置けば問題ないな」

 重ねて掛けられたのは完全な封じ。それでも護りの役割は果たす物。凶悪性は変わりないが、普段付ける物であれば問題ないレベルまで落ち着いていた。

〔主……。弄るのが面倒になったな…………ぐ……ふっ…………〕

 口が滑った直後の重みと衝撃。ソファーに座っていたフィリスティアロスが寝そべっているコシュンの上に飛び降りたのだ。

〔…………主〕

「口は災いの元だ」

 そのままフカフカな毛並みを堪能する。普通の獣では無いからこそ突然の落下物に牙を剥かないだけであり、野生の獣に同じ様に接すれば流血間違いなしである。

 ゴロゴロとコシュンの上で遊ぶフィリスティアロスに付いたコシュンの毛は、風の精霊達がせっせと取り除き不用物入れ(ゴミ箱)へと運んでいる。至れり尽くせりな環境に、コシュンはただされるがままにじっとしているしかない。

〔主は、俺への遠慮が全く無いな〕

 ぼやく様に吐いた言葉に、体の上ではしゃいでいた動きが止まる。その言葉に本音を感じ取ってしまった。相手をするのが疲れる。そういう本心を……。

「じゃぁ、今から遠慮しよう。『琥瞬(こしゅん)』」

 一線を引こうと思えばいつでも引ける。リフィルロギュナーに己の『守補佐』と言われたからこそ、包み隠さず接してきた。その接し方が鬱陶しいと思われているのであれば、接し方を変えるだけだ。

 ピアスを持ったままコシュンの上から退き、再びソファーに戻る。フィリスティアロスの態度が一変した事を不審に思いつつ、重りが体の上から無くなった事に安堵の溜息を吐いた。

「あぁ……、緊張してきた」

 ソファーに身を預けて瞳を閉じる。予定ではもうそろそろ。ルクルケツァクルに伴われ、フィリスティアロスの親衛としてティグクレアルスが来る。

 初めて目にした時はどうしたらいいのか解らなかった。二度目に目にした時は忌まわしい呪縛に囚われていた。そして三度目。勢いのまま、半ば押し切る形で己の親衛隊へ押し込んだ。あの場を収めるにはいい選択だと思うが、それはフィリスティアロス側の話であり、ティグクレアルスがどう思っているのか知る事は出来ない。

 親衛隊の一員としてピアスを受け取ってくれるかどうか、それすらも霧の中であった。


▽   ◇   △   ◇   △


 差し出されたピアスを前に、困惑する青年が一人。その困惑が手に取る様にわかる白虎が一頭。生み出された爆弾に頭を抱える長兄。三人の困惑の理由が解らず、首を傾げる当事者一名。

「あー、ティグ。別に触れても爆発はしない」

 受け取ろうと腕を伸ばしたまま固まってしまった部下に、先を促す。既に深緑の隊服に身を包んでおり、フィリスティアロスの親衛隊員としての辞令も下された。

 ピアスを受け取る事に何の問題も無いのだが、差し出された物を見抜ける目の持ち主だっただけに受け取る事を躊躇ってしまった。

「は……」

 促され、小さな掌からピアスを受け取る。かすかに感じる守りの気配。それはプラチナと封印のお陰で漏れ出る事を最小限に留めているだけであり、もしもの時にピアスがどんな効力を発揮するのか、知るのはフィリスティアロスただ一人だった。

「兄上のピアスを手本にしながら創ったんだが、何しろ初めてで……。不恰好ならすまない」

「勿体無き御言葉です。…………身に余る光栄」

 震える手を誤魔化しながら、受け取ったピアスを左の耳朶に嵌める。

「うん。似合ってる」

 身を覆う加護の膜。それは紛れもないピアスの恩恵。

 満足気に笑うフィリスティアロスに、深く、深く頭を下げたのだった。

「まぁ、そのピアスしていれば下手なちょっかいも無いだろう……。

 ティグクレアルス。末弟・フィリスティアロスを頼む」

 ルクルケツァクルが何処からとも無く取り出したのは粛清の折、捕らえた時に取り上げたティグクレアルスの愛剣。

「もう一度この剣で、護って欲しい」

 まさか再び手にする事が出来るとは思っていなかったのだろう。瞠目すると、渡された剣を捧げ持った。

「ティグクレアルス・シェルクル、この命尽きるまでフィリスティアロス様に誠心誠意、全身全霊を持ちお仕えする事を誓います」

 剣を脇に置き、フィリスティアロスに向かって口上を述べる。それが親衛隊員としての初めての仕事と言ってもいい。

「あぁ。貴方の守り、頼りにしている」

 跪くティグクレアルスの手を取って立ち上がらせると、ソファーへと誘導していく。これからの事を詰めなければならないし、やらなければならない事はたくさんある。

 そんな末弟とティグクレアルスを見遣りながら、ルクルケツァクルは部屋の隅で寝そべったまま動かないコシュンへと視線を向けた。

《危険物は回避するように頼んだはずだが?》

 多少恨みの篭った念話。

《……止めようと、努力はした》

 それに返される、何処か不貞腐れた答え。

 頭の隅では止める事は出来ないと解っていた。何しろ存在自体が未知数。知ろうにも知る時間はほぼ無かったと言っていい。そんな中でコシュンだけを責める事は出来ない。

《創られた物は仕方が無い……。これから先の頭痛の種が増えた》

 フィリスティアロスの親衛であるという証明のピアス。これから増える事は確定事項。人選は誤れないと、ソファーで楽しそうに喋っている末弟に視線を移し、痛みを訴えるこめかみを押さえたのだった。

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