↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉の身代わりで嫁いだ私を、旦那様は「誰にも返さない」と言いました  作者: 星舟能空


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/37

第03話 偽物は二人いました

「先に俺から話す」

 男は扉を閉めると、椅子を引いた。

 ミラが座ってから、自分も向かいに腰を下ろす。その順序にさえ、嘘をついている人の礼儀があるのだと、変な感心をした。

「ヴァレリウスは兄だ。俺は次男のルーカス。二十五歳で、病気もしていない」

「それは、存じております」

「……どこまで?」

「ご病気でないことは」

 彼は少し肩を落とした。

「兄は来なかった。父は、家の恥を表へ出すなと命じた。昔からここで働いている俺が代わりに式へ出れば、町は落ち着くと。君の家には、病が残っているので姿が変わったと説明するつもりだった」

「肖像画は?」

「七年前の物だっただろう。まだ兄弟で似ていた頃だ」

 片方は三年前、片方は七年前。

 両家の親たちは、肖像画にたいへんな期待をかけている。

「なぜ、お兄様は?」

「わからない。婚約が決まったときは喜んでいた。ここへ来る支度もしていたのに、三週間前から返事が途絶えた。父は理由を知っているらしいが、俺には話さない」

 蝋燭の炎が揺れた。

「君には、断る権利がある。こちらの非だ。帰りたいなら護衛をつける。ご実家へは、俺の責任で説明する」

 ミラは、自分の親指を見た。

 針の傷はもう閉じていた。姉の衣装を直したことまで、なかったことにはならない。

「私は、セレーネではありません」

 言えた。

 ただ一度、自分の口で言っただけで、空気が違って感じられた。

「妹のミラです。二十一歳です。姉は砦で暮らすことを嫌がりました。病気の方を看るのも嫌だと。それで、父と母が私を」

 ルーカスは瞬きをした。

 それから卓へ肘をつき、額を手で押さえた。

 怒られる、とミラは思った。

 だが聞こえてきたのは、ひどく抑えた笑い声だった。

「すまない。笑うところじゃない」

「いいえ。私も先ほどから」

「二軒とも、同じことを?」

「そのようです」

「親たちを、向かい合わせに座らせたい」

「きっと、相手にだけ怒ります」

「間違いない」

 目が合い、今度は二人とも笑った。

 ひどいことだった。ひどいことなのに、片方だけが偽物だと思っていたときには見えなかった、ばかばかしさがあった。

 そしてミラは、ひどくほっとしていた。

 ルーカスが悪いことをしたからではない。

 今この部屋で、自分をミラと知っている人が、一人増えたからだった。

「では、明日の式は中止だな」

 彼が言う。

 ミラの笑いが止まった。

「そう、ですね」

「君を巻き込むわけにはいかない」

 正しいことを言う人だった。

 だからこそ、言いにくかった。

「……帰る場所が、あまりありません」

 彼は口を開かなかった。

「家はあります。でも帰ったら、今度は修道院へ入れられるそうです。私が何かを選ぶ話ではなくて。姉の服を汚さずに帰ったかどうかの話になると思います」

「ここにいていい」

 返事は早かった。

「客として。嫁がなくていい。リネ殿の傷が治るまででも、その後でも」

 ミラは彼を見た。

 親切にされると、何を渡せば釣り合うのか考えてしまう。今、自分が渡せるものは、姉の名のついた婚約だけだった。

 それを差し出そうとした言葉を、飲み込んだ。

「あなたは、どうなりますか」

「父に怒られる」

「それだけですか」

「……この砦から外されるだろう。父は最初から、兄をここの主にしたがっていた。ここは王国から直接預けられた土地だ。継ぐのに町の承認が要る。俺が断れば、別の親族を据えるはずだ」

「あなたは、ここにいたいのですね」

 彼は蝋燭の向こうを見た。

「十二の頃から、半分はここで育った。冬の風で門が鳴る音も、誰の家の煙が細ければ薪を運ぶべきかも知っている。まだ、ここでやりたいことがある」

 ミラは窓へ目を向けた。暗くて町は見えない。けれど煙突の煙を思い出すことはできた。

「偽物だと知っても、二人で式に出たら、もっと悪いことになりますね」

「なる」

「でも、誰にも話さなければ、結局また親の決めたことになります」

 ルーカスが姿勢を正した。

「町の方には、話せませんか」

「明日の立会人には話せる。全員の賛成をもらえるとは限らない」

「全員が嫌だと言ったら、やめましょう」

「一人でも強く反対するなら、式は延ばす」

 ミラは頷いた。

 彼のほうへ少し近づいた気がした。


 深夜の食堂には、六人が集まった。

 家令のバルト、医師のマルタ、橋番のノア、粉屋の老女ベス、守備隊長のガレス、そしてリネだった。エダは茶を持ってきて、出ていこうとして、ベスにつかまった。

「お前も明日、鐘を鳴らすんだろう。聞いときな」

 事情を話し終えると、最初に口を開いたのはノアだった。

「つまり、いつもの若様が、そのまま主になるんですね」

「偽名でだ」

「名前で橋を直すわけじゃないんで」

 ガレスが咳払いした。

「そう簡単にはいかん。王都から問われたとき、我々まで虚偽を述べたことになる」

「では、式では名前を呼ばないというのはいかがでしょう」

 ミラが言うと、全員が彼女を見た。

「誓う相手の名前は、必要ですか」

 バルトは考え込み、それから首を振った。

「古い式次第では、ここに立つ者、と呼びかけます」

「なら、その通りに。私は姉の経歴も、姉の功績も名乗りません。セレーネ様と呼ばれたら、すぐには訂正できないかもしれません。でも、この席では、私の名前を知っていてください」

 膝で指を握った。

「ミラです。できることは多くありません。でも、人の手柄を自分のものだとは言いません」

 ベスが、彼女の指を見た。

「あんた、縫物をするね」

「はい」

「その親指は?」

「衣装を直していて」

「明日着る分?」

 頷くと、老女は立ち上がった。

「持ってきな。寝不足の花嫁に針を持たせちゃ、血染めの婚礼になる」

 リネが、初めて声を上げて笑った。

 ガレスは最後まで渋い顔だったが、ルーカスを見て言った。

「隠し続けるつもりなら反対です」

「春までに、王国へ事実を申し立てる。その責任は俺が負う」

「私もです」

 ミラが言うと、彼は止めなかった。

「二人で負う」

 それが、その夜の最初の約束になった。


 部屋へ戻る廊下で、ルーカスが足を止めた。

「まだ断っていい」

「あなたもです」

「俺は、君となら結婚したいと思っている」

 ミラは呼吸を忘れた。

 彼は慌てて続けた。

「その、今のは、困っている者同士だから、というだけじゃない」

 言い直したあと、彼はかえって困った顔になった。

「橋で、乳母殿を先にと叫んだだろう。岸へ着いたら、自分も震えているのに、あの人を笑わせた」

「泥汚れの話ですか」

「ああ。夕食でも、窓枠のことを言われて、また笑った。明日も君と話せたらと思っていた。名前を聞く前から」

 ミラは廊下の灯りを見た。見ていないと、顔に出てしまいそうだった。

 姉に似ていたところは、一つも挙がらなかった。

「お姉様なら、もっと上手にお話しできます」

「君の続きが聞きたいんだ」

 返事が近かった。

 顔を戻すと、ルーカスは目を逸らさずにいた。

「もちろん、客として残ってくれても嬉しい。でも、明日、俺の隣に立ってくれるなら、もっと嬉しい」

「……そのようにおっしゃると、断りにくくなります」

「すまない」

「嫌だからでは、ありません」

 ようやく言うと、彼の口元が緩んだ。その顔を見て、ミラの頬まで熱くなった。

「寝室は別に用意させる」

「……まだ、その心配まではしておりませんでした」

 ルーカスの耳が赤くなった。

 それを見ているうち、ミラまで顔が熱くなった。

「私も、あなたとなら。少なくとも、窓枠を持ってきた方を、間違って好きになる心配はありませんから」

「忘れてくれないんだな」

「たいへん印象的でしたので」

 彼は笑って、初めて彼女を名前で呼んだ。

「おやすみ、ミラ」

 借り物の衣装を脱いでも残るものが、一つできた。

「おやすみなさい、ルーカス様」

 自分の部屋へ入ってから、ミラは胸元の小さな石を握った。

 明日、結婚する。

 姉の代わりに来た場所で、姉が選ばなかった男と。

 けれど今夜、その人と結婚すると決めたのは、ミラ自身だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。