第7話 地獄のコンニャクこね職人、爆誕
第7話 地獄のコンニャクこね職人、爆誕
芋洗いを終えた翌朝、レイモンドは両手の痛みで目を覚ました。宿舎の細い寝台から起き上がると、指は赤く腫れ、手のひらには潰れかけた水ぶくれが三つできていた。隣の寝台ではノルが紺色の靴下を薪ストーブの前へ干し、その横で昨夜の残りらしいリンゴを小さな布で磨いていた。レイモンドは痛む腰を伸ばし、今日からは帳簿か出荷管理を任されるだろうと考えた。
「芋はすべて洗った。これで私の能力は証明できたはずだ」
「ずいぶん大きく出たな。俺には、芋の山へ何度も文句を言っているように見えたけど」
「最後まで終わらせたことが重要なのだ。今日は農園主も、私をもっと適切な仕事へ移すだろう」
「そうだといいな。ところで、寝癖がすごいぞ」
レイモンドは手櫛で髪を直し、昨日と同じ焦げ茶色の作業着へ腕を通した。布地には乾いた泥の跡が残り、長靴の内側はまだ少し湿っていた。食堂へ行くと、朝食には豆と刻んだ人参の麦粥、それから薄く切った黒パンが出された。手の痛みで匙をうまく握れなかったが、彼はパンを粥へ浸し、鐘が鳴る前に器を空にした。
「今日は事務所へ行けばよいのだろう」
食器を洗っていたマルタは、栗色の作業着の袖で手を拭き、にやりと笑った。彼女の前掛けには小麦粉が付着し、片方の靴紐だけが赤いものへ替えられていた。レイモンドが赤い靴紐へ目を向けると、マルタは「昨日、猫にかじられたのさ」と、本筋とは関係のない説明をした。それから食堂の裏にある、白い湯気の立つ製造小屋を指さした。
「今日の仕事場は、あそこだよ。事務所とは屋根の形が違うだろう」
「芋洗いは昨日で終わったはずだ」
「洗っただけでコンニャクになるなら、世の中の川はコンニャクだらけだよ」
「では、今日は何をする」
「こねるのさ。農園主から、製造工程を最初から覚えさせるように言われている」
製造小屋へ入ると、湿った熱気が顔へまとわりついた。窓ガラスは湯気で曇り、太い梁からは洗った白い布と前掛けが何枚も干されていた。作業台には粉砕されたコンニャク芋の原料が桶に入れられ、奥にはレイモンドの肩ほどの高さがある大鍋が三つ並んでいた。原料は灰白色で、木べらを差し込むと、重く粘って糸を引いた。
「この鍋を使うのか」
「見れば分かるじゃないか。今日は一鍋、あんたに任せるよ」
「一鍋とは、これをすべてか」
「半分だけこねて、残りを明日に回せると思うのかい」
「機械はないのか。水車か何かで動かせばよいだろう」
「そんな立派なものがあるなら、あんたを雇っていないよ」
隣の作業台では、リーネという若い女性が薄茶色の作業着を着て、長い木べらを確かめていた。彼女は小柄だったが、腕まくりした前腕には細い筋肉がつき、動かす前から道具の重さを知っているように構えていた。淡い金色の髪は白い布の中へきっちり収められ、胸元には昼食用らしい小さなパン袋が下がっていた。レイモンドが鍋をのぞき込む横で、リーネは手際よく原料の温度を確かめた。
「まず原料を底から持ち上げ、全体を返すように混ぜます。速すぎると気泡が入りますし、遅すぎると固まり方にむらが出ます」
「混ぜるだけなら、説明を受けるほどの仕事ではない」
「そう思うなら、やってみてください。鍋は口より重いですよ」
「私は元伯爵だ。料理人が仕事をするところは何度も見てきた」
「ここでは、上手に練れる人のほうが偉いです。元伯爵という肩書きで原料が固まるなら、鍋の前へ紋章でも飾っておきます」
レイモンドは木べらを両手で握り、鍋の底へ差し込んだ。最初の数回は簡単に動かせたため、これなら芋洗いより楽だと考えたが、粘りが出るにつれて木べらが原料へ引っ張られ始めた。十分もたつと肩が重くなり、水ぶくれの上へ道具の柄が当たるたび、指先に鋭い痛みが走った。隣のリーネは同じ速さを保ち、鍋の底から原料を持ち上げるように淡々と混ぜていた。
「そろそろ交代してもよいだろう」
「誰と交代するんだい」
「作業員は大勢いる。順番に担当すればいい」
「みんな、自分の鍋を担当しているよ。口を動かす力が残っているなら、腕を動かしな」
マルタは大きなお玉を持ち上げ、鍋の縁をかん、と打ち鳴らした。金属音が製造小屋へ響き、驚いたレイモンドの木べらが一瞬止まった。すると鍋の中央に小さな塊ができ、リーネがすぐに木べらの先で示した。レイモンドは塊を潰そうと力任せに混ぜ、今度は原料の中へ空気を巻き込んでしまった。
「止めない! あなたの休憩に合わせて、コンニャクは固まってくれません!」
「急に音を鳴らすな。手元が狂ったではないか」
「あんたの手元は、最初から狂っているよ。力だけでかき回すんじゃない。底から返すんだ」
「私は言われたとおりにやっている」
「言われたとおりにできていたら、そんなに泡は立ちません」
リーネが自分の鍋を混ぜながら、冷たい声で指摘した。レイモンドの鍋には細かな気泡が浮かび、白っぽい筋が何本もできていた。彼は泡を消そうと木べらを深く突っ込み、さらに速く混ぜたが、今度は鍋の縁から原料が飛び出して前掛けへ付着した。熱を含んだ粘り気のある原料が胸元を滑り落ち、彼は慌てて手を離しかけた。
「熱い。少し待て!」
「止めない! 布で拭くのは私がやる!」
マルタが濡らした布で前掛けを拭く間も、レイモンドは木べらを動かし続けた。三十分を過ぎると腰の奥が痛み、足を開いて立っても、狭めても楽にならなかった。一時間後には額から流れた汗が眉毛を越え、鼻先と顎から鍋の外へ滴り落ちた。生成り色だったシャツは背中へ張りつき、首へ巻いた汗拭き布は絞れるほど濡れていた。
「こんな仕事を毎日しているのか」
「製造日は毎日だよ。食べる人は、あんたの腕が痛くなくなるまで待ってくれないからね」
「もっと力のある男に任せればよい」
「力だけでは駄目です。温度が下がったら速度を少し変えますし、粘りが強くなったら木べらの角度も変えます」
「先ほどは力が弱いと言ったではないか」
「力、速さ、温度の全部を見るんです。一つだけ考えていたら、良いコンニャクにはなりません」
リーネは自分の鍋へ凝固剤を加え、全体へ素早くなじませてから、木枠へ流し込んだ。表面は布を張ったようになめらかで、大きな気泡は一つも見えなかった。対してレイモンドの原料には大小の泡が残り、場所によって粘りも違っていた。マルタは指先で少量をすくって状態を確かめると、眉間へしわを寄せた。
「急いで木枠へ移すよ。これ以上置くと、鍋の中で固まる」
「ならば、誰かを呼べ。私は腕が動かない」
「自分の鍋は自分で運ぶ。リーネ、反対側を持っておくれ」
「元伯爵様、足元を見てください。転んだら、今日の仕事がすべて床に広がります」
「元伯爵様と呼ぶなら、もう少し敬意を込めろ」
「今は鍋を落とさないことに、敬意を使っています」
三人で原料を木枠へ流し込み、表面をならした。レイモンドは形になったことで、どうにか商品へできたと思い、作業台へ両手をついた。腕は肩から指先まで細かく震え、曲げた腰を伸ばそうとすると、背中の筋肉が引きつった。マルタは彼に水の入った木杯を渡したが、まだ仕事は終わっていないと言って、鍋の内側に残った原料をへらで集めさせた。
「一鍋を作るだけで、なぜこんなに時間がかかる」
「昨日まで芋だったものを、食べ物に変えているんだ。泥を落とせば終わりという仕事じゃないよ」
「王都では、切って煮るだけの簡単な料理に見えた」
「簡単に食べられるように、見えないところで手をかける者がいるんです」
「私が屋敷で食べていた料理も、そうだったのか」
「料理人がいたのなら、そうでしょう。勝手に皿へ料理が現れたわけではありません」
昼を過ぎ、木枠のコンニャクが固まると、マルタとリーネが品質を確かめた。表面には小さな穴がいくつも開き、切ってみると、内部にも空気の層が残っていた。端は柔らかすぎるのに中央は固く、商品として同じ厚さに切りそろえることも難しかった。レイモンドは自分の鍋と、隣に並べられたリーネのなめらかな板コンニャクを見比べた。
「煮汁が穴へ染みるなら、むしろ都合がよいのではないか」
「味を染み込ませるための切り込みと、練り方が悪くてできた穴は別です」
「安くすれば売れるだろう」
「農園の名前で、基準に満たない品は売りません。最初に説明したはずです」
「一鍋すべてが商品にならないのか」
「そうです。原料も薪も、ほかの人が手伝った時間も無駄になりました」
マルタの言葉を聞くと、レイモンドは反射的に周囲を見回した。失敗したコンニャクを運び出し、床を掃き、鍋を洗う者を呼ぼうとしたのだった。しかし製造小屋にいる者は全員が自分の作業を続け、誰も彼の指示を待っていなかった。伯爵家の厨房なら、料理を失敗した者が後始末をする場面を見たことさえなく、彼は出来上がった皿へ文句をつけるだけだった。
「それで、これは誰が片づける」
「作った人だよ」
「私はもう十分働いた。片づけは別の者の仕事だろう」
「作業終了とは、道具を洗って元の場所へ戻すまでを言います。契約書の四枚目に書いてありました」
「四枚目まであったか」
「農園主が最後まで読ませたと聞きましたけど」
「読んだ。もちろん読んだが、細かな文言を一つ残らず覚えてはいない」
「なら、今覚えな。失敗した人が、失敗した鍋を洗うんだ」
レイモンドは穴の開いたコンニャクを籠へ移し、商品にできない部分を処理場まで運んだ。型崩れした中にも食べられる部分はあり、それは細かく刻んで労働者のまかないへ回され、状態の悪い部分は家畜用に分けられた。捨てれば終わると思っていたが、原料を育てた農家がいるから一片でも無駄にしないのだと、マルタに言われた。籠の底へ張りついた欠片までへらで集めるうちに、夕方の鐘が鳴った。
「鍋も洗うのか」
「当たり前だよ。明日の原料へ今日の固まりが混ざったら、また失敗するからね」
「腕が上がらない」
「水を入れて、まず木べらでこびりつきを落とすんだ。私も最初のころは、鍋の前で泣き言を言ったよ」
「あなたにも初めての時期があったのか」
「生まれたときから、お玉を持っていたと思っていたのかい」
「いや、その姿なら、あるいはと思っただけだ」
「口が動くなら、まだ磨けるね」
日が暮れるころ、レイモンドはようやく鍋を洗い終えた。水を吸った袖は重く、作業着には白い原料と黒い煤がまだらに残っていた。宿舎へ戻る前に井戸で顔を洗うと、冷たい水が火照った頬へ気持ちよく感じられたが、手のひらへ触れた瞬間、水ぶくれがひどくしみた。ノルは隣で靴の泥を落としながら、彼の曲がった腰を見て笑った。
「帳簿仕事はどうだった」
「今日は製造工程を確認した」
「確認しただけで、その姿になるのか」
「一鍋、私が担当した」
「商品になったか」
「明日は成功する」
「なるほど。今日は失敗したんだな」
食堂には、鶏肉と根菜を煮込んだスープの匂いが満ちていた。レイモンドは洗ったばかりの手で木の器を受け取り、長椅子の端へ座った。スープには人参、カブ、豆、鶏肉の細切れと、形の不ぞろいなコンニャクが入っていた。昼間の失敗作から食べられる部分を切り出したものだと分かり、レイモンドは匙で灰色の欠片をすくった。
「穴だらけだな」
「今日、誰かさんがこねたものだからね」
向かいに座ったマルタは黒パンをスープへ浸し、大きな口で食べた。リーネは白いシャツへ着替え、髪を肩へ下ろして、コンニャクの一片を何度か噛んでいた。穴の開いたコンニャクには鶏だしがよく染みていたが、弾力は場所によって違い、少し柔らかすぎた。レイモンドは言い訳を考えたものの、朝から使い続けた手が震え、匙が器の縁へ何度も当たって乾いた音を立てた。
「明日は、泡を入れない」
「それだけでは駄目です。底から均一に返してください」
「温度が変わったら、速度も変えるのだな」
「今日は聞いていなかったのに、少しは覚えたんですね」
「私は覚えが悪いわけではない。これまで、自分でやる必要がなかっただけだ」
「明日からは必要があります。失敗作ばかりでは、まかないが毎日コンニャクになりますから」
周囲の労働者が笑い、レイモンドも口元だけをわずかに動かした。熱いスープを口へ運ぶと、鶏の脂、根菜の甘み、香草の香りが舌へ重なった。伯爵家の晩餐では、高価な香辛料や上等な肉が並んでも、皿の温度や盛りつけの欠点ばかり探していた。今夜のスープは木の器に入り、コンニャクには穴が開き、黒パンは少し固かったが、彼は匙を置こうとは思わなかった。
「おかわりはあるか」
「一日働いた者には一杯まで追加できるよ」
「では、もらおう」
「自分で鍋のところへ行くんだよ。ここには給仕はいないからね」
レイモンドは両手で器を持ち、重い腰を上げた。足も腕も痛み、明日の朝には寝台から起きられないかもしれなかった。それでも空になった器を持って配膳台へ並び、二杯目のスープを受け取ると、湯気へ鼻を近づけた。地獄のコンニャクこね職人となった元伯爵は、その夜、生まれて初めて、自分の労働のあとに出された食事を最後の一滴まで飲み干した。




